暗い部屋でくしゃみを1つ。
鼻をかみながら、風邪をひいて当然だと思った。
伝える
平馬に告白された次の日の夜。お風呂に浸かりながら、その日の事を思い浮かべてぼんやりとしていたら、ついつい長風呂になり、それが原因で風邪をひいた。枕元を探ると手に馴染む四角く硬い感触。暗い中、手繰り寄せ、開く。携帯のライトがパッと点き、暗闇に慣れた目には少し辛く、思わず目を細めた。
大分寝ていたようで、日付は25日を回っていた。初めての彼氏有りのクリスマスを風邪で寝込むとは。付き合う事になって数日しか経っていないから、平馬が彼氏になったなんて実感はまだあまり無くて、夢じゃないかと何度も思ったけれど、手の甲を見る度に夢じゃない事を思い知らされた。
(へーまってわかんない・・・)
付き合う事になった翌日。朝、一緒に学校に行こうと待っていた平馬の顔があまりにいつも通りで、思わず「夢じゃないんだよね?」と尋ねてしまった。少しだけ不機嫌そうに眉を顰め、「夢にしたい?」と聞き返されてしまった。少し考えた後、「へーまとなら良いかもって・・・思うようになって来た」と答えると、平馬の顰めた眉は元に戻り、「夢じゃないよ」と笑った。
その日の夜、忘れないようにと手の甲に赤い跡を付けられた。
ベットの横たわったまま、手のひらを天井に向かって突き上げる。暗い部屋の中では平馬の付けた跡は見えない。少しずつ平馬の存在が私の中で根を下ろし始めているような気がする。付けられた跡を何度も気にして見ている。気にしなきゃ良いのに、気になる。それから跡と同じくらい平馬も。
(何で気になるんだろう・・・)
告白されて跡を付けられて、それからまだあまり時間が経っていない。それなのに凄い平馬の事が気になった。
(平馬、今、何をしているんだろう?)
風邪をひいたのは23日の夜。24日の朝、状態は更に悪化していて、食欲も無く、薬を飲む為に食べ物を口をして。朦朧とする意識の中、起きてはまた寝てを繰り返していたような気がする。その間、平馬とは1度もあっていない。今日は平馬の誕生日だったから、何か贈りたかったのに。風邪をひいた自分自身の不甲斐なさを嘆きながらも携帯を開けば、不在着信履歴とメールボックスにそれぞれ数件、履歴とメールがあった。へーまと表示されたものを見つけ、先に見る。
12月23日 22時51分
From へーま
Subject 明日どうする?
明日、練習も無いから、どこか出掛けない?
12月24日 9時14分
From へーま
Subject 起きたか?
起きたら連絡くれ
12月24日 10時14分
From へーま
Subject おばさんから聞いた
風邪ひいたらしいな。
ゆっくり休んで早く治せよ。
治ったらどこか遊びに行こう。
(あ、やばい・・・かも)
風邪をひいてずっと1人で居たから、かなり今、心細いのだと思う。平馬からのメールを見て、思わず涙ぐみ、唇をきゅっと噛み締めた。目元にも力を入れて、これ以上溢れ出さない様に
抑える。
パジャマの袖で涙を拭い、平馬になんてメールを送ろうか思案していると、コンコンとドアノックの音がした。遠慮がちな小さな音で、返事をしようと声を出そうとしたが、出たのは小さなかすれた声。風邪で喉までやられてしまったらしい。あーあーと声を出してみるが、出るのはあ゛ーあ゛ーと自分のものとは思えないほど酷かった。立ち上がり、ドアを開けようとするものの、その前に静かにドアが開き、誰かが中に入って来た。
「へーま」
そう確かに言った筈なのに、かすれて実際に出たのは別の、意味の伝わらない言葉。咳を何度も繰り返し、喉を鳴らして何とか声を出そうとしたけれど、すっと伸びた平馬の手のひらが私の頭にポンと置かれ、「余計酷くなるから止めて」と言われた。
言葉以上に平馬の目が私に制止を促した。1つ頷いた私を見て少しだけ安心した顔に変えると、平馬は「電気点けるよ」と言ってスイッチを引っ張った。一瞬で部屋は明るさを取り戻し、眩しさに目が慣れるのを待つ。視界がクリアになると、ローテーブルに平馬が手にしたお盆を置くのが見えた。何だか数日前と良く似ている。あの時はコーヒーの入ったカップだったけれど、今日は湯気が立ち上る小さな土鍋と、薬瓶と水の入ったコップだ。カーディガンを羽織って、ベットを抜け出す。ずっと寝ていたから背中が痛い。顔を顰めれば心配そうに平馬が「大丈夫か?」と聞くので返事をするが、出るのはまた酷い声で、一層心配そうに顔を歪めるのが見えた。慌てて否定するように首を何度も振る。少しだけおかしそうに平馬は笑うと「わかったから無茶するな」と言った。
酷いのは喉だけのようで、土鍋の中のおかゆも思った以上に食べれたし、熱も前日に比べれば大分下がっていた。薬を飲むと、平馬が立ち上がる。
もう帰ってしまうのだろうか。あまり長居させると風邪が移ってしまうから、そろそろ帰って貰った方が良いけれど、先程感じた心細さに寂しさが交じり合い、心の中にぱあっと広がった。それはそのまま表情にも表れていたのだろう。「俺がいなくなると寂しい?」と平馬が意地悪く聞いて来た。
普段の私なら憎まれ口を叩いてしまうところだけど、心の中を心細さと寂しさで完全に詰め尽くされていた私は、平馬の言葉にそのまま頷いた。
嬉しそうに平馬は笑うと、「すぐ戻るから待ってて」と言ってお盆を持って部屋から出て行った。言葉通りすぐに平馬は戻って来た。手には光沢のあるロゴの入った紙袋。1つ包装された小さな箱を取り出し、私の手のひらに置いた。
「これ、昨日、渡せなかったけど、クリスマスプレゼント」
白い刺繍柄プリントに青のリボンの箱。涙で視界が徐々に歪んで、それらも歪んで見えた。暗い部屋で1度は抑えた感情が再び蘇えった。それも先程以上に大きく。みっともないくらい顔をぐしゃぐしゃにして泣く私は平馬の目にどんな風に映るんだろう。
「え?どうした?」
突然泣き出した私にうろたえる平馬の言葉が聞える。慌てた平馬が色々と聞いて来るけれど、何で泣いてしまったのか私にだってわからない。ただ嬉しくて。
わかったとしても声が出ないのだから、伝えられない。だから―――。
傍にいた平馬にしがみついた。ぎゅーっと抱きつき、今の気持ちを伝える。平馬は今どんな顔をしているんだろう。きっと呆れていると思うけれど、私の髪を撫でる手が優しいから。
大丈夫、きっと気持ちは伝わっている筈だ。