横山平馬に彼女が出来た。名前は。幼馴染の子である。と付き合うようになってから、平馬は学校の登下校を毎日とするようになっていた。最もと付き合うようになる前から、年頃でありながらも幼馴染として仲良くやっていた2人はしょっちゅう一緒に登下校していたのだが。周囲からマイペース王の異名を付けられた平馬も、この関係を進展させたいと言う人並みの願望はあったらしい。恋愛に関しては平馬以上にマイペースでのんびり屋、それでいて鈍いである。


付き合ってから1度もそれらしい事をしていない2人。の方は一向に気にならないようだが、平馬は気になったようで。恋愛とは先に惚れた方が負けと、どこかの誰かが言っていたような気がするが、この場合が平馬が先に惚れてしまったので負けなのだろう。(最も平馬は微塵もそんな事は考えてもいないが)付き合って1ヵ月後の土曜日。練習から帰ってすぐに、近所の幼馴染の家に押しかけると、平馬が開口一番に言った言葉は「。明日、デートしよう」だった。



新色



世間一般的に言えば土曜日は休日になる。当然、共稼ぎのの両親も今日はリビングでのんびりしていて。久しぶりに家にやって来た娘の幼馴染を見て、


「おー、平馬くん。大きくなったな!」


と、の父は言い、


「あらー、平馬くん。格好良くなったわね!」


と、の母が言うものの、その返事をする前に


。明日、デートしよう」


と平馬は言った。その後、まるでリビングにいるのに今まで気が付かなかったように


「あ、おじさん、おばさん、お久しぶりです」


と、の両親に挨拶するものの、


「平馬くん、相変わらずねぇ」


と、苦笑して言ったのはの母。の父は夕刊をバサリと床に落として硬直していた。そして肝心の


「どういう風の吹き回し?」


と、呆れた表情で平馬を見たのだった。








「え??何?平馬くんとお付き合いしてるのか?!」


混乱気味の父親には頷くと、の父はガックリと肩を落とす。それを慰めるように「良いじゃないの。どこの馬の骨に持って行かれるより、将来有望な平馬くんなら」との母が言葉を掛ける。それを聞いて「そうだな。未来の日本代表だからなぁ」と言うものの、娘を取られたと言う喪失感は拭えないのだろう。諦めの溜息を吐き出すと、「娘を頼むよ、平馬くん」との父は平馬の肩を叩き、平馬は平馬で「おじさん、俺、幸せにするから」と無表情なのは相変わらずだったが力強い声で答えた。が小声で「なんで私達中学2年生なのに、こんな嫁に送り出されるような言葉を掛けられなきゃいけない訳?」と呟くものの、その呟きは誰の耳にも届かずに消えて行った。








ごゆっくりとの母に言われ、やって来たのはの部屋。久しぶりに平馬は足を踏み入れたが、いつもすっきりと片付いている綺麗な所は変わっておらず、変わった所と言えば所々に置かれた女の子らしい小物の数々だろう。部屋のチェストの上に化粧品らしき瓶が置かれているのが目に入り、平馬は月日の流れを感じた。


(昔はこんなモン無かったよな)


キョロキョロと部屋を眺める平馬には座布団を勧めると、小さな白いテーブルを挟む形で2人は座った。


「急にデートとかどうしたの?」
「思えばどこにも一緒に行ってないなぁと思って」


恋人らしい事しようと思って。そう表情を殆ど変えずに(と、言ってもには多少の感情が読み取れるので無表情には見えていないが)言う平馬をは黙って眺めた後、


「良いよ。どこ行こうか?」


と言った。と言っても、幼馴染で仲が良く、ようやく彼氏彼女の間柄になったと言っても、趣味は完全に合わない2人である。映画館は平馬が寝るから駄目。フットサルはが運動神経が悪いから嫌。次々にデートスポットを挙げて行くものの、折り合いが付かず、今1人で行きたい場所を挙げると


