山口が魔界に来て1日後。が魔王城に来て2週間後。天界第二位の上級天使と魔王の実妹。本来ならば出会う筈が無かった2人は、それぞれ親しくして来た人物の手引きにより出会う事になり、
「あれ?姫?この辺一帯、窓、変えました?」
なんか妙に新しい気がするんすよね、と言う藤代に、
「ああ、サッカーコートを作ったからな。万が一、当たっても大丈夫なように強化ガラスに変えた」
「そうそう。これで気兼ねなくサッカー出来るぞ!」
と、アイコンタクトで大嘘が吐けるくらいには仲が良くなっていた。
第八話 10時のおやつ
魔界の1日の始まりは天界に比べて大分遅い。天界が朝の9時には全て動き出すのに大して、魔界は昼の2時頃からだ。その原因が魔族の活動時間にある。赤い月の影響で魔力が最も満ちる深夜2時に最も活発になり、夜明けと共に眠りにつく生活サイクルなのでどうしても遅くなるのであった。その辺の事情は天界も重々把握しているようで、過去に何度か起きた天界の侵攻の際、悪魔達が最も深い眠りについているとされる午前10時に何度も襲撃を掛けていた。
しかし、最後の襲撃が起きた300年前、たった1人の男によってその侵略は防がれる。男の名は三上亮。当時はまだ魔界軍に幾つか存在する軍団の中の一団長に過ぎなかったが、三上の猛攻によって天界の軍勢は全滅の危機を迎えたと伝えられている。(天界では悪魔1人に全滅させられかけたので、記録から抹消され、一切口外しないように触れが出されたらしい)当時の三上の副官、近藤はこう語る。
「あの時も午前10時に襲撃食らって、俺も三上も眠いのに叩き起こされた訳。もう皆早く寝たくて仕方なくてよ。早く終わらせようぜって喋ってたら三上の奴、何って言ったと思う?半分寝ぼけてたせいで凄かったんだよ!『人が寝てる時間に押しかけて来るんじゃねぇ!お前ら10時のおやつ食ってろ!!』もうね、あの時の三上は寝不足な上に寝起き最悪だったから、パジャマのまま愛用の刀片手に天使達の群れに突っ込んでさ。ちぎっては投げてって奴?ワラワラと三上の周りに群れていた奴らがどんどん落ちて行ってさ。ゴミのように切り捨てる様から、『キリングダスト』と言う二つ名と、『お前ら10時のおやつ食ってろ!!』のその年の流行語大賞と『三上のパジャマ柄はお魚さん』を得た訳。まぁ、後半どうでも良いんだけどな。本当」
天界軍が壊滅しかけたせいか、女神派と後に呼ばれる勢力がほぼ一掃されてしまったせいか、それ以降、天界の襲撃は無い。報告書を読んだは、本当に後半どうでも良いな、と呟いて書類を済と書かれたボックスに入れた。
「何がどうでも良いって?」
重厚感漂う艶のある大きな机で書類に目を通し、時にチェックを入れ、時に添削し、時に判を押す。その作業に追われていたの呟きを、数メートル離れたソファーで聞いた山口は思わず聞き返してしまった。は一度ボックスに戻した書類を取り出すと、そのまま山口に渡した。
「良いのか?俺が見て」
「良いから渡しているのだ」
そう言いながらも、一度確認する几帳面な所が山口の美点だとは思っていた。
「あー、確かにどうでも良いな」
読み終えた山口はに書類を渡し、書類は再びボックスの中に戻って行った。山口の頭の中に、三上の戦歴と300年前の流行語大賞と三上のパジャマの柄と言う後半どうでも良い情報が加えられた頃。軽い空腹感を感じた山口が時計を見る。先程見た内容が内容だったので、口にするには少し躊躇いを覚えたが、やはり空腹には勝てず
「なぁ、。休憩しない?」
と、尋ねると、はクスリと笑って、
「10時のおやつにするか」
と、答えた。
現在、午前10時。最も魔王城が静かな時間帯。起きているのはと山口と一部の使用人達だけであった。
「しかし、本当誰も起きてないんだな」
山口が紅茶と共に出されたケーキを胃に収めながら、感心したようにそう言った。向かい側のソファーに座るは、紅茶を少しずつ口にしながら、
