1.ミーティングだよ 3番さん以外全員集合!



9月9日 午後10時32分 松葉寮 301号室


武蔵森サッカー部専用寮、松葉寮。中学生とは言え、世代平均以上の身長を誇る選手の為に、どの部屋も2人部屋にしては大きめに作られていて、数人部屋に招いてもあまり窮屈に感じないと好評の場所であったが、その部屋の主の1人は端正な顔を歪めてこう言った。

「狭いな、おい」

それもその筈。部屋には彼を含めて総勢11人がいた。ベットに腰掛ける者、壁に寄り掛かる者、床に座る者。それでも場所は足りずに、勉強机すら椅子代わりとなり、腰掛ける者もいた。

「仕方ないじゃん、ミーティングルーム使えばバレるだろうし」
「さっさと始めようぜ」
「そうだな。・・・では、今から12日の間宮の誕生日会のミーティングを始める」










2.14番さん ご指名です



「会場設営の間、間宮に外出して貰えると助かるんだよな」
「何か口実作って外に連れ出せると楽ですね」
「間宮、何で釣れるだろう?」
「あいつが好きなモン・・・・・・ってアレか」
「渋沢の天敵」
「俺は連れ出す役には回らんぞ」
「そんな牽制掛けなくても、お前は厨房担当だから安心しろよ」
「ミカちゃん、何かアレ系でイベントやってないか見てよ」
「今、やってる。・・・あった。奥多摩の動物園で爬虫類コーナーがリニューアルするってさ」
「良いじゃん。それで行こう」
「問題は誰が一緒に行くかだよな」
「渋沢は除外して・・・。辰巳と高田は会場設営だろ。中西と根岸と藤代が買出し・・・って何かやりそうな3人組が買出し担当かよ!」
「やりそうじゃなくて、やるんだよ」
「・・・少しは否定しろよ、中西」
「・・・お前らが何やるか知らないし、変なモン買って来るのも良いけど、自費かそれ用のカンパの分で買えよ」
「わかってるよ。買出しリストの奴もきっちり買って来るから」
「それ以外の人間か・・・。俺としてはに行って貰いたいんだけど」
「僕ですか?」
「お前、そっち系の知識もあるだろ?」
「間宮ほどでは無いですが、少しは」
「じゃ、で。笠井、準備中、藤代のストッパーが1人居ないから頑張れよ」
「・・・三上先輩も止めてくださいよ」
「俺、2・3軍の奴らに話回すので手一杯。代わってくれるならストッパーやるけど?」
「アホの相手は嫌なので遠慮します」
「言うね、お前も。・・・天野だっけ?」
「アホはアホです」










3.2番さん、7番さん、9番さんが行く

9月12日、朝8時、駅ホーム。

「なー、まず、どこから行く?」
「買出しリストの大半が具材だろ?ならディスカントストアで購入かな。重い物は後回し。先に例のブツから購入しましょ」
「じゃあ、先にロフトかな」
「あ、なら今来た電車に乗るか」










4.14番さん、出番です

「間宮、準備良い?」
「ああ」
「じゃあ、行こうか」
「ああ。・・・じゃあ、エリザベス。シャーリー。ノーラ。キャサリン。ミネルバ。ライラ。ユーリカ。クローディア。ジョセフィーヌ。シルフィー。レティシア。それにティファニー。行って来る」
「どの子がティファニー?」
「そこのゲージの子だ」
「綺麗な目だね」
「ああ、目に関してはティファニーが群を抜いている。しかし、肌の色に関してはエリザベスが、賢さではライラが、そして(以下延々と続く)」
「間宮、そろそろ行こう。時間無くなっちゃうよ」
「・・・・・・ああ、行こうか」










