「俺もずっと好きだった」


その言葉が私の初恋を無残にも打ち砕いた。




ラブズ




何でその現場に居合わせてしまったのだろう。委員会で遅くなった上、使用していた会議室の鍵を返しに行った職員室で担任に捕まって、今日は運が悪いと溜息を吐きながら誰も居ない廊下を歩いていたら、聞き慣れた声がして思わず足音を止めてしまった。


「俺もずっと好きだった」


その声の主は間違いなく幼馴染の圭介の声だった。私がずっと片思いしている相手でもある。


「嬉しい」


扉の閉まった教室からもう1つ声がした。女の子の声。今の言葉はその女の子に圭介が言ったものなのだろう。私ではなく、別の女の子に。


幼馴染で長い時間を一緒に過ごした間柄ではあるけれど、別に恋に落ちなきゃいけないなんてルールはどこにもないし、まして中学校に入ってから3年間、同じクラスにならなかったので昔ほど仲が良いと言えない状態だった。


「俺もずっと好きだった」


その言葉が何度も頭の中で繰り返される。悲しいけれど、こればかりはどうしようもない。教室からまだ聞こえる声の数々を無視して、足音を潜めながらその場を通り過ぎ、自分の教室に入ると鞄を持って急いで学校を出た。運動は得意では無いのに無理をしたから息苦しかった。校門を潜ってようやく足を止める。心臓はバクバクしていて、頭は真っ白、息苦しさで肺はきゅーきゅー言って酷い有様だった。


心が、呼吸が、苦しい。







翌日、教室に行くとクラスの女子のテンションが高い気がした。何度も交わされる会話。どうやら圭介とその彼女、加藤さんが付き合い始めた話はもう広がっているようだった。きっと当事者達が居る1組と3組はもっと凄い賑わいを見せているに違いない。


鞄から教科書を取り出し、机にしまっていると、後ろの席の友人が背中を指で軽く叩いた。


「大丈夫、?顔色悪いよ」


友人、は私の好きな人を知っている。だから心配してくれているのだろう。ショックで寝れなかった。朝、起きた時、今以上に酷い顔で、それを見た母親が心配して休みなさいと言われる程だった。だけど休むのは私のプライドが許さなかった。


悲しいけれど、苦しいけれど、喉元を過ぎればきっと忘れる。








そう思ってから3ヶ月が経った。夏休みは終わり、季節が変わっても圭介達は順調に交際を続けている。別に早く別れて欲しいと思わないけれど、数少ない圭介との接点が失われて行くのが手に取るようにわかるのが嫌だった。付き合う前は登校中に会えば一緒に歩いていたけれど、今はそれも無い。もう一緒に歩く事も無いと思う。圭介の隣は彼女である加藤さんの専用となっていた。行きも帰りも2人は仲良く歩いている。それを見る度に心が痛んで、視界に入れないように、朝は以前よりも早く登校して、帰りは図書館で勉強して今までより遅く帰るようにしていた。


手に入らないから、見れば欲しくなるから、だから見ないようにした。








図書館に通うようになって初めて気が付いたけれど、ここに来る生徒の大半は受験生である3年生が中心だった。受験資料が置かれているせいだと思う。また、受験を約半年後に控え、次第にピリピリとしたオーラを撒き散らす3年生が集中しているこの空間は1.2年生には近寄り難い空間のようだ。


普段ならば私語には煩い司書さんがいるこの場所も、今日は職員会議らしく当番である図書委員しか居ないので、ここぞとばかりに彼らは話をしていた。


机ごとにいくつかのグループに分かれていて、その1つ、女子ばかり4.5人集まった所で交わされていたのは志望校の話。最初は互いの志望校の話をしていたが、次第に他の人の志望校の話にまで発展し、その中の1人が「知ってる?今日、聞いたんだけど」と切り出した話に私は耳を疑った。


「山口くんって志望校、磐田第一に変えたらしいよ」


磐田第一高等学校。私の第一志望校でもある。県内でも進学校に数えられる学校で、家から歩いて10分と言う立地条件が気に入って受験する予定だ。圭介は別の高校に行くと3年に成り立ての頃、聞いた覚えがあった。それを磐田第一に変えると言う事は容易な事ではない。


きっと―――。


「えー、それって彼女と一緒だよね」


私が口にするまでもなく、女子グループの1人が同じ疑問を口にした。そこから始まった会話は正直聞いていられなかった。圭介と彼女が仲が良いのは知っているけれど、デートでどんな所に行っているかなんて知らない、知りたくもない。かなり色んな場所で目撃されているらしく、ああだこうだと話を続ける彼女達に耐えかね、広げたノートや筆記用具を鞄にしまうと図書館を出た。


もう3ヶ月も経つのに、私の心は一向に諦めてくれなかった。だから痛い。







図書館での一件から数日後。部屋で宿題を片付けていると、珍しく圭介がやって来た。本当に久しぶりだった。話すのも久しぶりなくらいだ。部屋に来たのはそれこそ4.5ヶ月振りでは無いだろうか。久しぶりの来訪に、逸る気持ちを抑えるのに必死だった。


「学校に辞書忘れたんだよ。、貸して貰えねぇ?」
「良いよ。どれ?」
「和英」
「ちょっと待ってて」


勉強机の横に置いた本棚の辞書の棚から和英辞典を引っ張り出す。手渡すと「サンキュ、助かった」と言ってニコリと笑った。釣られて笑顔になる。


「最近、勉強頑張っているね」


釣られて笑顔になって、上機嫌でうっかり口にしてしまった。頑張っている理由なんてとっくに知っているのに、何故、口にしてしまったのだろう。


だけど、返って来た言葉は予想以上に残酷だった。


「お前と同じ学校行きたいと思って」


そう言って赤い顔をする圭介を、今日ほど憎いと思った日は無い。圭介が志望校を変えたのは、私が行く学校だからじゃなくて、彼女である加藤さんが行く学校だからなのに。私はたまたまそこに行くだけなのに。


どうしてそんな事を言うのだろう。だけど、言った所で何も変わらない。私の気持ちに気付かない圭介と、これ以上一緒に居る自信が無かった。




気付かないで、私はこのまま貴方に忘れ去られて行くから。