「元々この時間は、私以外は一部の使用人以外、起きてなかったからな。ある程度は私だけで出来るのだが・・・そろそろプリニーでも雇うか」
「え?あいつらって雇えるの?!」
「天界と魔界ではその辺が違うからな。まぁ、良い。一見は百聞に如かずだ。来るか?」
行くと答えた山口は、最後の一切れを口にすると、紅茶を飲み干して立ち上がる。白い翼と黒い翼、並んで2人、部屋を後にしたのだった。
「姫ー?あれー?いない?・・・あーあ、折角早起きしたのに!」
遅れて1時間後、藤代にしては早い時間(午前11時)に起きての下にやって来たのだが、時既に遅く、綺麗に整理された机の上に1枚、プリニーを雇いに行って来ると書き置きが残されていた。それを見た藤代が、本当兄妹揃ってさ!と言ったかどうかは不明だが、愛用の槍を背負い直し、2人の後を追うべく部屋を出たのだった。
山口が魔王城の外に出たのはこれが初めてである。と出会ってすぐに魔王城に連れて来られ、そのまま城に居つく事になった山口は、持て余した時間の大半をサッカーコートで使っていたので、必要に迫られなかった事もあって出ようと思わなかったのだ。
「様、お出かけですか?」
「うむ。プリニーを雇いに行って来る」
「それなら議会前ですな。いってらっしゃいませ」
の背の倍はある赤いドラゴンが、慇懃な言葉でを見送る。横に居る山口を一瞥するものの、何も言わずに軽く頭を下げた。
(この辺、天使より悪魔の方が偏見が無いんじゃないかって思わされるよな)
女神派が主権から遠のいたとは言え、まだまだ天界は悪魔に対する偏見が強い。天界ではこう行かないだろうと思いながら、の横を山口は歩いた。
魔王城の門を抜け、大きな広場を突っ切ると、眼下に広がるのは数日前に山口が見た城下町。メインストリートと思われる大きなレンガ道を歩くと、2人の男が立っていた。
「おやー、様じゃない」
「あ、本当だ」
「久しぶりだな、筧、設楽」
細身の男、筧と設楽は声を揃えて、今日は何の用です?と尋ねると、はプリニーを雇いたい、と切り出した。
「じゃあ、キャプテンの仕事だね」
「はーい、こっちだよ」
筧が向かったのは黒い檻。棘の付いた装飾が施されて、山口は拷問器具のようだと思ったそれに、は躊躇する事無く乗り込んだ。山口もそれを見て後に続く。3人を乗せた檻は甲高い金属音を立てて扉が閉まり、鎖によって上へと上がって行った。建物3階分の高さに達した頃、檻の上昇は止まった。後ろを見るとそこには一本の通路。こっちだよ、と言う筧の案内の下、2人は暗黒議会の窓口に辿り着いたのだった。
筧に手渡されたカタログをはじっくりと眺める。山口もその横で見せて貰えば、出来の悪いペンギンのぬいぐるみの外見の写真がどれもこれも貼られていて、その下に能力や特技が記載されていた。はその1つ1つ吟味し、これとこれとこれを頼む、と筧に伝えた。
「3体だね。それだと議会使用料としてマナが・・・」
「ふむ。これで良いか?」
「まいどあり。じゃあ、待ってて」
奥のドアの向こうに筧が姿を消して数分後。筧を先頭に部屋に入って来たのは、3体のペンギンのぬいぐるみ姿。背に小さな黒い翼が生えていて、彼らが魔物だと示していた。
「桜庭です!」
「上原です!」
「・・・木田だ」
紺色の3体のプリニーが元気良く(1体ほど渋く)挨拶をする。がそれに頷き、
「私が雇い主の黒須だ。こちらが友人の山口圭介。よろしく頼むぞ」
と告げ、3体を率いては魔王城に戻った。途中、とんでもない猛スピードで走る藤代と遭遇し、止まりきれなかった藤代が上原と正面衝突し、弾き飛ばされた上原が桜庭にぶつかって2体爆発して、引火して木田も爆発する現場を目撃した山口は、
「凄い。話には聞いていたけど、プリニーって本当に投げられたりすると爆発するんだな・・・」
と引き攣った表情で言った。
「やれやれ、病院に行くか」
呆れた顔でが呟いて踵を返す。病院で3体が復活するまで藤代は謝り通しだったと言う。