某クイズ番組で有名なおばか3人組の曲を熱唱する、日生とと鈴木くん(サッカー部所属、隣のクラスで日生の友人らしい)。歌は上手いし踊りも上手いし、何より3人とも校内ではカッコイイと人気のあるので、周囲もオプションで付いて来たマラカスを振ったりタンバリンを叩いたり一緒に歌ったりと大盛り上がりしていた・・・・・・のを、私はポッキーを齧りながら眺めていた。メンズよりイチゴの方が好き、なんて思いながら。
振り回されて
歌い終わると一段と皆の声も大きくなる。口々に男子が茶々を入れるものの、キャーと叫ぶ乙女達の声の方が圧倒的で、カラカラ、シャンシャンとタンバリン達の音もより大きくなる。そんな周囲に答えるように、にこっと笑った日生はまるでアイドルのように「ありがと!」と言って手を振り、乙女達の気持ちをそのまま表すように、音は更に大きくなった。今度からアイドル日生と心の中で呼ぼうかと思う。
「みっくん、ステキだったよ」
そんな日生の隣を当然のようにキープし続けるのはサトウさんだ。カラオケが始まって早数時間。色んな人と話をしたいと思っているのだろう。日生は時々席を変えているけれど、変える度にサトウさんもついて来る。日生の横が空いてなくても、「ちょっと開けて」とか「ここ良い?」と言って隣を常にキープし続ける。その姿は健気の域を遥かに超えているけれど、私には出来ない芸当なので素直に凄いと思えた。
「予想通りだよな」
歌い終わったは、私の横の空いていたスペースに腰を下ろした。「俺のウーロンくれー」と曲が始まる前まで座っていた席の傍の子に頼み、礼を言って受け取ると一気に喉に押し込んだ。「あー、うめぇー」と言う感嘆の呟きがどこか親父臭くも聞える。
「予想通りと言えば予想通りだね。日生の鞄もそうだけど」
「あー、あれもそうだな」
ソファーとテレビの隙間に押し込められた鞄達の頂上に、限界まで膨らんだ鞄が1つ。普段使っているエナメルの物ではない日生のトートバックには、色とりどりの箱や袋が詰め込まれていた。
「一足早いサンタクロースって感じだね」
「サンタがプレゼント貰うって斬新だよな」
「サンタが親から貰ったプレゼントを子供達から強奪したら凄くない?」と言うに、「確実に新聞の3面飾りそうね」と返せば、「3面かよ」と言ってケラケラと笑った。
「は日生に誕生日プレゼントやらないの?」
「まだあげてない」
「お、あげる気はあったんだ」
「私の誕生日の時に貰っちゃったからね。一応、お返しのつもりで持って来たけど、こうも日生の周りに人がいるとね」
「そう言えば貰った言ってたな、お前」
「うん。たまたま図書館で一緒になった時に『もうじき誕生日なんだよね』って言ったら、気を使ってくれたみたいで、貰っちゃった」
「貰っちゃいましたか」
「これだけ日生狙いな子がいると渡せるかどうか不安だよ。あー、もう面倒だから隙見て鞄に入れて来ようかな」
「いや、ちゃんと渡すのが礼儀だろ」
「・・・だよね」
部屋の中はバックミュージックで満たされていたけれど、それでも他人には聞かせたくない話の類なので顔を近付けてとヒソヒソと話す。対面に座る子が面白そうに私達を見つめると、同じように隣の子に耳打ちをする。その耳打ちの声もバックミュージックの音で掻き消されたけれど、おおよその見当はついた。「やっぱりあの2人付き合ってるんだって」とかそんな類。付き合ってる・・・ねぇ。
「そろそろお前の番、回って来るんじゃないの?」
「この曲の次」
「次か。何、歌うの?」
「いつもの」
「いつものって・・・お前、この空気であれ歌うってある意味チャレンジャーだな」
「良いじゃん。あの曲、好きなんだから」
「それは知ってるけど、周りがこれだけラブソング歌ってて、ふつー、失恋ソング選ぶか?」
