「な!お前!」
キスされたと理解した時には、は俺から離れていた。反射的に唇を押さえると、は苦々しい物を吐き出すように言葉を口にする。
「これでわかったでしょう?私がどういう気持ちか。私が何で私立を受けたか」
「え・・・?あっと・・・」
突然の事に全てを理解し切れなかった。
「別に何も期待していないよ。圭介には彼女が居るんだし。色々と噂は聞いているけど、まだ、好きなんでしょう?」
「、お前・・・」
挑む眼差しを向けるを見て、ようやく俺はの抱える感情を理解した。
「気にしなくて良いよ。家庭教師が終わればここにももう来ない。卒業したら、学校が違うからもう滅多に会わないだろうし、私は消えて行くから。圭介も忘れなさい、私の事は」
そう言い切ると、ふわりとは優しい笑みを浮かべた。
「お前、さっきから何を言って!」
「幼馴染はもう終わりだよ、圭介。さよなら」
「おい!」
嫌な予感ほど良く的中する。別離宣言。止めようと動くものの、それよりもの方が動きが早かった。俺の制止する声を無視したは、乱暴にドアを閉める。バタンと音を立てて閉じた扉の前で、俺は立ち尽くしかなかった。バタバタと階段を駆け下りる音。入れ違いになるように母さんが部屋までやって来た。
「あんた、ちゃん泣かして!何やったの!」
その言葉に俺は部屋を飛び出していた。後ろで今度は母さんが制止する声が聞こえたが、そんなのは無視だ。玄関を飛び出し、隣の家の玄関を開ける。おばさん、の母さんが俺を見て驚いたように目を見開いた後、階段を指差した。俺はおばさんにおじぎすると、足音を潜めて階段を上がって行った。階段を上がって右側のドア。そこがの部屋。部屋のドアノブに手を伸ばし掛けた所で、の嗚咽が聞こえた。
伸ばし掛けた手は、力無く、下に下りた。
の部屋のドアの傍で座り込んだ、俺。
時折聞こえるの泣き声を聞く度、ジクジクと胸が痛む。どのくらいこうしていただろうか。気が付けばの泣き声がまったく聞こえなくなった。気になって部屋のドアを開ければ、部屋の隅で猫のように丸まったの姿。どうやら泣き疲れて寝てしまったようだ。
子供の頃、喧嘩した時、は泣くと決まってどこかで隠れてしまって。しかも子供の癖に巧妙に隠れるものだから、良く皆で探したものだった。決まってを見つけていたのは、俺で、あいつは大抵泣き疲れて寝ていた。子供の頃から背が高かった俺。が起きない時は俺が背負って連れて帰ったものだった。
眠るに近寄り、持ち上げる。
重いと覚悟していたのに、持ち上げたその体は思った以上に軽かった。涙の跡の顔を覗けば、以前よりも顔が小さくなった気がする。元々すらりとしたスタイルのは、以前よりも更に痩せてしまっていたようだ。その事すら気付かなかった俺に、他所他所しくなったを責める権利などある筈がない。胸に広がる苦い思いから目を逸らし、をベットの上に下ろす。布団を掛けてやれば、は苦しそうに少しだけ唸った。何の気無しにくしゃりと髪を撫でる。子供の時、良くやっていた事。
ただそれだけなのに。
掌に伝わる低い体温とか、髪の感触とか。今まで何とも思わなかったのに、急に意識してしまい、俺は唖然となった。
「何だよ、これ」
驚きの余り、そう口にし、そして反射的に手で口を押さえた。が起きない事にほっとして、口から手を放す。その時、あのからのキスを思い出してしまった俺は、つい自分の口元を触ってしまい、ボンと引火したように真っ赤になってしまった。
ドキドキと脈拍が早くなる。今日、こんな事があったのに。冷え切ってしまっても、まだ彼女が居る身なのに。俺は・・・どうやらに惚れてしまったらしい。
本当、今更なのに。