雇われプリニー、桜庭、上原、木田の最初の仕事は書類運びだった。の部屋を忙しなく出入りする3体。低賃金長時間労働が多いプリニー達は、基本的にはだらけていてやる気が無いのだが、今回の雇い主は定期的に休憩を取らせる他、労働時間もきっちり8時間と決まっていて、それでいて賃金は今までに比べるとかなりの高給。雇われた3体はきびきびと働き、それに伴いの1日の書類の処理速度も格段に上がった。そんなある日の事。
「姫、突然妙な城が出来たんだけど」
第九話 俺はビューティー男爵!
藤代の報告を聞いたは羽ペンを動かすのを止めた。元々は広大な砂漠が広がり、好んで住む者も居ない魔界の中でも荒れた地だった場所に突如現れた城。発見した魔王軍の兵達が確認の為に中に入ろうとしたのだが、バリアが敷かれて入れずに何の情報も得られないまま、上に報告が上がったようだ。
「凄いっすよ。近藤先輩や根岸先輩でも入れなかったみたいですから」
藤代の口から魔王軍副軍団長2名の名前が挙がる。
「あの2人でも無理と言う事は相当の強いバリアだな。・・・藤代、あの2人のレベルはいくつだ?」
「近藤先輩が350で、根岸先輩が370です」
「・・・魔王軍のトップ2とトップ3だからな。三上は今、昇格試験中か?」
「はい。途中で止めてたので、今日全部制覇して来るって言ってました」
「早くても戻るのは今日の夜だな。ふむ。・・・私が見に行こう」
カタンと音を立てて、が立ち上がる。傍に居たプリニー達が動くの止め、の前に一列に並ぶ。
「今日の仕事は終わりだ。明日、またいつもの時間に頼む」
プリニー達にそう言うと、元気良く(やはり木田だけは渋く)挨拶をして部屋を出て行った。
「姫、俺も行きまーす」
藤代が手を挙げアピールする。それにが頷くと、すぐ準備して来まーすと言って、藤代は部屋を出て行った。は机を片付け、マントを羽織ると山口がこちらをじっと見ていたので振り返った。物言いたげに見つける山口を見て、
「・・・これは仕事だから気にしなくても良いのだが、暇潰しにはなると思うが来るか?」
と、が言うと、ぱぁっと顔を輝かせて山口は立ち上がると、「俺も準備」と部屋を出て行った。その後姿を見て、はやれやれと溜息混じりに呟いた。
渋沢に城を任したは、藤代・山口と共に突如現れた謎の城の前に居た。正確に言えば飛んで宙に浮かんでいた。
「バリア凄いっすね〜」
感心したように藤代が呟く。一見すると何も無い空間だが、藤代が手を伸ばすとウィンと空気が振動する音と共に、透明な赤色の壁が現れた。その壁を貫こうと藤代は手を伸ばす。すると、バチバチバチと魔力同士がぶつかる音がし、藤代の手は徐々に壁の奥に伸びて行ったが、何かを察知したのか目を瞠った後、藤代は手を引っ込めた。
「これ、俺でもフルパワーで行かないと壊せないっすよ」
「どうします?」と藤代は後ろを振り返る。は少し考えた後、バリアに手を触れてみた。空気が振動して、透明な赤色の壁が現れる。ただ先程と違い、透明な赤の上に紋章が浮かんだ。四角の枠の中に2本の剣が交差した模様。その模様に見覚えのある藤代は、「これって!」と声を上げる。
「やはり私が来て正解だったな」
「・・・これ、姫じゃないと無理ですもんね。俺なら破壊するしかない」
「藤代、圭介を連れて離れていろ。これを解く」
「はーい。・・・じゃ、ケースケ君、こっち」
から離れると、藤代は後ろに下がって山口に手招きをする。話に完全に付いていけない山口は、言われた通り藤代の横まで移動すると、
「あの紋章は?」
と、1番の疑問を藤代にぶつけたのだった。
「ああ、あれ?あれ、魔王の紋章」
正確には黒須一族の紋章なんだけどね。藤代のその言葉に、山口の疑問は全て解けた。紋章の浮かぶバリアの壁に、は自ら作った黒須の紋章を当てる。鍵穴に鍵が入るように、の紋章は何の抵抗も無く入って行く。紋章同士が反応し、輝き始めた。透明な赤は徐々にその赤色を失って行き、ついに無色透明になって消えて行った。