5.1番さん、動いて下さい

「あ、メール来た」
「無事に間宮とは電車に乗ったらしいな」
「それじゃあ、準備始めるか」
「そうするか。・・・・・・渋沢?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・お約束のように間宮のお友達が一匹脱走したな」
「・・・お約束かわからんが、そうだな」
「どうする?」
「お前、触れる?」
「あんまり。お前は?」
「俺もあんまり。渋沢・・・・・は聞くまでもないな」
「辰巳。とりあえずそこで硬直している渋沢を厨房まで引き摺ってくれ。俺、間宮のお友達をとりあえず部屋に戻しておくわ」
「頼む」










6.7番さん、ロフトで大変身

「見て見て、根岸」
「ん?・・・あははははっ!何、それ!」
「鼻眼鏡。どう?似合う?」
「お前、折角の顔、台無し!」
「そう?・・・やっぱり団子鼻と眼鏡とヒゲくらいじゃ、俺の美貌は隠しきれないと思うんだけどな」
「あはははは、中西、最高!・・・で、それ買うの?」
「ううん、買わない。・・・・ところで藤代は?」
「あっちで何か探してたけど・・・・・・あ、いたいた」
「根岸先輩、中西先輩、どっちが間宮に似合うと思いますか?」
「何、これ?」
「宴会用のたすきだね。俺としてはこの『本日のセクハラ部長』の方が良いけど」
「マジ?俺は『博愛主義上等』の方が良いんだけどな」
「間宮、博愛主義だった?」
「いや、動物に優しいタイプで、綺麗な顔の奴には容赦ない奴だけど」
「桜上水のあのセンター分けには容赦無かったよね、間宮」
「センター?・・・ああ、水野の事ですか?」
「ううん、桐原くんの事」
「良い性格してるよね、中西って」
「うん、もっと褒めて」










7.11番さん、諦める

「辰巳ー」
「どうした、高田?」
「余った模造紙で横断幕作るって話あったじゃん」
「ああ、デカデカと『間宮茂、14歳おめでとう』って書く予定の」
「あれ、最初は大森が書く予定だったんだけど、藤代が書いちゃったらしくてさ」
「・・・・・・何となくどうなったか見当はついたが、どうなった?」
「『しげるくん、おたんじょうび おめでとう』だって」
「・・・・・・・もしかして全部ひらがなで書いたのか?」
「ああ。しかも無駄に達筆だった」
「本当、無駄だな。幼稚園のお誕生日会みたいだ」
「どうする?」
「模造紙を無駄にする訳にも行かないし、差し替えたら藤代が喚くからそのまま藤代の作った奴を会場に張って置いてくれ」
「了解」










8.10番さん、危険です

「おーい、渋沢・・・って、甘っ!」
「ああ、三上か。どうした?」
「この匂い、何とかならないのかよ?」
「ああ、バニラエッセンスの匂いか。窓を開けて換気しても良いんだが、厨房の真上は俺達の部屋の傍だったような気がするんだが」
「・・・・・絶対に換気するなよ」










9.6番さん、お怒りです

「・・・何、笠井、怒ってるの?」
「アホに因縁つけられた」
「アホ?・・・ああ、天野って先輩?」
「1軍になれないからって人に八つ当たりするなよな」
「笠井に喧嘩売るなんてアホだよね」
「だからアホって言ってるだろ」
「何でよりによって笠井に喧嘩売るんだろ。1軍2年で1番危険人物なのに」
「大森、喧嘩売ってる?」
「全然」










10.10番さん、ひた走る

「何だ、この匂いは!」
「あ、三上。ただいま」
「買出し部隊帰って来てたのかよ。・・・で、何なんだ、この匂いは?」
「プリン作ってる」
「は?」
「だから、プリン」
「どこに容器あるんだよ」
「これ」
「これってバケツ・・・・ってまさか!」
「ふふふ」
「あはは」
「クフフ」
「・・・・バケツプリンかよ。あと、藤代、いい加減、そのアニメキャラの笑い方やるの止めろ」
「えー」