日生狙いの乙女達が誕生日に集結したお陰で、今日のカラオケの履歴の大半はラブソングで埋め尽くされている。愛してる、好き、どうして友達なの、私と貴方、2人で一緒に、ラブ、そんな単語を良く耳にする日だと思う。甘い甘い歌声の数々が惜しみも無く日生に向けられる。けれど、日生が選ぶのはたった1人。今日集まった彼女達の中から選ばれるとも限らない彼の恋人は一体どんな人なのだろう・・・。少しだけ興味が沸いた。
「」
「何?」
「日生って確か彼女居ないよね」
「告白だけは鬼のようにされてるけど、居ないぞ。どうした?急に?」
「日生の彼女になる人はどんな人なのかなって思ってさ」
「一応、あいつにも好きな子はいるぞ」
「あ、いるんだ」
「リアクション、薄っ!」
ヒソヒソととまた小声で会話をすれば、また視線を感じた。対面の子か、それとも別の子か。また付き合ってるとかそういう風に思われているんだろうななんて考えていたら、急にが笑い出した。最初は忍び笑いと言うか、極力笑わないように耐えていたようだが、しばらくして耐え切れなくなったようで、漏れ出した小さな笑い声に眉を顰めると、は人差し指を動かした。耳を貸してと言うジェスチャーに従うと、噛み殺せない笑い声と共にの『忠告』が聞えた。
今日、頑張れよ。・・・どう言う意味だろう?
午後6時のフリータイム終了をもって、日生光宏バースディカラオケは終了した。参加者は20人を超え、部屋をいくつか取るかと言う案もあったが、主役である日生と同じ部屋の方が良いだろうと言う配慮から全員大部屋にしたらしい。フリータイム開始から終了まで居たが、1人3曲歌えれば良い方で、とにかく歌いたいと言う人には物足りなかったかもしれないが、大半が充実した顔でカラオケボックスの自動ドアをくぐって外へ出た。そのまま駅前の広場まで歩く。
「今日は皆、ありがとう」
「プレゼント、大事にするね」と言う日生に贈った乙女達が嬉しそうに微笑む。
「それじゃあ、今日はこれで解散。みんな、気をつけて帰れよ!」
幹事役のがそう告げると、1番最初に動いたのは日生だった。
「ごめん、家でも祝ってくれるって言うから、今日はこれで帰るね。皆、本当にありがとう」
「また明日」と言って1度だけ手を振ると、日生は腕時計を見ながらバス停の方に歩いて行った。手を振って名残惜しそうに見る乙女達。唯一、サトウさんだけが挨拶も無くその後ろ姿を追い駆けた。最初は「ちょっと、あれは無いよね」と言い合っていた乙女達だったが、既に呆れの境地に入ってしまったのだろう。徐々に小さくなるサトウさんの背を眺めていると、「帰ろ」と最初に誰かが言い、それが周囲にあっと言う間に感染し、散開して行った。
「、今日はどうする?」
「俺、そろそろ誕生日近いからデパート覗いて行く」
「あ」
「どうした?」
「日生に誕生日プレゼント渡すの忘れた」
「お前、忘れるなよ」
「まぁ、もう帰っちゃったから、明日にしようかな。ところで、買い物どうする?今年も付き合う?」
「いや、いい加減、好みもわかって来たし、今年は1人で選ぶよ」
「わかった。頑張ってね」
「おう。先に帰ってて。てか、今日はそのまま帰った方が良いと思うぞ」
「・・・何で?」
「内緒。ま、帰ってからのお楽しみ」
「うわぁー、めっちゃ気になる。じゃ、先に帰るね」
「じゃ、また」と言ってに手を振れば、意味深な笑みを浮かべながらも手を振り、雑踏の中に消えて行った。その笑みの意味を知りたかったが、今から追い掛ける程では無かったので、そのまま私もバス停まで歩いて行った。
バスに乗って最寄の駅で降りれば、辺りはすっかり暗くなっていた。街灯と家の灯りを頼りに歩けば、家まで後10メートルの所で足が止まった。街灯の下、そこに居たのは少し前に帰る姿を見送った筈の男、日生だった。
「え?何で?」
