魔界に降り立った四大天使の一人、山口圭介が最初に出会った女に連れられてやって来たのは大きな城。姫と呼ばれるその女こそ、魔王の実妹であり、現在、魔王代行代理と言う長ったらしい肩書きを持った現在の魔界の統率者であった。


魔王暗殺にやって来た天使と、仮とは言え魔王の地位に居る悪魔。出会ってはいけない2人が出会ったのである。


「そう言えばさ、ケースケ君って何で魔界に来たの?」


クッキーを咀嚼しながら藤代が聞く。つい一刻前に出会ったばかりの2人だが、人間界のスポーツ、サッカーに2人とも興味を持っていて、部屋の隅に転がっていたサッカーボールを見た山口が、


「おー、サッカーボールじゃん!どうしたの?これ?」


と、はしゃいだ声を出し


「おー、アンタわかる口?良いだろ、それ。俺が作った!」


と、藤代が答え、そこから2人サッカー談義をしながら、


「まぁ、一杯飲んで飲んで!」
「お、ありがとう」


と、居酒屋のノリで紅茶を飲んでいた。


すっかり意気投合した藤代と山口。背に生えた白も黒も関係無い様子に、は柔らかく微笑む。互いをケースケ、セージと呼び合うようになった頃、思い出したように藤代が


「そう言えばさ、ケースケ君って何で魔界に来たの?」


と言った。


「ああ、俺?実は魔王暗殺に来たんだ」


と山口は先程の会話と同じテンションで話した。驚いたように目を丸くする2人を見て、


(あ、やばい、こいつらそういえば悪魔だった・・・)


と、和気藹々と会話し過ぎて根底にあるものを忘れていた山口は背中に冷たい物を感じた。







第四話 出会った2人





「あはは、姫どうします?遂に天界から刺客登場っすよ!天界から刺客が来るなんて、魔界初なんじゃないですか?」
「まぁ、待て。まだ私に対してとは限らないだろう」


興奮して目をキラキラと輝かせる藤代に対し、も満更ではないように笑みを浮かべる。


(え?何、この反応?・・・ってまさか!)


「私に対して?!」


姫と藤代が呼んでいたので、山口もそれに習って姫様と呼んでいたのだが、目の前に座る女の名を聞いていなかった事を思い出す。


(そういえば名前まだ聞いてなかった)


今更聞くのもどうかと躊躇っていると、先程の山口の言葉を肯定するように


「そういえば名乗ってなかったな。私の名前は黒須。まぁ、一時的に仮ではあるが魔王職に付いている」


と駄目押しするように言った。


「黒須って黒須京介の親族か何かか?」
「・・・・・魔王暗殺に来た割には何も知らないのか?」
「天界で1番偉い奴に魔王、黒須京介の暗殺を命じられてすぐに放り投げられたんだよ」
「へー、凄いっすね。三上先輩がここに来てないって事は魔王軍も察知してないっすよ」
「あー、堕天使用のトンネルで落とされた」
「・・・無茶苦茶だな。天界の今の最高責任者は」


そういえばあの辺は見てなかったですね、と感心するように言う藤代とは対照的に、苦々しい顔付きで紅茶を飲むの言葉に


「だろ?俺も実際に落ちてみて無茶苦茶だと思った」


と、山口も苦笑いを浮かべて言った。


「京介は私の1番上の兄に当たる」
「魔王の妹姫か」
「そういう事だ。ちなみに京介がどこにいるか私は知らない。知っているのはだけだ」
?」
「私の双子の兄だ。魔神、と言えばわかるか?」
「・・・あいつ、魔王の実弟だったのかよ」
「知り合いか?」
「・・・昔、人間界でちょこっと」


