私、の朝の日課の1つに、天気予報を見る事が挙げられる。気象庁は梅雨入り宣言を出していないものの、今日は午後から降水確率が50%だった。朝食を食べ終え、食器を片付ける。時間は朝7時半と、いつも家を出る時間に差し掛かっていた。鞄の1番奥にお気に入りの折り畳み傘を鞄に入れると、私は家を出た。




外を出て空を見ると、青空が広がっていた。とても降水確率50%だとは思えない晴れやかな空。今日は外れかなと思いながら歩いていると、背中をポンと叩かれ振り向いた。


「おはよ」
「おはよう、平馬」


ん、と頷いて見せたのは、近所に住む幼馴染、横山平馬だ。幼稚園から今まで同じクラスと、腐れ縁の続く間柄。


「今日の予報は?」
「午後から50%」


私から天気予報を聞く平馬。これもいつもの事。サッカーに全ての情熱を注いでいると言っても過言ではない平馬は、市内に本拠地のあるサッカークラブのジュニアユースに所属している。雨が降ると練習が中止になるので、こうして私から天気予報を聞く事が多い。前に自分でニュース見たら?と言ったら、そんな時間があったらその分寝てると返って来た。平馬らしいと言えば平馬らしいと思ったけれど。


「の割には良い天気だな」


そう呟いた平馬が空を仰ぎ見る。先程と同じように空は晴れ晴れとしたもの。雨の『あ』の文字も見えない。


「今日は外れかもね」
「ん?持って来てないの?」
「一応は持って来てるけどね」


ポンと鞄を叩く。そんな私を平馬はしばし見た後、


「外れじゃないかもよ?」


と、空を見て言った。もう一度空を見るが、青々とした空が目の前に広がっていた。








4時間目は体育だった。男子はサッカー、女子はバレー。それぞれグラウンドと体育館に分かれての授業だったけれど、体育教師は近々ある何かの大会の準備に追われているのか、出席確認と準備体操が終わると出席番号毎にチームを組んで試合をしてね、と言い残すとどこかに消えてしまった。


コートは2つ。チームは6つ。審判にバレー部が借り出され、試合は始まったけれど、試合の無い他の2チームは試合を見ずに体育館のドアを開けてグラウンドを見ていた。


「きゃー、平馬くーん!」


ハートマークがもれなく付いて来そうな黄色い声援が耳に届く。どうやら男子も試合らしい。普段はぼーっとしている平馬は、走る時も跳び箱を飛ぶ時もバスケの時もぼーっとしているのに、凄いタイムを叩き出したり、軽々と跳び箱を飛んだり、シュートを決めたりしてその運動能力の高さを見せている。唯一、サッカーをしてる時だけ人が変わる。今頃、同じチームになったクラスメイトに指示を飛ばしながら、いつもとは違った表情で(その表情がカッコイイと他のクラスでも評判らしい)サッカーに興じているのだろう。そんな事を考えていたら、良いサーブがこちらに飛んで来たので、それを打ち上げ、私も自分の試合に集中する事になった。








木曜日は職員会議がある。だから今日はこの5時間目で終わりだけど、徐々に空が曇って来た。定年に程近い国語教師の朗読。そのBGMに程無くして雨音が混じるようになった。さぁーっと降り落ちる雨。教室の中央の席から窓際を見ていると、視界の中でぼんやりと教科書を見ていた平馬がこちらを見ると、口パクで何かを伝えて来たのが見えた。


「な、俺の言った通りだろ」


そう言ったように見え、頷いた。








放課後。掃除当番だった私は、大会が近いと言うクラスメイト達と手早く割り当てられた場所を掃除する。終わって教室に戻ると一斉に部活に行くクラスメイト達を見送って、私も下校する事にした。


「あ、来た」


下駄箱の前で平馬が待っていた。


「帰り?」
「帰り。入れて」
「良いけど、狭いよ」
「うん、我慢する」


我慢するのはこっちなんだけどと思うものの、その辺がやはり平馬らしいと思っている私は黙って鞄から折り畳み傘を取り出した。留め金を外して、ボタンを押す。広がるのは水色に青いラインが走る柄。その半分に私が入ると、平馬が隣に入ってくる。


「ん。俺、持つよ」


普段は傘なんて持つのが面倒と豪語している平馬の突然の申し出に驚くものの、160cm程度の私がそれよりも高い平馬の背に合わせて傘を高く持って歩くのはそれなりに疲れるので、よろしくと言って傘の柄を渡す。受け取った平馬は歩き出したので、その歩幅に合わせて私も歩き始めた。








