魔王、黒須京介、旅に出る。


その情報と共に魔界全土に広まったのは、魔王代行就任の翌日に魔王実弟の行方不明のニュースだった。長きに渡り魔界を支配してきた魔王の不在と、その右腕と称すべき魔神の行方不明。空座となった王座を巡り、魔界各地で燻っていた魔族達が名乗りを上げた。この時、魔界は群雄割拠の世になるかと思われていた。


それから2年後。


魔界の中でも田舎のそのまた田舎に属す辺境の地。世捨て人でも無い限り好き好んで住まう筈の無い荒地に建つ一軒家の前。


「やっと見つけた」


そう呟く男の姿があった。







「こんにちわっ!」


外からやけに明るい声がした。ここは荒地に建つ一軒家。周囲には建物らしい建物は無い場所。


(迷子では無いのだろうだけど)


ここは迷子になろうと思っても迷子になれる場所ではない。何せここから近くの魔族が住む場所まで徒歩で1日以上掛かる場所だ。


(見に行くか)


立ち上がり、ドアを開く。そこに立っていたのはくたびれた旅人の服装の男だった。


さんですよね?」


お邪魔します、とこちらの許可を取る前に中に入った男は、開口一番にそう言った。


「そうだけど」
「黒須さん?」
「いや、
「あ、って前の王妃様の旧姓だよね。じゃあ、君が黒須さんかぁ!」
「・・・君、誰?」


ズカズカと家の中に入って来た上、自分の事を必要以上に知っている男に対しては睨み付ける。しかし、男はの睨みにたじろぐ事無く、友好的な笑みを浮かべた。


「失礼しました。俺の名前は藤代誠二。黒須様の側近の1人です」


片膝を付き、完璧な礼を見せられ、先程の旅人姿とのギャップに少し戸惑った。


「兄上の・・・そうか。それで私に何の用か?」
様よりお手紙を預かっております」


懐から大事そうに出した手紙・・・と思われる紙が1枚。


「・・・随分、色褪せているな」
「申し訳ございません。何せ書き置きのようにそれ1枚書いていなくなったものですから。あ、つぎはぎしているのは、それを見て烈火の如く怒った軍団長が破ったもので」


セロハンテープで貼り付けました、と言うの部下に「・・・そなたらも苦労しているな」とが告げると、「勿体無いお言葉」と返って来た。


手紙に目を通す。紙にはたった一言、妹よ後は任せた、と兄の直筆が残っていた。


「・・・藤代」
「はい」
「状況を説明してくれないか?」
「はい、喜んで」


語尾にハートマークが付きそうな声音で答えると、藤代は今までの経緯を語り始めた。







第一話 はじまり





「藤代様がお戻りになりました」


その言葉に男ははっとした表情で顔を上げると、机に残った書き掛けの書類を放り投げるような形で部屋を飛び出した。重厚な赤い絨毯を蹴り上げ、目的地に向かう。


「よぅ、渋沢」


途中、同じように走る三上と併走するように、その男、渋沢克朗は目的地まで走った。廊下には何事かと思いながらも、巻き添えにならないように壁に張り付いていた城の人間達。そんな彼らに構う事無く、2人は計測したならば過去最高記録をマークしたであろう速さで、城の一室前まで辿り着いた。侍女が恭しく礼をするが、待たずに扉を開いた。驚いたように侍女は目を丸くしたが、そこは流石に城仕え。動じずに部屋に入る2人を確認すると、侍女は静かに扉を閉めた。


「あ、キャプテン、三上先輩!」


旅の間にすっかり日焼けした後輩の相変わらずの姿に、渋沢は苦笑いを浮かべ、窘めるように言葉を掛ける。しかし、それを遮るように、ステンドグラスの大きな窓の前に立つ女が口を開く。


「良い。堅苦しいのは苦手だ。楽にして良いと藤代には言ってある」


上質の黒のマーメードラインのドレスを着た女が振り返った。黒曜石の瞳、漆黒の髪。白い肌は彼女だけのもののようだが、顔の造りは非常に良く似ていた。


様、お帰りお待ちしておりました」


疑う余地が無い程の容貌と秘めた魔力に、渋沢、三上が片膝を付き、最高礼で出迎える。


「うむ。遅くなって済まなかった」


はそれに対し、王族に恥じない振る舞いで応える。


「先程、藤代にも伝えたが、私も兄上達同様、敬語は得意でない。『いつも通り』で頼む」
「へーへー」


先程の恭しい姿が嘘だったように、三上の態度が一変する。しかし、は気にせず、寧ろその姿を好ましく見ていた。渋沢もそんなの姿を好ましく感じながら、少し砕けた口調に変える。


「しかし、随分、探すのに時間掛かったじゃねぇか、藤代」
「えー、あそこは仕方ないっすよ。良く見つけたって俺思いましたもん」
様はどこに居たんですか?」
「リビオーラの山の奥に家を建てて住んでいた」
「リビオ−ラって、魔界の辺境の更に辺境じゃねぇか・・・」
「ね、俺、頑張ったでしょ?」


褒めて褒めてーと言う藤代に、渋沢は慣れたように藤代を褒め、三上は半ば呆れた口調でそれでも褒めた。


「しかし、も人が悪い。私の居所を書いておけば良いものを」


やれやれと呆れたが溜息を吐く。そんなの両肩を強く掴んだのは、三上だった。


「あ゛?あいつ、あんたの居所知ってたのか?」


一気に柄が悪くなった三上だが、は気にせずに、そうだ、と伝える。ぷるぷると怒りに震える三上。爆発したように、「あの野郎、戻ったらギッタンギッタンにしてやる!!」と叫び、肩を掴まれたままのは両耳を押さえてやり過ごした。その三上の剣幕に「様、よろしいので?」と渋沢が尋ねるものの、「構わない。こうなった原因はにある。三上よ、戻って来たら(出来るものなら)好きにするが良い」と淡々と答えるに不敵な笑みを浮かべた三上は、気難しいとされる彼には珍しく非常に気に入ったようで、「それじゃあ、お言葉に甘えて好きにさせて貰うぜ、姫。それと俺の事は亮って呼んでくれ」と、気に入った人間にしか見せない態度で接し、2人の姿に渋沢はまたも苦笑いを浮かべた。