「クリスマスに何で野郎だけで集まらなきゃいけねぇんだ?」


俺の不毛なクリスマスは、親友の不貞腐れた言葉から始まった。









家族でクリスマスと言うのは、中学校の最初の頃に卒業したような気がする。小学校の時からの親友、結人と英士、それからこっちに来ている時にはユンも加わって、3人もしくは4人で英士の部屋でクリスマスを過ごし、そのまま泊まると言うのが、中学時代の俺達のクリスマスの過ごし方だった。中学時代、英士は女なんて鬱陶しいだけと冷ややかな言葉を吐き、結人が「そうだよなー」と同意していたけれど、英士の視線はいつも同じ女の子を追っていて、結人はどうでも良い子にはいくらでも好かれる癖に、本命の子にはことごとく振られるという掛ける言葉がなかなか見つからない状況だった。そして俺は小学校の時には男子には付き合いが悪い、女子には目つきが怖いと言う理由でクラスから孤立していた。親が念願のマイホーム購入に踏み切って学区が変わった事で、小学校の奴等とは別の中学校に進み、学校の友達と言う奴も出来たけれど、今まで避けられて来たお陰で女子とどう話して良いかわからなかった。そんな会話すら一苦労な俺に彼女が出来る筈がなく、毎年開かれるクリスマスパーティに参加していた。


クリスマスパーティと言ってもささやかなものだ。スナック菓子とかケーキとか(まぁ、大半が結人が食いたいと言うものだけど)食べ物と飲み物を用意して、英士の家で近所迷惑にならない程度に羽目を外す程度の物。高校2年になった今年もそれは変わらず(いや、結人が酒を調達して来るとか言ってたけど)スーパーで食料調達をした帰り道、英士の携帯が鳴り、二言三言交わして携帯を切ると、「電球切れたから、コンビニ寄って行くよ」と言った。俺も欲しい雑誌があったので、結人を荷物係にしてコンビニに入る。俺は本のコーナーで雑誌を探していると、しばらくして英士が誰かに話しかける声が聞えた。


会話からすぐに話の相手はわかった。俺達と同じ年の英士のお隣さんのちゃんだ。英士の好きな女の子でもある。意識を集中して聞くにつれ、思わず顔を覆いたくなるような衝動に駆られた。


(英士、それじゃ、あの子に嫌われても文句は言えないぞ!)


英士から1から10まで聞いた事は無いけれど、端からずっと見ていれば、英士の恋愛事情は知ろうと思わなくてもわかってしまった。英士はちゃんと小学校の頃までは良く一緒にいたらしく、英士は同じ年ながらどこか抜けているちゃんに兄のように接して来たらしい。それが中学に上がり、思春期に入った事や(第1次?第2次?どっちだったか忘れた)成長期に入った事で、妹のように思っていたちゃんに恋心を抱いたものの、それを頑なに拒絶し、一転して冷たい態度で接するようになった。それを俺や結人は照れから来ているものだと思っていたし、実際、英士の態度の急変に戸惑いを感じたちゃんにも同じような説明をした事もある。多少英士自身、心身共に成長した事で、冷ややかな態度は大分緩和されたけれど、ちゃんにだけ不器用にしか接する事が出来ないのか、意地悪したりからかったりする事が多々あった。「あいつ、小学生か?」と言った結人に「英士には言うなよ」と言った俺の言葉に多少の哀情が混じってしまったのは致し方ない事だと思う事にする。


クリスマスを一緒に過ごそうとか、それが言えないなら俺達を口実にしてただ誘えば良かったのに、余計な言葉が1つも2つもあったお陰で、英士は誘いを断られていた。買い物袋を受け取ると、スタスタとちゃんはコンビニを出て行った。慌てて追い駆けようとする英士を止め、手から買う予定だった筈の電球を奪うと「急げ」と言って送り出した。半分呆れながらその後姿を眺めていると、自動ドアが開き、結人が「寒いから早くしてくれー」と両手に買い物袋をぶら下げて言った。「今、済ます」と言って雑誌と電球を買う。少し急ぎ足でコンビニを出ようとしたが、内気と外気の差でドアが曇っていて、あまり外側がはっきり見えず、ドアが開いたと思った瞬間に人とぶつかっていた。


