その懐かしい顔を2つ見たのは、テレビを通してだった。




武蔵森高等部を卒業後、そのまま大学部の教育学部に進学した俺は、サッカー部に所属したものの、プロの道に進む事も無く、教職免許を取って母校の中等部の教師をしていた。教科は社会科。それとサッカー部のコーチも兼任している。桐監(きりかん)と呼んでいた監督とこうしてサッカーを教えるとは、選手だった頃には考えられない事だが、気難しい性格は相変わらずだが、年齢のせいか、遅くに出来た第二子のせいか(水野、お前も大変だったんだな)昔に比べるとかなり人間が丸くなったようで、監督と俺は概ね良好な人間関係を築いていると思われる。


ニュースキャスターが興奮した様子で話す。


「今、ここ成田空港に現れました。あっ、藤代選手と選手です!」


カメラがゲートから出て来る2人を映す。サッカー日本代表にして、現在はイタリアで活躍中の藤代誠二。そして同じく代表選手で、現在はイギリスで活躍中のだった。武蔵森のサッカー部で一緒にボールを追い掛けた後輩。俺と違い、世代の中でも抜群のセンスと実力を兼ね備えた2人。藤代は高校生Jリーガーとして注目を集め、一方のは卒業後にオファーが来ていたイギリスにそのまま飛んだ。


「相変わらずだよなぁ」


俺はテレビに映る2人を見て、そう呟く。隣に座っていた俺より2歳年上の女性教師が、そういえば先生は藤代選手達とサッカーしてたんですよね?と聞いた。年上だろうと年下だろうと、全て先生呼びの世界である。まだ呼ばれ慣れていないその呼称にむず痒さを覚えながら、


「そうですね。一緒でした。中学と高校で5年一緒でしたよ」
「じゃあ、結構親しいんですよね?」


キラキラと目を輝かせる隣の住民に、不味ったと思いながら話を修正に掛かる。合コン三昧と噂のある彼女は、先日は医大のあるエリート大学卒業の新米教師に、医学部の知り合いが居ない?とストレートかつ不躾に尋ねていたのだ。


「いやぁー、あいつら2人共後輩でしたから。しかも1人は高校時代からJリーガーでしたし、もう1人は卒業後に渡英したので、まともに会話したのってかれこれ・・・・・・そうだなぁ、高校卒業した後に1度会ってそれ以来だからもう5〜6年会ってないですね」


俺も連絡してみたいですけど、今の携帯知りませんから出来ないんですよ。そう言うと、うわぁーこいつ使えねぇーと言う掌を返した眼差しで俺を見つめると、俺に興味を失ったのか、再びテレビ画面を見つめていた。


そんな失礼千万な態度に呆れて物も言えなくなった俺は、テレビの音声のみを聞き取りながら先日行ったテストの採点を始める。興奮したテレビのリポーターが、藤代とにインタビュー出来たらしく、2人の声が聞こえて来た。


「突然の日本への帰国ですが、今回の帰国の目的は?」
「ちょっと久しぶりに集まろうって話になったんッス!」
「ちょうどシーズンオフに入りましたので」


そう答える藤代と。武蔵森と言う枠を越え、地域選抜、トレセン経験者でもあるあいつらは、その友好関係は多岐に渡る。前に酔っ払った高田がの携帯を見たが、日本サッカー選手はおろか海外の選手の名前もずらりと並んでいて驚かされた事があった。昔から渋沢と2人纏め役だった辰巳のお陰で、時々お互いの都合を聞き合って飲み会を開く時もある。最後に飲んだのは半年前で、海外組の藤代もも久しぶりの参加だった。会ってない、連絡出来ないというのは嘘である。しかし、今回は集まろうと言う話は俺に来ていなかったので、おそらく日本代表のメンバー同士とか選抜の仲間とだろう。次はいつあいつらと飲めるのだろうか。今夜辺り辰巳に聞いてみよう。そんな事を考えながら、俺は藤代達のニュースが終わったテレビの音から意識を戻して、採点に没頭する事になった。








最後のテスト用紙の採点が終わり、時計を確認するともうじき4時間目が終わろうとしていた。ちょうど良い時間だった。答案を束にして、トントンと揃える。机の上を整頓しながら今日は何を食べようかと考えていたら、授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。椅子に座りながら、背伸びをする。財布と携帯をポケットにしまい、学食に行こうとすると、


きゃあああああああああ!!


