生クリームの上に沢山並んだ苺。ローソクは11本。チョコレートのプレートには誕生日おめでとうの文字。ミルクオレとサイコサイダーのジュース。大皿には特盛りのサラダや肉料理も並んでいる。
3人暮らしのテーブルに普段ならお目にかかれないご馳走が並んだ。それを見た幼馴染は大きな目を一層大きく開いた後、嬉しそうに笑った。
「凄えな!」
「そりゃあ、圭介の11歳の誕生日だからね」
この世界の子供は11歳になると一人前と見なされる。一人前・・・と言っても扱いはまだまだ子供だが、正式にポケモントレーナーとして登録され、トレーナーカードを発行して貰えるのだ。このカードをフレンドリーショップで見せれば、今まで年齢制限で購入する事が出来なかったモンスターボールを購入出来るし(自己責任が問われるのでポケモンの捕獲は11歳以上と決まっている)、預かりボックスの利用も可能になる。その為、11歳の誕生日をどの家庭でも盛大に祝うのがこの世界の慣わしなのだ。
「やっと明日から旅に出れるな!」
「私はもう少し早く出れた筈なんだけどね・・・」
ポケモントレーナーとして正式に認められる年になると、トレーナーを目指す子供達はこぞって旅に出る。正式に認められたとは言え、11歳に成り立ての子供はトレーナー見習いに過ぎず、一人前になる為に旅は欠かせないものとされて来た。私は幼馴染よりも誕生日が早かったので既に11歳なのだが、先に旅に出ようとした段階で圭介から待ったが掛かった。
「お前、俺の誕生日まで待てよ!」
「別に1ヶ月も経てば圭介も旅に出れるじゃない」
「頼むから待って。本当、待って。俺の誕生日にお前居ないの寂しいから」
「仕方無いなぁ。ちゃんと圭介の誕生日前に1度帰って来るから」
「ほんと、頼むから待って。一緒に旅に出よう。な!なあ!」
と、いう具合に圭介に拝み倒された。街の女の子達が言う格好良い圭介くんとやらはどこに行っちゃったのだろう。こんな圭介に母さんは「別に1ヶ月くらい待っても良いじゃない」と言い、圭介のお姉さんの圭子ちゃんは「ごめんねー、圭介ったらちゃんの事、大好きだからー」とにこやかに笑い、圭介のお爺さんでポケモン研究の第一人者である山口博士は「圭介が我侭を言ってすまんの。代わりに珍しいポケモンを旅立ちの際に用意するから1ヶ月待って貰えないかの?」と取引を持ち掛けられ、珍しいポケモンに興味を覚えた私は圭介の誕生日までこの街で過したのだ。まぁ、その間、近くの森でポケモンゲットしたり、ポケモン相手にバトルしてたけどね。
「明日、この街を出るのかー」
「何?寂しいの?」
「うーん、この程度は寂しいけど、楽しみだなーと思って!」
親指と人差し指が触れ合うか合わないか微妙な間隔。寂しさ1パーセント、期待が残りといったところだろう。
「なぁ、」
「何、圭介?」
「一緒に色んな所に行こうな!」
「え?そこまで一緒なの?」
「え?違うのか?」
キョトンとした顔の圭介を見て、今までの会話を思い出せるだけ思い返す。すぐに私と圭介の間で思い違いをしている事に気付いた。一緒に旅に出ようと私は確かに1ヶ月前に圭介に言われた。それを私は旅に出る日を同じにしようという意味に捉えたが、圭介は言葉通り伝えていたのだ。
一緒に旅をしよう、と。
一人前のポケモントレーナーを目指す旅の形は様々だ。友達同士で出る人も居るし、年の近い兄弟同士で出る人もいる。ただ私は1人で旅をするつもりだった。私の目標はかなり高いと自分でも思ったから。
「圭介、あのさ。・・・別々に旅をしない?」
まさか断られるとは思っていなかったのだろう。圭介の目が驚きのあまり大きく見開いた。
「圭介は私を守ってくれるから・・・。守ってくれるのは嬉しいけれど、それじゃあ私はいつまでも弱いままだ。だから私は1人で旅をしたいんだ」
