創造主であるが不要と見なしたからだろう。突如現れた謎の城は、達が門を出た瞬間、音も無く消えて行った。


「凄い魔力だな」


山口が目の前で起きた一瞬の出来事に、感嘆の言葉を漏らす。


「強くならなければ・・・」


が右手を見て、そう呟く。ヒビが入り砕け散った剣。ヒビが入ったものの原型を留めた盾。魔力を凝縮して作った剣と盾。それは作った者の力量の差を示していた。


「強くならなければ・・・」


は自分に言い聞かせるように呟き右手を握り締めると、背後に温かい物が被さった。


「姫ー。俺、槍折れたからアイテム界行きましょうよー」


強請るように引っ付き、にせがむ。その光景を面白くないと思った山口が藤代を引き剥がそうと駆け寄ると、


「離れたら明日行っても良い」


と、が言った。即座に離れる藤代。藤代に伸ばしかけた手を山口は引っ込めると、が振り向き、


「圭介も行くか?」


と尋ね、山口は笑って頷いた。


「あー、ケースケ君だけ、ずりぃー。姫ー、俺も誠二って呼んでよ!」


と、再び藤代が騒ぎ出した。帰りの道中、3人は賑やかに帰って来たのだった。







第十一話 強さ





帰還してすぐ、は2人を連れて謁見室に行った。


「おかえり」


入って来たのが達3人と気付くと、中に居た渋沢はまるで家族に言うように優しく言った。その声音の優しさにはも気付いているのだろう。今戻った、と短く答えるの表情も、他の臣下の前に比べると格段に柔らかい。


(気心の知れた関係なんだろうな・・・。俺とスガみたいな物か)


山口はそう思ったものの、即座にその思いを頭の中から掻き消した。間違っても渋沢はを堕天使用の天界トンネルに突き落とさないし、もまた落とさないだろう。こんな優しい光景を殺伐とした関係に例えてはいけない。


(まぁ、それでもスガには感謝したい部分もあるけどな)


と出会えた事。藤代とサッカーが出来た事。悪魔、魔族と知り合えた事。そして笑い合えた事。渋沢に2人が謎の城についての詳細を話す。その光景を眺めながら、山口はここに来れた事に感謝するのだった。




「そういえば三上先輩、に俺達会いましたよ」


昇段試験から戻って来た三上が謁見室に入るや否や、藤代は(意識的にか無意識にか不明だが)爆弾を落とした。


「はっ?どこだ、あいつ?」
「近藤先輩達が偵察に行った城の中に居ました」


藤代の言葉に三上は腰に差した刀を抜き、その白銀の輝きを確認した後、踵を返した。背中から・・・いや、全身からやる気満々、いや、殺る気満々のオーラが流れているのが山口にも見えた。


「もうそこには居ないぞ、亮。おそらくまた別世界に移動しただろう」


さらりと言ったの言葉に、山口は絶句する。別世界に移動するには時空魔法習得と膨大な魔力が必要で、その2つが揃っても移動先の座標がわからなければ移動する事は出来ない。魔王や天使長でですら容易くは使えない技だった。同じ事を三上も思ったのだろう。山口が思った事を三上も言えば、は何て事無いと言う表情で、


「天使長、魔王、魔神、この3人がやれば容易い」


と言えば、全員納得した表情に変わった。時空魔法は魔族の得意とする物で、反面、移動先の座標捕捉は天使が得意とする。今回の一件の黒幕の3人が力を合わせれば、確かに容易い事だった。面白く無さそうに舌打ちすると、次からは俺も行くからな、と三上は宣言した。その言葉には眉間に皺を寄せる。


「魔王軍はどうする?」
「近藤と根岸がいりゃなんとかなるだろ」
「・・・のバリアが破れるほどの人材が居なければ心許無い」


そう言外に駄目だと伝えるものの、三上としてもにやられっ放しは悔しいのだろう。あいつのバリアって今誰が破壊できるんだ?と聞き返した。


「フルパワーを出せば、ここにいる全員なら1人でも破壊出来る」
「じゃあ、藤代」
「イヤッス」


そう言っての後ろに隠れるように(と言っても170にも満たないに180cmの藤代が隠れる事は不可能なのだが)移動した藤代は、絶対嫌だと主張するようにニッコリと笑った。それを見て三上もニヤリと笑う。渋沢はそれを見てニコニコ笑うだけ。山口は笑顔の裏にある何かを、正確にかつ確実に読み取ってしまったのだろう。やっぱり魔族って怖い、と思うものの、すぐに、でも椎名と藤村のバトルってこんなもんじゃないよな、と天界の事情を思い出し、