「俺、スポーツショップ行きたい」
「私、本屋」


と見事にバラバラで、「じゃあ、ショッピングモール行く?あそこなら何でもあるし」と言うの提案が採用され、2人は目出度く翌日デートとなったのだった。







翌日。は近所の平馬の家に来ていた。サッカー漬けの日常を送る平馬は、何も無い日は大抵寝れるだけ寝ている。一応、今日はデートの日であるが、寝過ごすのを恐れたのだろう。待ち合わせを自分の家に指定した平馬は、ある意味自分の事をよく理解しており、そして信用していないとは思った。




久しぶりに平馬の家のチャイムを押す。幼馴染で仲が良いと言えど、年頃の男女である事は間違いない事で、加えて年々サッカー関係で平馬は休日は家に居ない事が多くなり、ずっとクラスが同じでなければ疎遠になっていたかもしれない2人だった。




チャイム音の後、しばらくして女性の声。平馬の母だった。「おはようございます。です」と名乗ると話は聞いていたのだろう、「どうぞ、中に入って」と言われては玄関のドアに手を掛けた。リビングに行くとキッチンで洗物をしている平馬の母と、ソファーに居る平馬が居た。どうやら寝過ごさずに済んだらしい。身支度を済ませた平馬は、「じゃあ、行ってくる」と母親に伝え、にこやかな笑顔と共に「デート、いってらっしゃい」と平馬の母が見送りの言葉を掛けた。はお辞儀をすると、先に行った平馬の後をついて行った。







休日と言う事もあって、ショッピングモールの中は混雑していた。到着した時には11時と少し早かったが、混雑を恐れたは早めの昼食を提案し、ピクニックコートの方に歩いて行った。


「あれ?平馬じゃん」


ファーストフードと言う手軽な昼食をチョイスした2人。これからどうするか、どこから回るか話していると、不意に後ろから声を掛けられた。


「圭介」


ナショナルチームで一緒の山口圭介だった。「よう!」と爽やかに挨拶するその手には買い物袋の数々。


「何してるの?」
「親の買い物の荷物持ち。お前は?」
「ん。デート」
「・・・マジでそりゃ羨ましいな」


ハァと溜息を吐く圭介は「俺もあいつ連れてくれば良かった」と呟いた後、と目が合い、


「あ、邪魔してごめん。もう行くわ、俺」


と言い、「デート楽しめよ」と2人に手を振り、人込みの中に消えて行った。


「知り合い?」
「知り合い。ジュビロの山口圭介。ナショナルチームでも一緒。目下、幼馴染に片想い中」
「ふーん。私達と似てるね」
「・・・まぁ、似てるかも」


相手が鈍いって所が特に。そう呟いた平馬に「鈍くて悪かったわね」とが軽く睨むと、平馬のポテトを数本掴んで口に入れた。どうやら腹いせのつもりらしい。そんなの姿を苦笑いしながら(と、言ってもくらいにしかわからないが)平馬も注文したテリヤキチキンバーガーの最後の一口を口にした。







スポーツショップに行き、本屋に行き、ゲームセンターに行き、アクセサリーショップに行き。交互にお互いの行きたい店を回った2人。気付けば夕暮れ時になっていて、バス停に向かって歩いていると、途中、は足を止めた。数歩遅れて平馬も止まる。そこには大きなポスターがあった。




「化粧品?」
「うん。口紅。綺麗な色だよね」


新作発売と書かれたポスター。発売予定日を見るとまだ一ヶ月以上もある上、中学生の小遣いから見ると値段もかなり高め。


「いつかこういう色つけてみたいなぁ」


今付けると浮きそう、ほら、まだ中学生でしょ?そう言うとポスターを見比べる。綺麗な色の口紅。きっとの唇にも似合うだろう。の唇を見て平馬はそう思ったのだが、唇ばかり見過ぎたせいだろうか、気が付くと別の事を考えていた。


(今日キスしたら絶対怒られるよな)


多分。絶対。間違いなく。下手に怒られて後々まで待たされるより、ゆっくりゆっくり進めた方が結果的には早い筈。そう考えた平馬は、視線を唇から下に下げると、空いたの右手を掴む。驚いた表情のに「帰るか?」と尋ねると、先程より少し赤い顔でコクリとが頷いた。夕暮れから空が藍色に変わって行く。街灯が点き始め、薄暗い帰り道。繋いだ手はの家の前まで平馬はずっと離さずに歩いたのだった。