曖昧に山口は答えるものの、は気にした様子も無く紅茶を口にする。


「あー、しかし、どうしよ。魔王暗殺やらなきゃ俺戻れないんだよね」


頭を抱えて山口は背後のソファーに倒れ込む。ふむ、と考えるように小首を傾げたがしばらくすると


「ふと思ったのだが、天使は『神の槍』以外、殺生は禁じられているのではないのか?」


と尋ねた。


「あー、所属はしてないけれど出来なくは無いんだ、俺・・・」


殆ど自棄になっているのだろう。必要以上に情報を漏らしている事を山口は自覚しながらも、そう答えた。


「神の槍では無い。殺生には関われる。上級魔法。・・・天使長に落とされたと言う事は、その次の四大天使辺りか」
「ご名答。四大天使の1人、地の山口圭介とは俺の事ですよ」


やさぐれた声で山口は答える。


「ますますおかしいな」


は首を傾げて考え始めた。


「何がおかしいっすかー?」
「普通、戦闘に優れた火の天使が来るべきだろう?」
「あー、それ俺も言ったんだけどね」


数刻前の須釜とのやり取りを説明し、最後に


「何か俺も教えて貰えなかったんだけど、俺じゃないと駄目らしい」


と山口の言葉に


「え?リストラ?」


と藤代が言った。


「その可能性も考えられない事はないが・・・」


も考え始めるので、山口は必死になって


「無い無い!それだけは無い!」


と反論し、


「えー。辞めてって言い難かったから回りくどく無理難題言ったんじゃないの?」


と藤代が愉快そうに言った。その笑った顔が非常に狡猾そうに見えて、改めて山口は藤代が悪魔だと実感する。


「無い無い!大体、俺、居なくなったら、椎名に厄介事が集中するだけだし!」
「椎名?聞いた事ある。えーと、なんだっけ?あ、そうだ、三上先輩から聞いた名前で・・・」
「椎名は天界軍の副軍団長だ」
「あ、そうだそうだ。三上先輩が嫌そうな顔で言ってたんだよね〜。藤村よりアイツの方が厄介だって!」
「あー、まー、確かにな。藤村は自分1人単騎で駆けて行くのが好きだから、実質、天界軍は椎名の指揮で動いているようなものだし、椎名の智謀は天界でもトップクラスだからな。敵に回したらやりにくいだろうから嫌な相手だとは思うぞ」


さぞかし今頃切れてるだろうな、あいつ、と言う山口には理由を尋ねると、


「さっき俺がリストラは無いって言っただろ?天界は天使長を筆頭に、下に四大天使が居るんだけど、この四大天使って言うのが俺が言うのもアレだけど、かなり曲者揃いで個性的で面倒な事が大嫌い。・・・多分、まともにデスクワークしてるの俺と風の日生くらいかな?火と水は壊滅的。火はサボリ魔だし、水は昼寝ばっか。まぁ、それぞれ下に真面目な部下がいるから何とかなってるだろうけど、四大天使って響きは良いけれど、仕事の範囲が広いから大変なんだよ。だから好き好んでやりたいって言う奴は少なくても俺が知る限りの今の上級天使にはいない筈だ」


と答えた。


「あー、確かに上に行けば行く程、書類仕事増えるね。とか書類仕事大嫌いだったし」


俺も嫌いだから姫の家臣にして貰ったんだ、と藤代が自慢気に言った。




「天界には戻れない。魔王は居ない。八方塞りだな」
「そうなんだよなぁ」


の言葉に山口はガックリと肩を落とす。

まぁまぁ、と藤代が励まし、お菓子を勧めるのを見たは、


「行く所が無いならしばらくここに居るか?」


と言った。


「え?姫、本気?!」
「本気だ。藤代とは上手くやっているようだから城の人間とも上手くやっていけよう」
「俺はサッカーの相手増えるから嬉しいっすけど、良いんですか?魔王の刺客ですよ、一応」
「構わない。それなりに強いようだが、ここは魔界で我らの方が有利であるし、それに・・・」
「それに?」
「京介兄様には勝てぬよ」


不敵に笑うに見惚れた山口に2人は気付かず、藤代は、兄上大好きっすね!と言い、すまし顔で、当然だとが言う。


「それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰います」


ペコリと頭を下げる山口を見て、


「気にするな。恩人に礼を尽くすのは当然の事だ。客として歓迎するよ、山口。それと堅苦しいのは苦手だ。敬語ナシで頼む」


は言った。