(何だ、結局どこも変わらないのか・・・)


と、山口は悟った。


「藤代は私の部下だから駄目だ。これからの事を考えると、魔王軍所属の者を鍛える方が良いだろう」


明日、藤代の槍を探しにアイテム界に行くからちょうど良い。その言葉に、三上は頭の中に叩き込んだ魔王軍所属で、有望な人材のファイルを呼び起こす。しばらくして。


「笠井はどうだ?」


その三上の選択に藤代が、「良いっすね!」と同意する。聞いた事の無い名前に、山口はすぐ横のに尋ねると、「誠二の同僚・・・と言うよりも遊び相手」と答えた。







三上の推薦に誰も反対せず、笠井のスパルタの話がほぼ決まると、笑顔全開で藤代が笠井の迎えに走った。程無くして藤代と共に現れたのは、細身の男。そのシルエットや目つきから猫みたいだ、と山口は思った。


「笠井竹巳です。初めまして、山口さん」


ペコリと頭を下げられる。慌てて山口も下げると、くすりと笑う笠井の顔が見えた。かなり礼儀正しい。それが山口の笠井竹巳に対する第一印象だった。


「・・・と言う訳だ。今後、どんな事態に陥るかわからないので、三上に同行して貰う事もあるかもしれない。この場合、副団長に任せたい所なのだが、三上のレベルと比較すると心許無い。そこで君に強くなって貰いたい。ただ短期間で一気に上げるつもりなので、かなり厳しいとは思う。やるかやらないかは・・・」
「やります」


まだの台詞は終わっていなかったが、笠井が遮る形ではっきりと意思を伝えた。魔王に対して褒められた態度では無く、「あっ」と短く笠井が自分のした事を悔やむように呟いたが、それを気にする程、は狭量では無い。むしろやる気が感じ取れた事を喜んでいるようで、気にする必要は無い、と言って微笑していた。笠井はそんなの姿に屈服するように目を閉じて、頭を下げる。


「顔を上げなさい」


そうが言うと、笠井がゆっくりと顔を上げる。意思の強さを感じさせる眼差しがそこにはあった。




笠井のスパルタを決まり、翌日、、藤代、山口、笠井の4人はアイテム界案内所に向かった。魔王城の門を抜けて広場出た所で、藤代が立ち止まる。視線の先には床に刺さった槍。


「あ、これ、魔王愛用の槍じゃん」


藤代の声にも目をやる。


「ロンギヌス。意思を持つ槍だ」
「意思?!」
「自分が認めた者にしか使えないとされる槍。抜けるのは兄様とくらいだと思うが・・・」


が近付き、槍の柄を持つ。試しに軽く引っ張れば、槍は簡単に抜けた。


「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」


何とも言えない空気が4人の間に広がった。


「・・・物は試しだな」


が槍を片手にそう呟くと、手にした槍を再び床に突き刺した。


「誠二」
「はーい」
「抜いてみろ。出来たらその槍をお前にやろう」
「え?良いんですか?」


ぱぁっと藤代の顔が輝き出す。横に居た笠井が「良いんですか?京介様のですよ?」と聞く。代行代理ではあるが、実質上の魔王は仮だろうが何だろうが、今はだった。が良いと言う以上、良いのだろうが、確認の為に笠井が尋ねると、


「階層は高いが、アイテム界にあるからな」


とポツリとは言い、


「まぁ、それは京介が鍛えた特別の槍だから、普通のロンギヌスより数倍強いが、槍の主として認められなければいけない分、大変だろう」


そうは言った。




藤代が抜こうと軽く引っ張ったが、抜けなかった。全身のバネを使おうと、腕に力を集中しても駄目。息切れを起こし座り込む藤代の横で笠井がチャレンジするが、槍は微動だにしなかった。3人の視線が山口に向けられる。俺、天使だから無理だって、と言う山口だったが、藤代が物は試しと何度も言うので仕方なしに槍の傍に移動した。無理だと思うけどな、と山口が槍の柄に手を添える。すると、手にした槍はするりと抜けた。


