俺の1日は大抵目覚まし時計が鳴る前に始まる。
目が覚めて時計を確認すれば、今日も鳴る前に目が覚めてしまった。アラームをオフに切り替えて、体を起こす。軽く体を柔軟。若干体に疲れが残っているものの、状態としては悪くない状態だ。クーラーのスイッチをオフにし、窓を開ける。開ける前から少しだけ聞こえていた蝉の声は、遮るものがなくなったため、大合唱と言っても差し支えのないくらい、賑やかなものだった。
「夏だな・・・」
誰に言うわけでもなく、自然とその言葉が口に出る。
「・・・ああ、夏だな」
同意の声が後ろから聞こえる。どうやらあいつも起きたらしい。
「何だ、三上。起きたのか?」
くるりと振り返り、朝の挨拶をするつもりだった。しかし、俺の目の前に見えたのは、布団の上で寝起きの悪さを発揮する同室の三上ではなく―――何故か布団の枕だった。
「取るんじゃねぇ」
「反射的に体が動くんだ。仕方ないだろう」
もう少しで顔面キャッチする所だったが、何とか左手でキャッチすると、目覚めの悪さをそのまま顔に出した三上が文句を言った。苦笑いを浮かべながら理由を述べれば、顔を顰めて見せる。
「とりあえず窓、閉めろよ。うるさくて頭痛ぇ」
米神の部分を左手で押さえて三上が唸る。窓を閉めれば、蝉の大合唱は僅かに聞こえる程度のものになった。少しは楽になったのだろう。三上が布団の上で脱力し、転がる。
「お前は本当に寝起きが酷いな」
「お前が良過ぎるんだよ」
そう言って大欠伸を1つ掻くと、三上は目を閉じた。
「寝直すのか?」
「折角の休みの日の朝くらい、俺は惰眠を貪りたいんだよ」
前はどこかの馬鹿が乱入して来たからな。
鬱陶しそうに言って三上は布団を頭まで被った。どうやら今日は徹底的に寝るらしい。寝る前に漏れた言葉とその姿に思わず笑みがこぼれる。口ではああ言っているものの、三上なりに可愛がっていたのだ。三上曰く馬鹿―――藤代は勿論、一緒に去年の夏を戦った後輩達の事を。
ふと彼らの事を思い出す。高校に入学してもうじき4ヶ月。全国に名を馳せた強豪校という事もあり、高校からの編入でサッカー部に入って来るのは誰も彼も実力者ばかりだ。中学校サッカー大会で全国制覇をした俺達も負けてはいないが、それでも後輩達の事を気に掛ける余裕などある筈も無く、新しい環境に馴染むのに精一杯で、気が付けば7月末になっていた。
「あいつら、今頃、頑張っているだろうな」
ちょうど去年の今頃が、都大会の準決勝決勝の時期だったと記憶している。今年も日程的にそう変わりはないだろう。キャプテンに笠井を据えた新チーム。FWの藤代、、それにMFの間宮は全国屈指のプレーヤーだが、去年の主要メンバーの大半を残す宿敵、明星。椎名の意思を継ぐ黒川率いる飛葉。そして―――怪我で風祭は離脱を余儀なくされたが、司令塔の水野と抜群のコンビネーションを見せるFWの佐藤―――藤村と、高いセービング率を誇るGKの不破の桜上水。どこも簡単には勝たせてくれないチームばかりだ。去年以上に優勝するのが難しいだろう。実際、それを理解しているのか、高等部の監督も兼任している桐原監督の足は中等部に向く日が多い。
「あいつらなら大丈夫だろ」
もぞもぞと動いた後、三上が布団から顔だけを覗かせて見せた。俺の考えている事を見抜いたのか、向けられた眼差しは問い掛けるもので、俺はそんな三上に深く頷いて見せた。メンタル面での強化のため、年に数回、高等部と中等部の交流戦が設けられている。身体的能力も技術力も格上の相手。途中で戦意喪失してしまう選手も少なく無い中、今の新チームのレギュラーはそれらを跳ね除け向かって来たのだ。あいつらよりも個として強い選手は確かに存在する。しかし、チームとしてあいつらに勝てる奴らはそう居ないだろう。居たとしてもあいつらならきっと乗り越えるだろう。藤代は心底楽しそうに、は苦笑しながら、間宮は不敵に、大森は皮肉っぽく。そして、笠井はそんな4人に呆れながら。簡単に出来た想像に笑みが浮かぶ。
ぴりりり、と電子音が鳴った。メール着信音。こんな朝早くに誰だろうか。机の上に置いた携帯を開いて、届いたばかりのメールを見る。
「あいつら・・・」
送り主はだった。これから都大会の決勝戦に向かう所らしく、添付された画像には去年共にフィールドに立った顔が揃っていた。心底楽しそうに笑う藤代。その両腕は笠井との肩に回されており、笠井は呆れた顔で、は苦笑いを浮かべていた。大森と間宮は元からそれほど感情表現が豊かというタイプではないが、それでも今日の試合が楽しみなのだろう。目元口元が少しだけ緩んでおり、その隣に巻き込まれたのか、少しだけ距離を置いて写る山川の姿があった。
「ニヤニヤ笑ってるんじゃねぇよ」
「ん?見るか?」
「・・・寄越せ」
手のひらをひらひらを動かせ、投げろとジェスチャーした三上に携帯を投げる。軽く放物線を描いた携帯は三上の右手に収まった。眠たそうな三上の目が楽しそうに更に細められる。
「渋沢」
「何だ?」
「見に行かねぇ?」
携帯を指差して三上が笑う。
「良いのか?折角の休みに惰眠貪らなくて?」
「今日早めに寝るからいい。それより、久々にからかいに行こうぜ」
今までの寝起きの悪さが嘘のように、三上はベットから起き上がると、手早く朝の身支度に入っていた。ジャバジャバと勢い良く顔を洗う音が部屋の奥から聞こえ、静かな朝は途端に賑やかになる。メールに記載された試合開始時間は10時からだから、早めに行くつもりなのだろう。
「中西達も誘うか?」
歯ブラシを銜えたままの三上に聞けば、ニヤリと笑って見せた。よろしく、という意味だろう。声を掛けて来ると言って部屋を出ようとすると、開かれたままの俺の携帯が三上の布団の上で転がっていたので拾い上げた。歩きながら携帯画面を閉じようとする。すると文章にまだ続きがある事に気付いてスクロールしてみた。真っ白な画面が少し続いた後、意図的に隠された文章が目の前に現れる。
「誕生日祝いはケーキと都大会優勝報告で良いですか?」
言葉使いからして、の遊び心なのだろう。もしくは藤代が入れるように頼んだか。相変わらずな後輩達に本日何度目かの笑いがこみ上げて来る。とりあえず何と返事をしようか。きっと返事を楽しみにしているだろう。
誕生日の過し方
「タク!!センパイ達来たよ!!」
「あ、本当だ」
「何でそんなに嬉しそうなんだよ、誠二」
「だって勝ったって所、渋沢先輩に見せれるじゃん!!」
「誕生日プレゼントにケーキと優勝報告って送っちゃったからね」
「何やってるんだよ、2人とも・・・」
「そう言うタクこそ笑ってるじゃん」
「誠二、仕方ないよ。竹巳はツンデレさんだから」
「そっか!ツンデレか!なら仕方無いな!!」
「。変な事、教えないでよ」
「優勝以外、受け取らないからなー!」
「勿論っスよ。センパイ!!」
「見てて下さいね」