練習が終わった後、家に帰って夕食やら色々済ませたら勉強をしなければいけない。


は非常に優秀な家庭教師だ。下手な教師よりもずっと教え方も上手い。この所、集中力が散漫になっている事を指摘されていた。「お前のせいだよ」なんて言えたらどんなに良いだろう。しかし、まだそれを止める余力はまだ残っていた。


今は無い。







電話口でに話す言葉、1つ1つに、苛立ちが篭ってしまうくらいだった。電話で俺の機嫌は察する事は出来た筈なのに、は俺の家にやって来た。


「勉強出来そう?」
「・・・出来るように見えるか?」
「少なくとも集中して出来るようには見えないわね」


涼しげな表情でそう答える


「今日はゆっくり休んで。おばさんには私から言っておくから」


気遣うところは昔から変わってないくせに、さっさと部屋を出て行こうとする。


なぁ、何でだよ。何で俺を避けるようになったんだよ。俺、何か悪い事したか?


「・・・お前さ、何で急に他所他所しくなった訳?」


黄葉学園に行くと聞いた時から、ずっと気になっていたの態度。あの時は誤魔化されてしまった答え。嘘は許さないと、睨むように見遣れば、渋々といった表情では口を開いた。


「圭介、3組の子と付き合ってるでしょう」
「・・・まぁな」


報告するのは少し気恥ずかしくて、言わないままだったけれど、あれだけ噂になっていたのだから、も知っていたようだ。


「彼女から言われた訳では無いけれど、私が傍に居て気分の良いものでは無いから距離置いただけ」


納得が行く理由ではあるし、嘘を吐く時の癖は見えなかった。嘘ではない、と言う事か。


「進路先を変えたのも?」
「それは別の理由があるけど」
「何?」
「圭介には言わない」


今までこんなに拒絶的なを俺は見た事が無かった。それでも引く事は出来なかった。


「言えよ」
「言わない」
「言えって」
「何で言わなきゃいけないの?」


冷たい双眸。射抜くような鋭さすらあった。こんな目をしたを見るのは初めてだった。何故、こうなってしまったんだろう。思い返しても心当たりは見当たらない。


変わってしまった幼馴染の冷たい態度に、ギリリと歯軋りをする。


何故だ?何故、お前は変わった?いっそ吐き出してしまおうか。


こんな事をした所で解決する筈が無い。悪化するだけだとわかっているのに、俺はを睨まずにはいられなかった。は冷たい眼差しのまま、俺をしばらく見た後、うっすらと笑みを浮かべた。


「何で、笑うんだよ」


気が付けば俺はの両肩を掴んでいた。逃げられないように。離さないように。


「言うまで離さないからな。俺、納得が行かない」
「我侭だね」
「何とでも言え」


ふぅと息を吐くはこんな状態なのに、余裕すら見える。それが酷く俺を苛立たせた。







肩を押さえる俺としばらく睨み合った後、困ったようには視線を下に逸らした。すぐに顔を上げるかと思ったら、下を向いたまま動かなかった。しばらくして、顔を上げたの目には冷たさが溶けていた。その後に瞳に残るのはほんの僅かの水滴。温かいの掌の熱が頬に感じる。の潤んだ目と視線がぶつかった時には、俺はキスされていた。ほんの僅かの間のキス。


こんなに冷たい唇を俺は知らない。