幾重にも重なった生徒達の悲鳴が聞こえた。




聞き慣れたその響きに懐かしさすら感じる。最後に聞いたのは、高校3年の時、仲の良かったあの寝起きの悪い友人の誕生日以来だろうか。生徒達の悲鳴じみた歓声が徐々に職員室に近付いて来る。何事かとドアの傍に近かった年配の教師が開けると、


「よー、近藤」
「久しぶり、近藤」
「おひさ〜、近藤ちゃん」
「久しぶりッス、近藤先輩」
「元気そうでなりよりです、近藤先輩」
「・・・久しぶりです」
「あ、近藤先輩、すいません、お邪魔しています」


そいつらはドアの向こう側から1人ずつ入って来て、順に俺の名前を呼んで行った。


「三上、渋沢、中西、藤代、、間宮、笠井・・・。え?何でお前らここに来たの?」


久しぶりに見る顔ぶれ。しかも全員現役サッカー選手である。俺の隣に座っていた先輩など、教師にあるまじき大声で目一杯黄色い声を上げていた。


「お前の誕生日祝いに」


全員を代表して言った三上の言葉に、俺は呆気に取られた。


「俺となんて来るのに10時間掛かっちゃいましたよ。飛行機降りたら、たまたま居たテレビ局にインタビューされちゃったし」
「あ、それ、さっき見た。・・・って、何、本当にそれだけの為に俺の職場に来た訳?!」
「僕らの母校でもありますからね、ここ。来ても問題無いでしょうし」
「まー、祝いに来たのは半分冗談で、本当はこいつが今度ここで公演する事になって、打ち合わせで来る事になってたから便乗して来た訳」


こいつ、と三上が渋沢を指差す。


「仕事終わったら飲み会な。誕生日プレゼントだけど、一応持参して来たけど、どうする?ここで渡す?」


飲み会の会場で大量に渡されても、持ち帰るの大変でしょ?と言う中西に、色々と疲れ切ってしまった俺はここでいいや、と言うと1人ずつ俺に手渡しして行く。俺の好きな酒だったり、図書券だったり、本だったり、藤代とはイタリアで1度合流したらしく


「先輩、教師なら時計は必需品っすよね。良い時計あったんで、俺とで買って来ました!」


と、有名ブランドの袋を見て、俺は思わず眩暈を感じてしまい(てか、隣の物欲しそうな視線も怖い)流石に金額がでかすぎると安易に想像が出来てしまったので、無くすと怖いからそれは後で、とに預けた。


「せんぱーい、俺、腹減りました。学食行きましょうよ」
「え?マジ?行くの?」
「最初からそのつもり。渋沢、お前は?」
「打ち合わせは午後1時だから俺も学食」
「だってさ。さ、席も無くなるから行こうか」


目立つ事騒がれる事に慣れてしまっているあいつらは、周りを一切気にする事無く、学食に行くぞーと行って職員室を後にする。(それでも出て行く時に失礼しました、と言う辺り常識はある)(笠井のお騒がせしましたの台詞に、自覚あるんだって思ったけど)俺は呆然とその光景を眺めていると、いつまで経っても来ない俺に気付いたのだろう。あいつらは再び職員室まで来ると、


「オラ、行くぞ。近藤」
「行こうか、近藤」
「行こうね、近藤ちゃん」
「行くっすよ、先輩」
「行きましょう、先輩」
「・・・早く行きましょう」
「行かないとどうにもなりませんよ、先輩」


と、言うあいつらに俺は苦笑いをすると、今行くと言って職員室を後にしたのだ。




ぞろぞろと歩く俺達。ふと見た渋沢の背中に1を、三上に10を、中西に7を。藤代が9、が14、間宮が3、笠井が6。それぞれの背中に、昔、背負った背番号が見えたのは、夏到来の暑さが見せた幻だと思うことにした。








その後。


俺は学食で生徒達にかなり注目されたり、職員室で話題にされたり(あいつらのお陰で当分言われそう)飲み会と聞いた隣の先輩に色々とせがまれたり、(そうなると予想した中西の口先の上手さのお陰で何とかなったけど)教頭より立派な時計をつけてみたり(フランクミュラーだよ、これ。金額聞くのこえぇよ)と俺の周囲が賑やかになったのは言うまでも無い。




相変わらずな奴ら




「次の誕生日は誰だ!突撃すっぞ!!」










(言い訳)
着信ボイスの主人公は男装主人公ですが、もしも男主人公でプロ選手だったら、と言う設定で書きました。