見間違いだろうかと目を凝らすが、間違いなく日生だ。沢山のプレゼントが入ったトートバックは見当たらないが、服装は先程のまま。何故ここに居るのだろう。じっと眺める私に気付くと、日生はにこりと笑って「おかえり」と言った。
・・・・・・ただいまと言うべきなのだろうか、これは。
にこりと笑う日生と見合う事数分。このままずっと見つめ合っている訳にも行かず、「どうしてここに居るの?」と尋ねれば「に用があったから」と返って来た。
「私に用?それならさっき言ってくれたら良かったのに」
「注目を浴びるの嫌だから。流石にあれだけ人が居る前ではちょっとね」
「あ、確かに」
「今日、主役だったからね」と笑えば、「予想以上の人に祝って貰っちゃったよ」と少し複雑そうに日生も笑った。
「ねぇ」
「何?」
「とってどんな関係なの?」
たまに周囲から聞かれる質問だ。それだけ私とは仲が良い。端から見れば恋人同士に見えると言う人も居る。その質問に、いつものように「から聞いて貰えるかな?」と答えれば、日生は肩を竦めると「そのに『俺の口から言う訳にはいかないから、から聞いて貰える?』って言われたんだけど」と言われて、反射的に「ゴメン」と謝ってしまった。
「は私の親戚だよ。親同士が従兄弟同士で、の両親が海外に転勤になっちゃったから、我が家で居候中」
「・・・親同士が従兄弟って事は結婚は出来るんだよね?」
「出来るよ。じゃなきゃ困る」
「困るって、やっぱりと恋人同士な訳?!」
鬼気迫る勢いで日生に問い詰められ、その剣幕に押されて息を飲んだ。はっとした顔に戻った日生がバツが悪そうに顔を歪ませ、「ごめん」と呟く。少しだけ早くなった鼓動を抑えながら「大丈夫」と答える。本当はここまで話すつもりは無かったけれど、からも承諾も得ているし、日生は信用に足る人だから。そう思い、最後の隠し事を口にした。
「は私の2コ下の妹の恋人。だから、困るの。私の未来の義弟候補だからね!」
びしっと指を突きつけ、日生にそう告げれば、日生はパチクリとその大きな目を瞬きさせると、「マジ?」と信じられなさそうに呟いた。
「マジマジ」
「妹の恋人・・・にしてはと仲良過ぎない?」
「あー、幼馴染でもあるからね。まー、仲は良いかもしれないけど、人の物、特に妹の物に手を出す気は無いよ」
そう断言すれば、日生がほっと息を吐いた。
「あー、良かった。は恋人では無いけど、大事な人って言うから、心配だったんだよね」
「将来の義姉だからね!」
イェイと言ってVサインを出せば、あははと日生が乾いた笑いを漏らした。え?イェイとかVサインとかもう古い?死語?
「さん、鈍いって言われない?」
「にしょっちゅう言われているけど、他の人には言われた事無いよ。日生が初めてだね。おめでとう、第2号だよ」
「俺としては第1号が良いんだけど」
「がもう1号ゲットしちゃったから無い。2号で我慢しなさい」
「まぁ、鈍い発言の2番目は良いとしても、俺、さんの2番目にはなりたくないよ」
「・・・・・・日生は私の何になりたいの?」
「ここまで言ってわからない?」
「私の2番目にはなりたくないって事でしょう?2番って何だろう?補欠、サブ、次点・・・あ、愛人の事を2号さんって言うね。日生は第1号が良いって事は・・・あ゛ぁ゛?!」
「気付いた?」
「気付いたと言うか、本当にこれが答えなのかと不安になって来たと言うか・・・」
「それで正解だよ」
よく出来ましたと日生がにっこりと笑った。
