駅前の某百貨店。入口入ってすぐのスペースに特設コーナーが出来たのは1ヶ月前。国内は勿論、海外の名立たるメーカーから集められたチョコレートの数々。箱1つ取っても見る価値があると言えるほど、包装紙やリボンに細かな趣向が凝らされていた。中身であるチョコの味は勿論絶品。ただし、値段もそれに見合った分だけするので、なかなか手が出せないけれど。


下手したら洋服1着分に相当するだけの物も存在する。たかがチョコ、されどチョコ。年に1度の甘いイベントは洋服1着分払う価値があるのだろう。不景気なのに関わらず、それなりに数が出ている。こんな高いチョコを一体誰に渡すのだろうか。キラリと光る細身の結婚指輪を嵌めた女性。昔はこの指輪が似合うほっそりとした手をしたお嬢さんだったのだろう。肉で指輪が埋もれ掛けている年配の御婦人の手に袋を手渡すと、上機嫌で御婦人は去って行った。自分で食べる確率、89パーセント。そんな失礼な事をつい考えてしまう。




2月14日、バレンタイン当日。休日と言う事もあり、特設コーナーには多くの女性客で賑わっていた。どの客も熱心に吟味する中、混雑する売り場を歩く3人組。一様に皆、上下黒に白のラインが入ったウィンドブレーカー姿。そして黒のエナメルバックを背負っている。まだ顔に幼さが残る顔。高く見積もっても高校生くらいだろう。如何にもスポーツ帰りと言った風体の少年達だった。


(何かしら、あの子達)


少し離れたレジカウンターから見れば、女性客ばかりが犇く一角で、彼らは異様に浮いて見えた。それは同じ空間に居る女性客達も同様だったようで、彼らの後ろ姿を不躾に眺めていた。


「これ、追加でお願いね」
「はい」


売れ行きが好評のチョコレートが新たに届いた。幸いにも今の時間帯、それ程レジは混んでいなかったので、1つレジを休止中に変えると、届けられたばかりのチョコの数々を売り場に運んだ。


「あ」


売り切れてスペースが空いた棚の上に、チョコレートの箱を陳列すれば、積み上げた1番上の箱が横からひょいと取り上げられた。上から声が聞える。


「中西先輩、ゴティバありましたよー」
「マジ?さっき無かったのに」
「新しく入ったみたいです」


まだ変声期に入って居ないのだろうか。女のようにも聞える声。その声に続いて聞えたのは、変声期が過ぎ去った低いテノール。


、それ1箱確保」
「はい。他はどうしますか?」
「えーと、他は・・・・・あ、お姉さん、ちょっと良いですか?」
「え?あ、はい」
「モロゾフとロイズってもう在庫無いですか?」


作業しながら会話に耳を傾けていたのだが、突然、声を掛けられ、思わず少しだけ慌ててしまった。先程、補充されたチョコレートの中から問い合わせのあったブランドの物を探す。


「ロイズがこちらとこちらの2種類、モロゾフはこの1種類だけですね」
「じゃあ、それ下さい」


高校生の小遣いから見れば少々値の張るチョコレート。中西と呼ばれた少年は即座に決めると、私の手の中にあった3種類のチョコレートの箱を取った。奪ったとか、奪われたとか、そんな風に感じる乱暴な動きでは無くて、流れるような動き。


「お姉さん、ありがとうね」
「ありがとうございました」


少年が2人、私に向かって微笑む。中西くんは年不相応な艶めいた笑み、くんはにこやかな見ているだけで心が和むような笑み。笑う彼らの顔を良く見れば、テレビの向こう側で歌っていてもおかしく無い程の、まるでアイドルのような整った顔立ちをしていた。


「中西先輩ー、ー。こっちは全部見つけたよー」


美少年2人組の所にもう1人少年がやって来た。こちらも美少年だ。なるほど、彼らが売り場に来た時から他の女性客に注目されている理由が良くわかった。バレンタインと言うテンションが上がる今日、これだけカッコイイ子達が居れば、自然と視線が集中してしまうだろう。




手早くチョコレートの補充をし、再びレジに戻れば、幸運にも少年達は私の受け持つレジにやって来た。バーコードを読み取りながら、彼らの会話に耳を澄ませる。てっきり罰ゲームか、それとも米国式に誰かに贈るのかと思っていたのに、5桁に程近い金額のレシートに印字されたチョコレートの数々は、どうやら少年達のお腹の中に消える予定のようだ。これだけ見目が良ければ、チョコレートなんて学校で貰えるのに、どうして買うのだろうか。首を傾げながら、店を後にする少年達の背中を眺めた。





ある百貨店、店員の独白










中西、ふじしー、それに主人公の3人、バレンタインの限定チョコが食べたかったから売り場に突撃。練習試合の帰りの格好でも、女性客ばかりの空間でもこの3人は迷う事無く入って行ける。