英士さんがやって来て1時間くらい経った頃。結人さんが来た時には閑散としていた2階のこのフロアにも、お客さんが頻繁に出入りするようになった。1階は『Play Stlye』の名前の通り、娯楽設備が充実しているフロアだ。ビリヤードとダーツが設置されているし、DJブースもあるのでそこで踊ったりしているお客さんも居る。壁に大型のスクリーンがあって、観戦しながら遊びたいお客さんはこのフロアに集まっている。一方、2階は『Free Stlye』と呼ばれていて、こちらは主に観戦を目的にしたお客さんが集まる場所だ。フロアのあちこちにテレビが備え付けられていて、バーカウンター席とテーブル席の他、インターネットブースもあって、国内外の試合の速報を見れるようになっている。結人さんは1階の常連でもあるけれど、英士さんと一馬さんは大抵2階にいる。たまに結人さんに引っ張られてダーツやビリヤードに付き合わされているけれど。


「よぅ」


少しぶっきらぼうにそう言ったのは一馬さんだった。その声に気が付いた結人さんが勢い良く振り返り、「遅ぇよ、一馬」と言って一馬さんの肩を叩いた。一馬さんの横に居る彼女さんが控えめに会釈する。結人さんの隣に一馬さんが、その隣に彼女さんが席に着く。2人が好んで飲むカクテルを素早く出し、「いつもお世話になっていますので、当店よりサービスです」と言えば、「あ、ども」と遠慮がちに一馬さんはカクテルグラスに手を掛けた。「ありがとうございます」と彼女さんにっこりと笑う。


ちゃん、俺には〜?」
「チェイサー、飲みます?」
「それ以外で!」
「しょうがないですね」


くすくすと笑いながら私はグラスを2つ取り出すと、赤と緑のカクテルを作って結人さんと英士さんに出した。結人さんが好きなオーロラと英士さんが好きなエメラルドロワイヤル。


「やったー。ちゃん、愛してるー」


全身で喜びを露わにする結人さん。間にカウンターテーブルが無ければ間違い無く抱き付かれて居ただろう。「結人」と英士さんが嗜めると、「心配しなくても手は出さねぇっつーの」と結人さんは呆れた顔で言った。


「酔っ払った結人は時々とんでも無い事をやるからね」
「大丈夫だって」
「この前、朝起きたらどっかの店の大きなマスコット人形が部屋にあったって言ったの、どこの誰?」
「・・・・・・俺です」


バツが悪そうに結人さんは顔を顰めた。一馬さんと彼女がそれを見て面白そうに笑う。「ふぅ」っと溜息を吐いた英士さんはダンブラーグラスを傾けて、澄んだ緑色のカクテルに口を付ける。酔いが完全に回って顔が真っ赤な結人さんに比べて、英士さんはアルコールに強いお陰で目元がほんのり赤いだけだ。その姿は私を含めたその辺の女性よりも余程色気があった。




私の勤務時間が残り30分と言う所で、結人さんが遂に酔い潰れた。「うーん」と唸りながらカウンターに突っ伏す。


、結人の分、部屋頼める?」
「こうなると思って手配しておきました」
「ありがとう」


「ほら、結人行くよ」と言って英士さんは結人さんを揺すった。結人さんは1度「んー」と生返事を返したものの、起きる気配が無かった。英士さんが本日何回目かの溜息を吐く。


「結人さん、起きて下さい」


少し屈んで呼び掛ける。すると結人さんは寝惚け眼でこちらを見ると、いきなり抱き付いて来た。


「ふぇ?!」


突然の事に声が裏返った。私の胸元に顔を埋めた結人さんは幸せそうな表情だったが、すぐに英士さんに襟首を掴まれ剥がされた。「何、やってんだよ、結人・・・」と一馬さんの怒りの混じった呆れた声が聞こえる。


「英士さん。結人さん、酔ってやっちゃっただけですから・・・」


握り拳を作った英士さんを制止するように言えば、プルプルと拳を振るわせ、耐えるように英士さんは結人さんを睨んでいた。睨まれた本人は暢気に「えへへへっ」と半分寝惚けていた。


ちゃん、やっぱり胸でか―」


全部言い切る前に英士さんの拳が結人さんの頭に振り落とされた。今回ばかりはフォロ出来ない。


「じゃあ、俺、上に行くから」


結人さんを引き摺る英士さんはそう言うと、エレベーターに乗って上がって行った。今の騒ぎで完全に興が冷めたのだろう。一馬さん達もしばらくして会計を済ませた。帰る間際、「本当、ごめんな」と言う一馬さんに首を振る。一馬さん達を見送って時計を見るともうじき23時になろうとしていた。



さて、ワインでも届けましょうか。