「すいません、大丈夫ですか?」


細身の女の人だった。白いコートにジーンズ姿。ぶつかった衝撃でペタンと床に座り込む形で倒れていた。


「いえ、こちらこそすいません」


起こそうと伸ばした手を掴んで来たので、ゆっくりと起き立たせる。見上げる顔は俺と同じくらいの年の顔立ちで、てっきり姉貴くらいの年の女の人だと思い込んでいた俺は、急に恥ずかしくなって、少しだけ俯いてしまった。・・・最も俺の方が身長が高いのだから意味無いけど。


「ありがとうございました」


にこりと笑って礼を言う姿に俺も再度「すいません」と軽く頭を下げると、「すいません、連れが待っているのでこれで」と言って外に出るつもりだった。その人が痛いと言わなければ。


「あ?ああああ」


今まで経験した事の無い事態に遭遇し、思わず唸ってしまった。俺のコートの上から2番目のボタンに、ぶつかった時にどうにかなってしまったのだろう、彼女の長い髪がひっかかっていた。


「すいません、外します」


慌ててボタンに手を掛けるが、生まれつきと最早言うしかない程の不器用さはこんな時でも容赦なく発揮され、彼女の髪は最初よりも一層酷く絡まってしまった。どうしようどうしようと心の中で叫びながらも、彼女にとって貰うには厳しい位置で、自分の不器用さを心の底から恨みながらも作業を続けていると、待ちきれなくなった結人がやって来た。


「お前、何、やってるの?」
「見たとおりのまま・・・です」


待たせてしまったと言う罪悪感よりも、この状況を結人に何とかして貰いたくて、思わず取って付けたような敬語で話せば、結人は俺の手元を見ただけでおおよその見当はついたらしく、俺のボタンに手を掛けると手際良く解き始めた。少しずつ解けて行く光景に9割と安堵と1割の自己嫌悪を感じながら、完全に足止めしてしまった女の子を見れば、先程はまったく意識しなかったけれど、かなり可愛い子だと言う事に気付いた。(俺よりも先に気付いた結人は解きながら彼女と話していたけれど)完全に解け、礼を言う彼女に3回目の謝罪の言葉を告げると、背後で自動ドアが開く音がした。邪魔にならないようにと通路の端に寄れば、英士だった。しかもかなり不機嫌な。再度、礼を言い、英士の家に戻れば、不機嫌な英士とコンビニで会った可愛い子の話をする結人を眺めたユンは、「僕もコンビニ!」と言って出て行ってしまった。徒歩2分のコンビニに行ったまま、彼是30分戻って来ないユンを心配した英士もなかなか戻って来なくて(後でそれが口実だと言う事を知る)、やる事も無く英士の部屋からぼーっと外を見ながら帰りを待っていると(結人は今日発売のRPGを始めやがった。しかも機械持込で)玄関の前に白いコートが見えた。先程のあの子と良く似た――。


部屋を出て玄関まで行けば、そこに居たのは間違いなくさっきの彼女で、俺が出て来た事に驚いた顔をした後、「これ、あの・・・」と言って小さな買い物袋を手渡して来た。買った電球だった。


「さっきぶつかった時に床に転がったみたいで、落ちてました。その・・・店員さんの1人がお友達の1人を知ってて。その・・・」
「いや、気にしなくて良いよ。むしろ助かった」


ありがとうと謝罪では無く礼を言えば、嬉しそうに彼女も微笑んだ。可愛い。確かに可愛い。きゅーっと心が締められた後、ふわふわと昇って行く。そんな感覚を感じていると、「それじゃあ、失礼しますね」と彼女はもう1度頭を下げ、門を抜けると左に曲がって歩いて行った。


「あ・・・」


引き止めたくても引き止める口実はおろか、名前も知らない女の子。クリスマス。願い事などとっくに止めているけれど。




どうかまた会えますように。




消えて行く後ろ姿を見て、そう願わずには居られなかった。








正月明けの3学期の始業式。大勢の人混みの中から、あの子を見つけられたのは願いが叶ったからかもしれない。何て声を掛けようか。そんな事に悩み、声を掛けられずにいると、廊下ですれ違った時、向こうが気付いて声を掛けてくれた。




「あ、この間の。同じ学校だったんですね」
「この間はありがとうな。俺、2−Aの真田一馬」
「2−Eのです」