同じ年なのに、圭介は私にとっても過保護だ。その理由を知っていたから今までは特に何も言わずに来たけれど(お陰で街の子供達・・・特に女の子の視線は痛かった。ポケモン研究の第一人者である博士の孫と言うのを差し引いても、顔立ちも整っているし、性格も良いし、頭もそこそこ良く、それでいてポケモントレーナーとしての才能もある圭介は、街の子供達の人気者なのだ。そんな圭介と一緒に居られるという事は、この街の子供の世界では一種の特権のようなものらしく、裏で相当な競争があったらしい。しかも、圭介は大抵何かやる時には問答無用で私を引っ張って行くので、そうそうそう行った機会も無く、私は街の子供達から嫉妬の眼差しで見られているのだ。そんな私に当然のように女友達は居ない。そして男友達も居ない。そもそも友達と言う存在がいない!おいこらそこ、寂しいとか言うな。旅の合間に作るから良いんだよ!人気者の圭介と一緒に居るのが私みたいな何考えているかわからないチンチクリンな奴だから、同世代から見事に村八分状態食らっているんだよ!ちょっと話しかけただけで顔を思いっきり顰められるんだぞ!地味に傷付くわ!!)・・・ゴホン、話が脱線した。旅の途中もその過保護さが発揮されるとなると私も黙っている訳にはいかない。
私の言葉に圭介は俯いた。周囲の大人達の空気が微妙に変わったのを肌で感じる。折角の11歳の誕生日というめでたい日に、主役である圭介を悲しませるのは私とて本意では無かったが、それでもここは引いてはいけない気がしたのだ。
「・・・俺、どうすれば良いんだ?を守れるように俺、修行しに行ってきたのに、俺どうすれば良いんだ?なぁ・・・」
圭介が修行に出た理由を私は詳しく聞いていない。強くなりたいから。その言葉でおおよその見当はついていたので、詳しく聞かずに居たのだ。こんな事なら予め聞いておけば良かったと今更ながら後悔する。あの時の事を引き摺る圭介の気持ちはわからなくもなかったが、その状況に甘んじる事は私にとっても圭介にとっても良くない事だと思うのだ。
じっと私の方を見つめる圭介と、どうしたものかと思案しながら見つめ返す私。幼馴染なので嫌でもわかる。私達はこうと決めたら滅多な事では引かない頑固者同士なのだ。圭介もこの旅立ちの為に2年半も遠方のジムで修行をして来たのだろう。その気持ちを踏み躙りたくは無かったが、私も今回ばかりは引く訳には行かない。互いに無言のまま見詰め合う私達を見かねて間に入ってくれたのは、圭介の祖父である山口博士だ。ポン、と圭介の肩を叩けば、「じーさん」と小さく圭介は呟いた。
「お前の気持ちはわしが1番知っている。じゃが、お前が修行をしている間にも旅に出る為に頑張って来たんじゃ。今日一晩ゆっくり考えて、また明日2人で話してはどうじゃ?お前もも今回は引く気は無いんじゃろう?」
その言葉に私も圭介も神妙に頷いた。それを確認した博士はパンパンと手を叩くと「折角、圭子が腕によりを掛けてご馳走を作ってくれたんじゃ。美味しいうちに食べてくれ」と言って、すっかり暗くなってしまった場の空気を変えてくれた。ほっとした顔の圭子ちゃんと母さんの顔を見て、ほんの少しだけ罪悪感が湧くけれど後悔はしていなかった。
掛ける言葉が思いつかないまま、私達は無言のままその日は別れた。
その夜。緊張のせいか、夜中に目が覚めた。気だるさを振り払うために夜風に当たろうとカーテンを開けると、驚いた事に隣の家の2階の灯りがまだ付いたままだった。緑色のカーテンが明るく見える。圭介はまだ起きているのだろう。基本的に灯りは全て消してから寝ている筈だから。
私の心は既に決まっている。後は・・・明日以降の圭介の出方を待つしかなかった。
「ごめんね、圭介」
けして伝わる事の無い謝罪の言葉が私の口から零れた。
すいません。シリアスなのは今回限りです、多分(ラブコメ予定)