「うそぉぉぉぉぉぉ!!」


藤代の絶叫が辺りに響く。笠井が耳を塞ぎそれをやり過ごした後、煩いと言って殴りつけた。


「これって抜くの無理って思わなきゃ抜けないとか、条件あるっすか?」


笠井に殴られた所を擦りながら、藤代がに尋ねる。は山口から渡して貰った槍にしばし触れ、


「単に必要な強さが足りてないと思う。・・・圭介、今、レベルはいくつだ?」
「1032」
「誠二は?」
「847っす」
「ちなみに私は1400だ。・・・おそらく条件はレベル1000と言った所か」
「姫ー。俺、今日は1000まで上げたいのでスパルタ行きましょうよ!」
「・・・笠井の方が先だ」
「いえ、俺も誠二と同じスパルタコースでお願いします」
「良いのか?予定してたコースもかなり厳しいが、誠二に合わせると生死に関わる事になるが」
「はい。俺は・・・俺はまだ300程度しかない魔族です。だから強くなりたい。こんなチャンス滅多に・・・いや、もう2度と無いかもしれません。だから俺にも同じコースお願い出来ませんか?」


笠井の懇願の瞳がに向けられる。顎に手を乗せ考える事数分。


「わかった。かなり厳しいと思うが、行くことにしよう。だが、笠井、無理はしても無茶はするな。慣れるまで私の傍にいるように」


その言葉に頷く笠井を見た後、他の2人を見た


「念の為に装備を整えておこう」


と、言い、3人を連れて先に商店街の方に行く事にした。







商店街に来た4人。右から八百屋、魚屋、果物屋、そして武器屋。その隣が美容院、ペットショップ、文房具屋と続き、防具屋と万屋があった。果物が並ぶ横で鈍く光る刃物の数々。そのシュールな光景に見慣れない山口だけが顔を引き攣らせ、それに気が付いた笠井が


「シャーペンやボールペンの並ぶ横に女神の盾があるんです。結構シュールでしょう?」
「まぁな」
「大丈夫。じきに慣れますよ」


と、にこりと笑って、先を行く2人の消えた武器屋に山口を連れて入った。




「笠井の武器は剣か?」
「はい」
「じゃあ、これはどうだろうか?」


がクルセイドを笠井に渡す。しかし。


「・・・ちょっと重いですね」


何度か素振りをしてみた笠井だったが、一振りが遅く重そうに見えた。すいません、と言いながら笠井は渡された武器を店主に渡す。それを見ていた藤代が口を開いた。


「タクは腕力はキャプテンや俺に比べれば無いけど、身軽で高い所もひょいひょい行けますし、敵の武器を盗むのも得意なんですよ。ただ魔界にある剣の大半が重量が重くて、あまり馴染まないみたいなんすよ。軽い剣があれば2本扱うくらい器用なんですけどね」
「双剣か・・・。軽くて・・・。そうだ、前に見た書物で・・・・」


藤代から説明を受けたがブツブツと呟いた後、マテリアルライズを始めた。光が集まり、出来た物は長い1本の刀。が笠井にそれを渡し、鞘尻を引っ張るように教えた。言われた通り、鞘尻に手を掛ける笠井。


「これは?!」


すると、鞘尻はするりと抜け、1本の刀が現れた。柄の方を引っ張るともう1本の刀。


「前に書物で読んだのだが、一見すると亮の使う長刀と同じだが、このように先端と後ろを抜くと2本の刀になる。両差小太刀二刀と言うそうだ。笠井ならば使いこなせるだろう」


剣を両手に1本ずつ持った笠井は剣を振るう。すると、剣は竹のようにしなる笠井の素早い腕の動きに合わせて動く。


「あっ」


嬉しそうに笠井は微笑むと、剣をしまい腰の後ろに長刀として横に差して見た。すっと手を動かし、2本同時に差し抜く。その後見せた剣舞は笠井の素早い動きに合わせて切っ先が閃き、その威力の高さを物語っていた。


「使いこなせそうだな。良かったら使ってくれ」


そう告げるに笠井は破顔すると、深々と頭を下げたのだった。