「―――って事なんだよ。ちゃん、聞いてる?」
「聞いてますよ」
「本当にー?」と言う結人さんに頷くと、結人さんは「えへへへ」と子供っぽく笑い声を上げた後、「おかわり」と空になったカクテルグラスを差し出した。
「飲み過ぎですよ」
「まだまだ飲み足りねぇー」
「何かあったんですか?」
食器洗濯機で洗って乾燥させたグラスを、専用の布巾で磨いていると、カウンターの向かい側に座る常連客は切なさを吐き出すようにボソリと呟いた。
また騙された、と。
「またですか?」
「おう、まただよ!」
「これが飲まずに居られるっかっての!」とカウンターに倒れるようにうつ伏せになり、結人さんは「うううっ」と泣き真似を始めた。
「最近のは性能が良いですからね」
「まったくだよ。ウォーターブラって何、あのリアルさ!縦揺れも横揺れもするんだよ。あんなの付けられたら流石の俺のスカウターでも騙されるっつーの!」
完全会員制に加えて飲むには少し早い時間とクラブミュージックの騒がしさのお陰で、結人さんの問題発言はカウンターに立つ私以外の誰の耳にも入らずに済んだ。
「結人さん、本当他所では飲めませんよ。うちじゃなかったら今の言葉、記者さん達にすっぱ抜かれてデカデカと雑誌の前の方飾ってますって」
「タイトルは『若菜結人、偽乳を掴まされる』とか『若菜結人、自慢のスカウター、ウォーターブラの前に破れる』とかかな。ぎゃははは、ちょーウケるんですけど!」
「ウケてる場合じゃ無いと思うんですけどね」
半ば自棄になって結人さんは「ぎゃははは」と笑った。一頻り笑った後、「はぁぁぁぁ」と溜息を吐いた。それを見た私は、グラスに透明な液体を注いで、結人さんの前に差し出した。
「チェイサーです」
「奢り?」
「奢りです」
「やったー。ちゃん愛してるー」
「それはどうも」
「ちゃん、ノリ悪っ!」
営業スマイルを貼り付ける私に気付く事無く、結人さんは出された飲み物を煽る様に飲んだ。
「・・・水なんですけど、これ」
「正確にはミネラルウォーターですけどね」
水道水なんて流石に出しません。
「うちの店では水の事をチェイサーって言うんですよ」
面白くなさそうに顔を顰める結人さんに、「今度、藤代さんに試してみてはどうですか?」と言えば、「そりゃ、良いわ」と途端に相好を崩して携帯を操作し始めた。どうやら藤代さんにメールを送るつもりのようだ。今日はこれから用事がある筈だから、きっと来店は数日後になるだろう。素面でもテンションの高い2人を捌くのは大変だと、数日後の騒がしさを思って心の中で溜息を吐いた。