魔王の実妹が家臣である藤代誠二と帰還したと言う報告は、即座に宰相と軍団長に伝えられた。彼らが全力で廊下を疾走する姿が目撃されて数刻後。彼ら2人は1人の女性の後を歩いて居た。


魔王不在と魔王代行の行方不明により、魔界各地は野心ある魔族達で溢れかえり、魔王城は即座に別の魔族の物になるかと思われたが、実際は魔王城に辿り着く事すら出来なかったのである。王座目指してやって来た腕に覚えのある魔族は、悉く魔王軍によって城に辿り着く前に蹴散らされた。その大半が魔王軍軍団長である、三上亮の手によって倒されたのである。本来ならば軍団長自ら先陣を来る事はまずありえない事なのだが、部下に対して、


「ストレス解消させろ。じゃねぇとお前らで解消するぞ」


と真顔で言い(脅し)、三上の背後に見えた魔神オーラに怯えた部下達は、


「三上様、武器お持ちしました!」
「三上様、指示があるまで我々はここで待機していますので!」
「三上様、御武運を!」


と怒りの矛先が変わる前に送り出したのだった。魔王と魔王代行の不在。それによって魔界の政は滞り、宰相の渋沢だけでは手が回らず、三上も膨大な書類と格闘を余儀なくされた。ストレスは溜まる一方で、最初大勢押し寄せて来た魔族達の群れを怒りに任せて1人で一掃して以来、ストレス解消をこれに決めた三上は、魔界でも名の知れた魔族が押し掛ける度に先陣切って倒して行ったのである。嘗ては魔界貴族であった三上の称号は、先日までは魔王軍軍団長であったのだが、今は


「あ、そうそう渋沢。俺、レベル上がって魔神になったわ」


と、レベルが1000無ければ名乗る事が許されない、魔族の中でも圧倒的力量の主、畏敬の称号を気が付けば得ていたのであった。その後、武器を片手に笑顔の渋沢を見送る文官達の姿と、部屋から閉じ篭ったまま出て来られない三上の姿があったとかなかったとか。







を先頭に、半歩後に右に渋沢、左に三上、更に1歩後ろには藤代。彼ら4人は城の中央に当たる謁見室に向かって歩いて居た。先導する侍女が足早と扉を開き、招き入れる。


「久しぶりだな、ここも」


開かれた扉の先、謁見室の中を見てポツリとが零した。







第二話 魔王代行代理





妹よ後は任せた。魔王代行にしての双子の兄、黒須の書き置きには妹に後は頼むと言った意味合いの他、妹を代行代理にすると言う意味合いが込められていた。しかし、長きに渡って魔王城から遠く離れた地に居た者が、いくら尊い血を引いていようと急に魔王城に現れても納得する輩は少ない。魔界で全てを決めるのは力であり、力の強い者が絶対の存在である。魔神の称号を得た宰相と軍団長は何故あの者に従うのか、城中の人間が黒須と言う女に疑惑の目を向けている最中、魔王城に魔王の血族が現れたと言う話を早速聞きつけた魔族達が城を目指しているとの情報が謁見室にもたらされた。


報告をもたらした従者を下げ、互いに顔を見合わせる。


「どうする?三上?」
「ああ?お前、もう良いのかよ」
「ああ、レベルも1000超えるとその辺の雑魚を相手にしても意味がないからな」


爽やかな顔で雑魚と言う似つかわしくない単語を口にした渋沢は、正面の藤代を見る。俺が行って良いですか?と顔に書いている後輩を見た後、を見た。渋沢の視線に気付いたは、私が行こう、とさらりと口にした。藤代がえぇーっと残念そうに声を上げるが、は意見を覆さず、


「魔王の座を狙ってやって来た客だ。魔王代行代理である私が片付けるのが筋だろう」


と、魔王城にやって来てから、を余所者を見る眼差しで見る城の人間を納得させる意味合いを強調するように言えば、藤代は残念そうにそれでも了承して見せた。


「ならば決まりだな。藤代、見物に来るか?」


ドレスの裾を翻し、が藤代に尋ねる。久々に暴れたがっている藤代が黙って見物している筈が無く、それをわかった上での質問で、は唇にだけ笑みを浮かべて問うと、藤代もの意図を察知し、


「行くっす!」


と元気良く答えた。


「では、行くか」


準備も何も無く、はドレス姿のまま謁見室を出て行くが、渋沢も三上も止めはしない。藤代だけが背中から愛用の槍を取り出し、の後を追う。2人が部屋を出た後、三上がだるそうに背伸びをすると、


「それじゃあ、まぁ、お手前拝見と行くか」


と言い、渋沢も頷き、謁見室を後にした。







「結構いるいる。ラッキー」


藤代が口笛を吹きそうな程の上機嫌で言った。無数の翼無き魔族達が蠢くように森を突き進み、翼がある魔族達もまだ達には気が付いていないのだろう。変わらぬスピードで森の上を飛んでいた。と藤代は更に上空におり、彼らの様子を眺めて居た。2人とも漆黒の翼を広げていて、背後には赤い月が出ていた。


「それでは行くか」


羽の動きを止め、は落下するように落ちて行く。その後を藤代も同じように追う。猛スピードで落ちて行く2人。迫り来る大きな魔力の存在に気付いた翼を持った魔族の1人が上を見上げ、つられて横に居た別の魔族も上を見る。


「何だ、あれは!」


迫り来る大きな魔力を持った黒い影を2つ捕捉出来た魔族の1人が疑問を思わず口にするものの、答える暇も与えられずに影の1つは目前まで迫ると、ぴたりと静止する。黒いドレス姿の女が1人素手のまま立っていた。


「魔王城に何用だ?」


突然猛スピードで現れた黒い影、否、黒いドレスの女に誰しもが慌てふためいたものの、女が口を開いた事で魔族達は少しずつ冷静さを取り戻して行った。


美しい女だった。魔界でも美しいとされる黒髪と黒い瞳。白い肌や顔を引き立てる赤い唇は、様々な欲を引き寄せるように妖しくも美しく、気が付けばどの魔族達も己が欲望を満たす為に品定めをするような目で女を見ていた。そんな下卑た目を冷ややかに見下ろして、女が再度問う。魔王城に何用だ?と。女の質問に答える気など無い魔族達は、魔王城、そして王座と言う目的を忘れ、始めの1人が女に襲い掛かったのを機に、次々に襲い掛かったのだった。その女、に群がる魔族達を他所に、藤代は少し上空で静止し、その様子を見ていた。魔力の波動が藤代の短めの髪を何度も凪ぐ。魔力の波動が少し離れた位置にいる藤代の肌をジリジリと刺すように纏わりつく。濃縮された魔力がの中心にあり、それが膨れ上がった瞬間、魔力は爆発的エネルギーに変わって外へと放射され、その直撃を食らった魔族達の体は散り散りに飛ばされて行った。


「すげぇー」


槍を片手に出番を待っていた藤代が口笛を吹く。地上から離れた上空での出来事だったのに関わらず、地上では木が薙ぎ倒され、の真下の地面にはクレーターが出来上がっていた。


こうして魔王代行代理、黒須のお披露目は瞬く間に幕を閉じたのだった。