相合傘で歩くとそれなりに歩調が遅くなり、いつもよりものんびりとした帰り道だった。学校を出た時にはまだ小降りだった雨は、次第に激しさを増して行く。


「これ、練習、無理じゃない?」
「うん、無理」
「残念だね」
「んー。多分?」


疑問系で返して来た平馬に首を傾げながらも、その後に続く言葉が無かったので平馬にとって今日の雨は多分?なのだろう。自分の中で自己完結すると会話を省略してしまう事が時々あるけれど、それが平馬なんだと割り切っているので今更気にしない。


「やっぱり折り畳みだと狭いね」
「あー、前の戻って来ないの?」
「来ないねー」


5月まで愛用していた水玉模様の傘。降水確率70%と高めの日に持って行ったら、帰る時に見事に傘立てから無くなっていた。人事のように私も答えるけれど、今でも思い出すと腹が立つ。腹が立とうと帰って来る訳ではないから、なるべく思い出さないように人事のように口にするけれど。


「まぁ、そのうち帰って来るよ」
「そう?平馬がそう言うならそうかもね」


すぐ横にいる平馬は勘が物凄く良い。今日の雨もそうだし、それ以外にも度々その勘の良さを目の当たりにした事はある。その辺、下手な占い師より信用出来るのだ。








そんな取り留めの無い事を話しながら歩いていると、勢い良く車が走る音が後ろから聞こえ、すぐにバシャン、と水を大量にはねる音と走り去る車の音がした。


「・・・無事?」
「お陰さまで」


いつもの勘が働いたのだろう。大量に降り注いだのは泥水。どうやら車は大量に溜まっていた水溜りをはね上げたらしい。頭上に降り掛かって来た泥水は傘で受け止め、横から来た泥水は平馬が私の盾になる事で免れた。と、言っても私だけが免れ、平馬はその分泥水を浴びる事になったけれど。


「平馬、大丈夫?」


咄嗟に私を腕の中に押し込める事で泥水から守ってくれた平馬に声を掛ける。


「うーん、結果オーライ?」
「何それ?」


またしても疑問系の答えに疑問をぶつけると、


「泥水被ったけど、は守れたし、抱き付けたからプラス1。だから結果オーライ」
「はぁ?」
「俺、好きだし」


思いもよらぬ展開に頭が付いていかずフリーズする。目を丸くして驚く私に、平馬はいつもの表情で、やっぱりと呟いた。


「前に雨降った時、傘に入れて貰った事あっただろ?その時にクラスの男子が冷やかしたのにお前、まったく無反応だっただろ。気にしてないのか、俺に興味が無いのかどちらかだと思ったけど、俺に興味が無くて他の奴好きなら、誤解って言うだろうから、気にしてないんだって気付いてたけどさ」


流石にいい加減気付いても良かったんじゃない?俺、何回、お前と相合傘したと思ってるの?俺だけ毎回ドキドキしてた訳?




ようやくフリーズから解けたのに、表情一つ変えずにそう文句を言う平馬に再びフリーズさせられた。今回は前回ので多少免疫がついたのか、早々に解けたけれど。


「え?平馬、緊張してたの?表情変わらないから気付かなかった」
「・・・そう言う奴にはおしおき」
「は?え?ちょっと!」


いつものぼーっとした表情から不敵な笑みさえ見える表情に変えた平馬に嫌な予感を感じ、腕の中から脱出を試みるものの失敗した私は、ここは天下の公道ですよと抗議するものの、平馬は私を解放するどころか逆に抱き付いて来て。ぎゃーぎゃーと歩道の真ん中で行われた私と平馬の攻防は、私が盛大なくしゃみをするまで続けられたのだった。








翌日、平馬から守って貰ったのに私は何故か風邪をひいた(そして平馬は平気だった)。見舞いに平馬がやって来た時、手には見慣れた物がぶら下がっていて。消えた傘は、平馬の予想通り、再び私の手元に戻って来たのだった。数年後、その当時つけていた日記帳をめくってみると、


6月12日、雨。
平馬が彼氏になった。
次の日、風邪をひいて学校を休んだ。
平馬が見舞いに来て、消えた傘が学校の傘立てに戻っていてそれを届けてくれた。


と、記されていた。





降水確率50%