「ここだと何だから、そこの公園にでも行こうか?」と日生に誘われるものの、ちょうどタイミングが良く母さんが通り掛った。好奇心旺盛な母さんは、興味深そうに日生を見つめた後、「あら、こんばんわ。の彼氏かしら?」と聞いた。「えっと・・・」と口篭る私の言葉に被せるように、日生がにこやかに「その予定です」と答えた。母さんの前で何言ってるのよ。まだ答えて無いのに。日生に対する文句が頭の中に次々に浮かぶものの、心臓を掴まれたように苦しくて、バクバクと激しく脈打って、顔が一気に火照ってしまって何も言葉を発する事が出来なかった。早く落ち着けと念じている間に日生と母さんの間で話は纏まり、「さ、どうぞ」と母さんが中に勧め、「お言葉に甘えて、お邪魔します」と言って日生は中に入ってしまった。退路は完全に塞がれた。「ほら、も入りなさい」と言う実の母の手によって。公園が良かったなぁ、なんて思いながら私も家に入った。
リビングだと誰が入って来るかわからないから、とりあえず日生を私の部屋に入れた。考えてみれば男の人を部屋に入れるって初めてだ。は・・・男の人と言う前に、身内と言う感覚の方が強い。物珍しそうにきょろきょろを辺りを見回す日生に「お茶持って来るから、待ってて」と言えば、「あ、お構いなく」と返って来た。「気にしないで」と言うと日生を置いて行く形で部屋を出る。変に意識してしまって、日生と話す度に感情が乱れた。
リビングに行くと2人分のお茶とお菓子が用意され、トレイに載っていた。妹は早々と恋人を作ったのに、姉の方は浮いた話一つ無いと嘆いていただけあって、母さんは非常に協力的だった。「日生くんは良い男の子なんだから、逃しちゃ駄目よ!」とお節介な言葉を掛けられ、部屋に戻る。ドアを開ければ、日生は本棚の前に立っていた。日生と最初に話す切っ掛けを作ったのはだけど、同じ作家が好きと言う共通点がわかってから良く話すようになった事をその姿を見て思い出した。
「お茶、どうぞ」
「ありがと」
緊張した面持ちで私がお茶を出すのに対し、日生はいつもと変わらぬ態度で受け取った。ここは私の部屋で家なのに何だか落ち着かなかった。緊張で喉が渇く。カップの中の紅茶はあっと言う間に空になったが、それでも喉の渇きは癒せなかった。
「俺、の事、好き」
カチッと音を立ててカップをソーサーの上に置くと、日生は真剣そのものと言った眼差しで告げた。大きな目でじっと見つめられ、堪らず視線を下に逸らしてしまった。
嬉しいと思うよりも先に困惑が私の胸の内に広がった。日生の事を今まで恋愛対象としてみていなかった。かっこいいとは思うし、勉強も運動も出来るし、性格だって良い。話していて楽しいと思える相手で、乙女達が騒ぐのも納得出来る良い男なんだと思うけれど、不思議とそう言う目で見た事はなかった。
「私は・・・」
何て答えたら良いんだろう。告白されるのは初めての事ではないけれど、今までと違って即座に答えが出て来なかった。日生の事は好きだ。だけど、それは友人として好感が持っていると言う意味合いで、恋愛的な意味で好きになれるかどうかまだわからない。
「私は・・・」
日生に対して今の今まで恋愛感情なんて抱いた事なんてない。それなのにどうしてこんなに胸がドキドキするんだろう。顔が何度も火照るんだろう。
「日生、どうしよう。私、さっきの告白で日生の事、好きになった・・・・・・かも」
この感情に振り回されて
「絶対に振られるかと思った」と日生は安堵の息を吐いて苦笑いを浮かべた。何だかさっきから恥ずかしくて、まともに日生の顔が見れない。
「これからよろしく、」
名前1つ呼ばれただけで、恥ずかしくて、嬉しくて。
生まれて初めて私はこの感情に振り回されていた。
「あ、日生、誕生日おめでとう。これ、渡しそびれたけど、プレゼント」
「ありがとう。カラオケの時に貰えなかったから、実はちょっとだけへこんでたんだよね」
「あ、ごめん。あの、乙女達・・・いや、クラスの女子の勢いが凄くて」
「確かに凄かったね」
「あ!」
「どうしたの?」
「明日からクラスの女子に睨まれるよ・・・。ああああ、どうしよう」
「守ってあげるから、心配しないで」