彼の恋人になる倍率はどんな難問大学よりも高いに違いない。
振り回されて
そもそもの始まりはクラスメイトの1人の発言だった。ねぇ、みっくん?だっただろうか。いや、あのね、みっくん?だっただろうか。そんな切り出し方だったと思う。砂糖をふんだんに盛り込んだような甘い声だった。その喋り方にあからさまに顔を顰めた者、目を丸くした者、呆れ顔の者が居たが、そんな周囲など気にせずに彼女は「あのねあのね」と可愛らしく言った。
「みっくん、誕生日の予定入ってる?」
一瞬で教室内の空気が変わった。それは私の気のせいでは無く、隣に居たが「うわぁぁ」と今の心境をそのまま吐き出したような声を出す。小声ではあったが隣の席の私にバッチリと聞こえ、「聞えた?」「うん」と互いに顔を見合わせ話をする。他人事だけど他人事にしたくないクラスの恋する女子生徒(長いので以下、乙女達)は一斉に息を飲み込む。ある者は友人と顔を見合わせながら、またある者はパンに齧りついたまま、またある者は本を読む振りをしながら、彼らの会話に耳を立てているのに対し、「どうなるのかねぇ〜」「まったくだなぁ」なんて暢気に呟く私とは完全に傍観モードに突入だ。そんな周囲に気付かないまま、教室内の視線を今1番集めている男、日生光宏は、「うーん」と一度唸った後、「サッカー部のみんなとカラオケ行くって約束したかな」と笑顔で言った。
断り方としてはなかなかレベルの高い断り方だと思う。友人、先約と言う言葉を盛り込む事により、相手を傷付けず、また自分を落とさない。最も日生としてはただ事実を述べただけかもしれないけれど。も同じ事を思ったのだろう。「おおっと、日生選手、お得意の隙の無いお断り文句とスマイル攻撃のナイスコンビネーション!」と熱の篭った実況アナウンサーの真似事を小声でしていた。
「いやー、今の攻撃は実に見事ですね。解説のさん」
「実に見事ですね。流石のサトウ選手も次の技が切り出し難いですね」
突然に解説役を振られたが、と同じテンションで解説役っぽく、だけど小声で話せば、嬉しそうには親指でGOODと出して見せた。「それじゃあ・・・」とサトウさんが日生に切り出したので、実況解説は続く。
「それじゃあ、エリカも一緒にカラオケ行って良い?」
突然のその言葉ににピシリと教室の空気が凍った。
「いやー、サトウ選手もやりますね。スマイル0円の日生選手、一瞬、笑顔が凍りましたよ」
「某ファーストフード店からオファーが来ていると噂の日生選手のあの笑顔を凍らせるとは、流石はサトウ選手。他校でも可愛いと評判なだけありますね」
「さあ、サトウ選手の攻撃に日生選手、どうでるか!」
「このまま、終わらないと思いますよ」
小声で実況解説の私達の視線の向こう側では、目をキラキラと輝かせたサトウさんと困ったように目を細める日生の姿。「俺は構わないけれど、野郎ばっかりのカラオケだよ?」と返せば「うん、エリカは平気だよ!」と問題点をどこまでもスルーした答えが返って来た。哀れ、日生。横でが合掌していたので倣って合掌する。チーン、と鉢の鳴る音がどこかから聞えて来そうな雰囲気だった。
「みっくん、駄目?エリカ、みっくんの誕生日、お祝いしたいの」
いよいよ本気で困り顔になった日生にトドメとばかりに強烈な一撃が降り掛かった。「あれは断ったら、断った側が悪者にされるよな」と言うに私も同感だった。某金融業のCMの犬の如く、気合の篭ったマスカラとアイラインで強調されたサトウさんの大きなぱっちりとした目でウルウルと見られれば、私だって承諾してしまいそうだ。頷いて見せれば、「だろ」とは笑うと「そろそろ助けてやるか」と言って立ち上がった。私と同じく面白い事には目が無い彼だが、友人は大事にするタイプだ。
「日生、どうしたー?」
まるで今までの会話をひと欠片も聞いていませんと言う顔で聞くは、相当良い性格をしてるんだと思う。小さく親指でGOODと出して彼に見せれば、意味有り気に笑って見せた。
「サトウさんが12日のカラオケ参加表明してるんだけど?」
「マジ?ヤローばっかのアホカラオケだから、サトウさんに聞かれるの恥ずかしいなぁ」
あははーと笑い飛ばすに「エリカ、気にしないから!」とサトウさんはめげずに食い下がった。ここまで来ると男同士の付き合いに水を注すのもと、時に引く姿を見せるのが良い女なのかもしれないけれど、形振り構っていられないらしい。この機会を逃して堪るかと言うオーラが滲み見えるその姿は、この前のドキュメンタリードラマで見た肉食獣の狩りの時の姿に似ている。テレビで見た、しなやかな体で大地を駆け抜けるあの獣は、その獲物にありつけないと死んでしまうかもしれないと言う刹那的な生き方をしていて、サトウさんもこの機会を逃すと日生光宏と言う男を逃してしまうと思って行動しているのかもしれない。ああ、似てるかも。日生は運動も勉強も顔も性格も良いから、なんて思っていたら、私を呼ぶの声に気付いた。
「ー。お前も来ない?カラオケ?」
突然話を振られ、思わず顔を顰めてしまった。正直、面倒だと思った。当日、サトウさんは日生に付きっ切りだろうし、他の乙女達の嫉妬や妬みは御免被りたい。私のその表情一つで大体予想は付いたのだろう。すかさずは「あ、そうだ。他の皆はどうよ?来ない?日生バースディカラオケだぜ!」と切り出した。我も我もと乙女達が「行く!」と言い、サトウさんがつまらなそうに唇を尖らせて「人数増えちゃったね」と日生に言う姿が見えた。日生は曖昧な笑み1つで誤魔化すと立ち上がり、ルーズリーフで参加者のリストを作り始めたの傍に歩み寄り、耳打ちでこそこそと話し始めた。交渉は無事に成立したのだろう。1分足らずで2人はがっちりと握手を交わすと、「!お前も来いよ!」とから私に声が掛かった。何かを理由に断ろうかと思ったが、その前ににこりと日生に微笑まれ、断り難くなり、結局行く羽目になった。