「行こう。おそらくが待っている」
黒い翼を羽ばたかせ、は城の門を目指して降りて行く。その後ろを山口と藤代も追う。
「面白くなって来たなぁ〜」
隣を行く藤代が心底楽しそうに呟くと、槍を持ち直した。
門に辿り着くと、2人は地に降りた。少し先でが黒い像の前に佇んでいるのが見える。
「、どうした?」
山口が後ろからに話し掛ける。呆れているような疲れているような表情で振り返ったは、言う気力も無いのか目の前の黒い像を指差した。
「あぁー!!」
藤代が大声で叫んだ後、ゲラゲラと笑い出す。突然の馬鹿笑いの藤代を怪訝な顔で山口は見た後、黒い像を見た。
「・・・何、やってるんだ、あいつ」
山口が300年前に1度だけ人間界で会った魔神、黒須の立像だった。指を高らかと上げ、サッカーボールを足で踏んでいる。サッカー選手を彷彿させる姿。台座の部分にはご丁寧に人間界の言葉で『俺様が1番』と記されていた。
「・・・行くか」
内心早く帰りたいと思っているのだろう。非常にやる気の感じられないの後を、呆れ顔の山口が続く。藤代の笑い声をBGMに3人、城の中へと入って行った。
城の大きな扉にが手を掛けると、再び黒須の紋章が浮かび上がった。その直後、ガチャリと鍵の外れる音がする。どうやらが触れば自動的に開く仕組みになっているらしい。そんな事が可能な人物は、を除けば兄2人だけだ。門に作られた立像の阿呆さ加減から見て、遊び心が少ない京介ではなくの仕業だ。その先、何が待っているのか。嫌な予感しか感じない山口だったが、それはも同じ事だろう。鼻歌交じりで楽しんでますと言った表情の藤代は除外されるが。そんな事を考えながら、一行は長々と続く廊下を歩き続けた。
薄暗い廊下を抜け出すと、そこは広場だった。吹き抜けになっていて、2階に続く階段もある。
「うーわぁー」
山口の嫌そうな声が広場に反響する。その後に続いて藤代の笑い声。はぁ、と溜息を吐く。3人の目の前、2階のテラス部分には城のゴシック調の雰囲気を全てぶち壊す紅白の幕。白い横断幕がデカデカと張られていて、そこには『歓迎、と愉快な仲間達』と書かれていた。
「・・・帰るか」
が踵を返す。すると、廊下と広場を繋ぐ扉が突然閉められる。それを眺めるしか出来なかった3人の背に、
「こらこら、帰っちゃ駄目だよ」
と、からかい口調の男の声が投げ掛けられた。
「あ、久しぶり」
「やっほー、」
「久しぶりだな、」
三者三様の言葉を掛ける。テラスに姿を見せたのは、全身黒の衣装に身を包んだ男。傍目から見てもと血の繋がりの濃さを感じさせる、端正な容貌。の双子の兄にして、現在行方不明中の筈の黒須だった。
実妹、部下(元部下)、顔見知り。そんな3人に声を掛けられただったが、久しぶりともこんにちわとも返さず、
「ちがーう!俺は黒須ではなーい!」
と、大声で下に向かって叫んだのであった。久しぶりの双子の兄のテンションの高さについていけない(行く気の無い)は、
「帰って良いか?」
と、真顔で尋ねた。
「お前、久々にあったのに相変わらずだな」
「そなたは我が双子の兄、では無いのだろう?ならば私がここにこれ以上居る必要など無い」
呆れ口調のに対し、は切り捨てるようにそう言った。ただ声に冷たさを感じない所を見ると、この双子の兄妹はいつもこんな調子で話しているのかもしれない。あれこれと言葉の応酬が続く。それをニコニコと笑って藤代は見ているだけなので、これもきっとこの2人には日常茶飯事的な事なのだろう。そう判断し、山口も事が起きるまで見守ることにした。
「仮にそなたがでなければ、何だと言うのだ?のそっくりさんか?」
そなたと親しい者には使わない言葉を敢えて使うに対し、
「俺の名はビューティー男爵、クロスだ!」
とは高らかに名乗りを上げたのだった。
「帰って良いか?」
再度言ったの声は今度こそ冷たかった。