きっと盆と並んで日本で最も実家に帰省し、のんびり過ごす日だろう。年の初めに生まれた彼を人は大抵縁起が良い、幸運だと言うけれど、それに納得出来ない男が居た。それが元旦生まれの藤代誠二本人である。




藤代とて、人の子である。兄とは年が離れており、遅くに出来た藤代家次男は大層可愛がられた。特に祖父母は溺愛と言って良いほど可愛がり、周囲の愛情を一身に受けた藤代も真っ直ぐで優しい人間に育った。故に生んでくれた母親を始め、今の自分を構成するに至る周囲の人間の事の事を非常に愛していたのだが、愛される事に慣れていた藤代は、同時に我侭な人間でもあった。







「俺、明日、誕生日だからさ。祝いに来てよ、タク」
「俺、天皇杯出るんだけど」


電話口から聞えた笠井の言葉に、藤代は「俺、4回戦で負けた」と呟いた。「知ってる」と返した笠井の言葉に、「郭が絶好調だったもんなぁ」と藤代が溜息と共に吐き出せば、「誠二、足の方、大丈夫なのかよ?」と心配そうに笠井は尋ねた。


「足?大丈夫、大丈夫」


ヘラヘラと学生の時と変わらない笑みを浮かべながら、藤代は明るく答える。携帯電話を耳に当てる藤代は自室のソファーに腰掛けていたが、その片足は包帯でがっちりと巻かれていた。


「・・・なら、良いけど」


伊達に6年、同じ寮、そして同じ部屋で寝食を共にして来た訳ではない。藤代の声音に少しだけ混じった昏い物を感じ取った笠井だったが、今は触れて欲しくないだろうと思い、言葉を濁らせるだけに留めた。


「そっか。最近、忙しかったから、天皇杯の準々決勝辺りからチェックして無かったな」


「タクが出るなら見に行こうかなー」と藤代が暢気に呟くと、「大した事無くても完治させないと駄目だろ。自宅で大人しく療養してろ!」と笠井は諌めた。その言葉に「あはは」と軽く笑い声を上げた後、「なんか、タクに怒られると学生時代に戻った感じがする」と藤代は嬉しそうに言った。反省の色がまったく見えないその声に、「何で卒業してからもお前諌めなきゃいけないんだよ」と呆れた口調で笠井が呟いた。電話越しなので笠井の表情は藤代に見えないが、苦々しくも少しだけ嬉しそうに笑っている自分に気付き、笠井は表情を引き締めた。こんな顔、うっかり藤代に見られたら、「タク、好きー」と感情を露にして抱き付いて来るに違いない。学生時代、これで何度女子の間でおぞましい噂が立った事か。思い出し、肌をぞわりと震わせる。そう言えば―――。


には声掛けたの?」


去年、イギリスからイタリアのチームに移籍し、話題になった友人を思い出す。確か年末年始は一切試合が入っていなかった筈だが。


「最近、留守番電話にしか繋がりませーん」


「もう帰って来てる筈なのになぁ」と溜息を吐く藤代の声には切なさや恋しさが混じっていた。「お前はの恋人か?」と思わず言いそうになった口を笠井は手で押さえた。言ったら最後、「なら良いよ」と藤代なら言いかねない。純粋なのか、考え無しなのか、それとも・・・。己の想像にまたぞわりと肌を震わせる。女子の間で自分以上に藤代とおぞましい関係を噂されていた友人は一体どこに居るのだろう。毎年、年末年始には必ず顔を合わせているのに。そんな疑問を浮かべながら、明日に備えて早々と寝る予定を2時間遅らせて、藤代の電話に付き合う自分は結構お人好しなのかもしれない。そんな事を笠井は思いながらその日、床に就いた。







笠井に掛けた電話を切る。待ち受け画面に切り替わるほんの一瞬だけ、通話時間が表示された。学生時代ならともかく、今なら長過ぎると言って良い時間、電話をしてしまった。明日試合を控えた身でありながら、付き合ってくれた笠井に感謝しつつ、携帯をテーブルの上に置いた。普段なら適当に放り投げているのに、マナーモードになっていないかどうか確認してから置いたのは、電話が掛かって来るのを待っているから。。笠井と同じくらい藤代と同じ時間を過ごした友人。同じポジション争いをしたライバルであり、ツートップを組んだ相棒であり、同じ釜の飯を食べ、同じチームで同じ夢を追い掛けたかけがえのない存在。毎年、盆と正月には顔を合わせていて、今年もまた同じように過ごせるかと思っていたのに。ずっと連絡がつかないこの状況が怖くもあり、寂しくもあった。