11.3番さん、お見通し

「結構、色んな種類があるね」
「ああ、見に来た甲斐があったな」
「ところでそろそろ昼食にする?」
「ああ。・・・ところで?」
「何?」
「あいつらの準備は何時に終わる予定だ?」
「・・・一応、4時かな。5時から始める予定だよ」
「そうか。あいつらがどんな物を用意して来るか楽しみだな」










12.10番さん、ご乱心

「あれ、三上先輩?」
「大森に・・・山川だっけ?お前ら今から寮の窓と言う窓を全部開けるように通達しろ」
「窓?ああ、この匂いのせいか」
「もう耐えられねぇ。何、この匂い。甘ったるくて狂いそうなんだけど、俺!!」
「く、狂わないで下さい。俺、2・3軍の部屋、回って来ますから!」
「俺の名前出せば一発だから全部やってくれ。ああ、もうファブリーズどこだー?!」










13.開幕

そんな騒動がありながらも準備は無事に4時に終わり、4時30分過ぎにと間宮が寮の玄関に入るとクラッカーが鳴り響いた。紙吹雪が出ないクラッカーは辰巳オススメの一品であるが、そんな事を帰って来た2人が知る筈も無く、役目を終えたクラッカー達は静かに辰巳の手によってゴミ箱行きとなった。



食堂利用者の邪魔にならないよう、会場はミーティングに良く使われる会議室だった。先導する高田の後に間宮が続くと、まずは達筆ながら幼稚園の雰囲気を醸し出した横断幕が目に入った。机には色んなスナック菓子が並び、誕生日席には大きなケーキがあった。



誕生日席に座らされた間宮は、席の真正面にある大きなケーキを作った渋沢の腕に感心するものの、興味はその横の何も入っていない空のスティール製のバットに注がれていた。この空のバットに何が入るのか。何せここには面白い事になら金は惜しまない奴が何人もいる。



「間宮、誕生日おめでとー」

そう言って現れたのは中西だった。手には青いバケツがある。「未使用だからね」と言った後、中西はバットをバケツの上に被せて、そのままひっくり返すと、さかさまになったバケツから黄色いフルフルと震える見覚えのある物が現れた。最もこんなに大きな物は初めてだったけれど。

「バケツプリンだよ」

バットを机に下ろした中西は、フルフルと震える物体に次々にろうそくを刺して行った。フルフルとプリンが震える度にろうそくも揺れる。それを見た周囲はおろか中西も笑う。一頻り笑った後、「やっぱりこれにして良かった」と中西は言った。



中西愛用のライターで次々と火が灯され、火が全てに行き渡ると電気が消えた。誰が1人が歌い始めたバースディーソングに1人また1人と加わって、次第に部屋中に響く大合唱となった。完全に打ち合わせしきれてなかったのだろう。「ハッピーバースディ、まみや」と歌う者もいれば、「ハッピーバースディ、しげる」と言う者もいた。最後に拍手が鳴り響き、促されると間宮は息を吹きかけ、ローソクの火を消して行った。吹いた息でプリンが揺れ、その都度、笑いが漏れたのはご愛嬌と言うものなのだろう。



電気を付け、渋沢がケーキを切り分けに入る。プリンは完全に間宮の物らしく、「好きに食べろよ」と言って根岸が渡したのは、徳用サイズ1.5リッターの醤油だった。周囲からウニコールが起こる。「先輩、大好物ですよ!」と藤代が叫び、「誰が食うか!」と周囲をほんのり漂うバニラ臭に顔を顰める三上が叫び返す。そんな周囲が見守る中、お約束と言う物を十二分に理解している間宮は躊躇う事無く徳用醤油の蓋を開け、プリンになみなみと注ぐとスプーンで一口口に運んだ。

「美味い」

その言葉に今度は間宮コールが起こった。今回の仕掛人、中西、根岸、藤代は満足そうに笑う。




かくして、9月12日の間宮の誕生日会は無事に終わった。