圭介とその彼女の不仲説は、日に日に現実味を帯びた話に変わって行った。
入試と言う打ち込む物が無くなった分、私の狭かった視野は急にまた広くなった。お陰で聞きたくない話が容赦なく耳を掠めて、脳の中にインプットされて行く。誰かデリートの方法を教えて欲しい。大体、いくら学校の人気者とその彼女だからって、なんでこんなに噂だけで盛り上がれるのだろうか。
「上手く行ってるなら、ここまで盛り上がらないわよ。上手く行ってないから騒がれているだけ」
「そういうもの?」
「次は自分達の番って思ってるんじゃない」
「なるほど。そういう考え方もある訳か」
「ちなみには彼がフリーになったら動くの?」
「そんな気力も無いよ」
「ふーん。じゃあ、他の人と付き合う?この間、告白されてたでしょ?」
「そんな気分じゃないよ。・・・この間の人も丁重にお断りしたし」
「未練たっぷりなんだ」
「未練ね・・・。何もしなかった事が未練かも」
もし、私があの放課後よりももっと前に圭介に告白していたら、どうなったのだろう。上手く行ったのかもしれない。
想像するなら上手く行く方だけ考える。振られる想像なんてしたくない。
この日の圭介の機嫌は嘗て見た事が無い程、悪かった。電話で呼び出された時、そのぶっきらぼうな言葉遣いにカチンと来たが、実際目の当たりにするとかなり酷い。おばさんが「今日の圭介はちょっとご機嫌ナナメなのよね」と部屋に来る前に言われたけれど、これはちょっとと言うレベルでは無い。クラスの女子が言う爽やか少年はどこに行ったのか。多分、家出中なんだと思っておこう。
「勉強出来そう?」
「・・・出来るように見えるか?」
「少なくとも集中して出来るようには見えないわね」
私がそう言うと、圭介は大きく溜息を吐いた。今日はこれでは勉強どころでは無いだろう。「今日はゆっくり休もう」と言い、家に戻ろうとドアノブに手を伸ばす。その前に圭介に呼び止められ、伸ばした手を引っ込めた。
「・・・お前さ、何で急に他所他所しくなった訳?」
険が宿った目で睨まれる。サッカーでしかお目に掛かれない圭介の本気の眼差しだ。嘘は許さない。そう目が物語っていた。
「圭介、3組の子と付き合ってるでしょう」
「・・・まぁな」
「彼女から言われた訳では無いけれど、私が傍に居て気分の良いものでは無いから距離置いただけ」
「進路先を変えたのも?」
「それは別の理由があるけど」
「何?」
「圭介には言わない」
「言えよ」
「言わない」
「言えって」
「何で言わなきゃいけないの?」
ピクリと圭介が目の下を動かす。圭介に憧れる子なら一刀両断しかねない、鋭さと痛みが伴うの威圧的な目。以前の私ならきっとその目を酷く怖れただろう。嫌われたくない。そんな恐怖に怯えて。
嫌われる?怖い?今更だ。
私は山口圭介と言う人間に恋をし、破れて、散った。そしてこれから消えて行こうとしてる人間なのだ。怖がる必要すらない。自分が酷く滑稽にも思えた。
「何で、笑うんだよ」
圭介が大きな手で私の肩を押さえる。
「言うまで放さないからな。俺、納得が行かない」
「我侭だね」
「何とでも言え」
状況的には私の方が肩を押さえられて追い詰められている筈なのに、精神的には圭介の方が追い込まれているように見えた。
それを見つけてしまったのは、本当に偶然だ。
見なければ良かった。床に1枚落ちた圭介と彼女のプリクラ。キスしてる2人は本当に幸せそうで、それに比べて私は何をしているのだろう。肩を押さえられて、睨まれて。ただ離れたかった。離れて圭介の事を忘れたかっただけなのに。
「・・・もう良いよ」
その時の私は全てを諦めた目をしていたに違いない。どうでも良くなってしまったのだ。全て。圭介に関わる事全て。
気が付けば私は圭介の顔を引き寄せ、キスをしていた。
「な!お前!」
赤い顔をした圭介が動揺して、肩から手を離した。
「これでわかったでしょう?私がどういう気持ちか。私が何で私立を受けたか」
「え・・・?あっと・・・」
「別に何も期待していないよ。圭介には彼女が居るんだし。色々と噂は聞いているけど、まだ、好きなんでしょう?」
「、お前・・・」
「気にしなくて良いよ。家庭教師が終わればここにももう来ない。卒業したら、学校が違うからもう滅多に会わないだろうし、私は消えて行くから。圭介も忘れなさい、私の事は」
「お前、さっきから何を言って!」
「幼馴染はもう終わりだよ、圭介。さよなら」
「おい!」
制止する声を無視して、乱暴に圭介の部屋のドアを閉めると、そのまま家まで一気に走った。部屋に辿り着くと、ドアを閉めて床に座り込む。止め処無く涙が流れる。思えば失恋したあの日から、私は泣いてなかった。泣けば少しは楽になれるのだろうか。私は声も殺さずに泣けるだけ泣いて、そのまま眠った。
最近、子供の時の頃の夢ばかり見る。忘れる前に思い出せと言うのか、忘れろと言いたいのか私にもわからない。ただ夢の中はとても幸せだった。私が居て、圭介が居て。私達はいつも一緒だった。その分、夢から覚めると悲しかった。