足元の包帯が視界に入り、気持ちがまた重くなった。らしくない、と藤代は天井を仰ぐ。いつもなら持ち前のプラス思考が働いているのだが、プラスがマイナスに傾くくらい色々な事が重なって起り過ぎていた。




下手に騒がれるのも嫌だから、実家にも怪我が治ったら帰るつもりでいた。昔ならあれこれと口煩く言った母親も、「元旦にお爺ちゃんとお婆ちゃんに電話しなさいね」と言うだけだった。自分の職業の大変さを充分理解してくれている言葉に、「ありがとう」と答えたのが数日前。こんな事なら帰っておけば良かったと後悔しながら包帯を撫でると、視界の隅で携帯がチカチカと光った。








慌てて携帯を取った。逸る気持ちを抑えて画面を開けば、メールが1件。ワクワクしながら開けた途端に、藤代は肩を落とした。


「三上センパイかよー」


思わず口にしてしまい、慌てて藤代は口を押さえた。この場に三上が居たら、とんでもない目に遭わせられていただろう。5年間、伊達に一緒に過ごしてはいない。過去の数々の出来事が脳裏を横切り、ブルリと体を震わせると藤代はメールを開いた。


名前 三上先輩
題名 アホ代へ
本文 今日はそこにいろ。


「訳わかんないから!てか、アホ代とかまだ言ってるし!」


携帯に文句を言った後、三上の真意を探るべく電話を掛けるが、コール音が鳴らないまま、留守番電話の音声が流れた。


「おかしいなぁ」


首を傾げながら、留守番電話に伝言を入れると、藤代はハァと溜息を吐いて携帯を閉じた。パタンと閉まる音がやけに大きく聞えた。








目を覚ますと酷く気だるかった。ルームライトをつけたまま眠ってしまったせいだろう。眠った筈なのにまだ眠く、このままベットで寝てしまおうかと藤代はソファーから起き上がると、インターフォンが鳴る音が部屋に響いた。外は暗く、壁に掛かった時計は11時になろうかとしていた。誰だろうと、インターフォンの受話器を取れば、


「誠二?」


懐かしい声が聞えた。




そこから先は無我夢中だった。インターフォンを乱暴に戻し、とたばたと音を立てて廊下を突き抜けドアを開ければ、久しぶりに見る顔がずらりと並んでいて。その正面、1番手前に居た相棒に昔と同じように抱き付けば、困ったような顔を浮かべて見せた。


「誠二。少し早いけど、誕生日おめでとう」








「で、その足は何?」とニッコリと笑ったの目が笑っておらず、その目を直視してしまった藤代は冷や汗を掻きながら言い訳をするのだが、すぐに嘘だと見破られた。正直に話した藤代に「怪我人が走るんじゃないの!」と今年最後のお叱りが落ちるのはそれからすぐの事だった。








「何で最近連絡取れなかったの?」
「ちょっと用事があってね。圏外の所に行くから、携帯置いてたんだよ」
「そっか。今年の予定は?」
「新年の挨拶をしに、1度実家に戻るけど、それ以外は無いから暇かな」
「じゃあ、遊ぼうぜ」
「良いよ。ただし、誠二の家でね」
「わかってるって。あー、ゴメン、1度買出し頼める?冷蔵庫、そろそろ空だー」
「良いけど、そろそろ彼女でも作ったら?」
「好きな子出来ねーもん。俺」
「僕や竹巳の事、好き好き言う割には、誠二ってそういう所あったね」
「うん。やタクは好きー」
「・・・学生時代ならともかく、今は発言に気をつけないと週刊誌とか怖いよ」
「うーん。好きなんだけどなぁ」
「友人としてって前書き付けないと怖い世の中だよ。今は」
「うん?友達以外になんか意味あんの?」
「あると思っている人もいる世の中ではあるね」










(言い訳)
笠井は柏レイソル所属、三上はガンバ大阪所属を意識して書いてみました。天皇杯後、東京に戻る三上にくっついて、若菜とノリックも東京入り(そして藤代宅へ)。真田も若菜が来ていると言うので、笠井と共に藤代宅へ。郭もが来ているので藤代宅へ。何だかんだで藤代のアパートに人が一杯の状況に。ホクホクしながら藤代は正月を過ごしました。でも、人に会う度に「早く怪我治せ」と言われてます。藤代は好きな子が出来にくいけど、出来たら最後、すっぽんのように離れないと思いますね。ノーマルです。ここでは(笑)