「一馬、お願い。・・・今日泊めてくれる?」


好きな女に上目遣いで言われて断れる男が居たら見てみたい。






らぶ ぱにっく





その日、俺は家に1人の予定だった。サッカーの遠征から帰って来ると、住宅街の比較的中心に位置する我が家は真っ暗だった。それを見て、今日から旅行だったな、と思い出す。遠征前に買い物を頼まれて、たまたま行ったスーパーでレジの時に福引券を貰った。ああ、またティッシュかと思うものの、参加賞より1つ上の6等が洗剤で、練習で洗物が多いと愚痴っていた母親を思い出し、抽選会場までわざわざ足を運んで引いてみれば、ガラガラと音を立てて出て来たのは銀色の玉。二等、温泉旅行ペアチケットを持って帰れば、母さんが大喜びで2階の姉さんの部屋に行き、騒ぎ始めた。




この段階で俺の留守番はほぼ決まっていたようなものだけど、運が良いのか悪いのか遠征が旅行出発日まで入ったお陰で、誰も異論も無いまま、母さんと姉さんの2人が行く事が決まった。ちなみに話に全く出て来ない父さんは、現在、単身赴任中である。




俺が帰って来る事を忘れていたのか、冷蔵庫の中はからっぽだった。心の中で母さんを恨んでも、冷蔵庫の中が満たされる訳じゃない。脱力しながらも、リビングの床にボストンバックを下ろし、財布の中身を確認する。ジーパンのポケットに財布と携帯をねじ込むと、俺は近所のスーパーに向かった。




食材を袋1つ分購入した帰り道。家まで後数メートルと言う所で、ドアの閉まる音がした。乱暴にバタンと閉められたその音にビクリとして、音のした方を向けば、幼馴染のが苦虫を潰した表情で家を出た所だった。手にはボストンバックが握られていて、苦々しい表情と相まって家出少女のようにも見える。

「あ、一馬」
「・・・お、おう」

話し掛ける前に向こうから話し掛けて来た。先程までのきつい表情は消え失せ、いつものに戻っていた。




「家にお邪魔しても良い?」と聞くに頷いて家に入る。シンと静まり返った家の中、俺達が移動する音が良く響く。

「あれ?おばさんとイチ姉は?」
「旅行」
「・・・あのさ、一馬?」
「何?」

買い物袋をテーブルに置いて答えると、は少し言い難い話なのか少し口篭った後、

「一馬、お願い。・・・今日泊めてくれる?」

と言った。





その発言に思わず固まってしまった俺は、内心の動揺を抑えながら理由を尋ねると、は途端に先程見たあの苦々しい表情に変わった。

「バカ兄(にぃ)が彼女連れ込んだ」

そう、恨み辛みの篭った言葉を吐き出した。




一度、口にしたら止まらなくなったのだろう。椎名にも負けてないと思える程のマシンガントークを披露したの話によれば、今日までも夏合宿だったらしい。本来ならば明日の夕方に解散予定だったものの、合宿先と顧問との話の行き違いで他校とブッキングしてしまい、1日早い帰宅になったのだけど、帰った家には鍵が掛かっていて、持たされていた鍵を使って入ろうとするとチェーンロックが邪魔し、チャイムを連続で鳴らせばようやく兄が出て来たらしいが、開口一言目に「彼女が来てるから、お前友達の家に行け」と言ったらしい。

「やる気満々なんだよ、あのバカ兄!」

きぃーと言いながら、俺の家のクッションをポカポカと叩いてストレス発散に励む

「今から泊まりなんて無理に決まってるじゃん!」

時計の針は既に九時を回っていた。俺が同意すると、気が済んだのか、ハァと切なげには溜息を吐いた。

「まぁ、母さんも姉ちゃんも明後日まで帰って来ないから、別に良いけどよ・・・」
「本当?」
「ああ。客間に泊まれば良いし」
「助かるー。一馬、ありがとー」

本当に困っていたのだろう。少し目を潤ませて、クッションを抱き締めるは本当に可愛い。惚れた欲目かもしれないけど。
・・・・・・・いや、充分可愛いとは思う。結人とか羨ましがってたし。




夕食もまだと言うは、着替えた後、俺の買い物袋を漁った。惣菜物では無く、ニンジンとか豚肉とか具材しか入って無いけれど、買って来た物とほぼ調味料しか無い空の冷蔵庫を見た後、「作って良い?」と聞いて来たので、その言葉に甘える事にした。俺も一通りは出来るように母親に鍛えられているけれど、俺以上に家で鍛えられているのだろう。こんな物しか出来ないけど、と言ってテーブルに並んだ料理の数々は、空腹と言う事を差し引いても美味しくて、少し多めに作ったと言う料理の大半は俺の胃袋の中に消え、それを見ては目を丸くしていた。

「一馬って結構食べるんだね」
「普通だろ」
「え?兄はこんなに食べないよ」
「俺、サッカーやってるから。俺より背が低いけど俺の倍食う奴もいるし」

結人とか何であんなに食えるのか、不思議だ。ボランチで守ったり攻めたりするから、運動量が半端無いポジションなのはわかるけど、多分、須釜より食ってるぞ、あいつ。




食事を終えて、皿洗いを始めるを手伝おうとしたら、やんわりと断られた。

「良いよ。泊めて貰うんだし、ご飯も頂いたもの。一馬はお風呂に入って来て」

その言葉にまた甘えて、風呂に入った俺は、片付けを済ませてソファーでテレビを見ているに風呂を勧めた。のんびりとテレビを見ていれば、しばらくしても戻って来た。

「っ!」

ピンクのチェック柄のパジャマは、夏合宿の荷物の中に入れていたのだろう。息を飲む俺に気付く事無く、パジャマ姿のはお茶を貰うよ、と暢気に聞いて来た。動揺を出来るだけ隠して答えると、冷蔵庫を開けたはコップに麦茶を注いで一気に飲んだ。コクコクとの白い喉が動く。風呂上りで上気した頬、しっとりと濡れた髪。俺の中の性的な欲望が急速に膨らみ始める。これはやばい。

。わりぃ、俺、寝るわ」
「今日、そっちも遠征だったものね。お疲れ様。おやすみ」
「おやすみ・・・」

ゆっくりと逃げるようにこの場を後にする。これ以上、正気のまま、あいつのあの姿を見ていられる自信が無かった。





部屋に入れば、少し熱気が篭っていた。数日、部屋を閉め切っていたせいだろう。少し空気も篭っている。窓を開け、網戸のまま、ベットに倒れ込み天井を眺める。隣に住む幼馴染が、俺の中で好きな女にいつ変わったかなんてもう覚えていない。気が付けば好きだった。抱きたいなんて思った事も少なからずある。だけど・・・あいつには好きな奴がいた。学校で人気がある男。優しいとか頭が良いとか、クラスの女子も騒ぐ男。教室で、俺は教室でうたたねしている時、が友達と話している時に好きな奴の話になって、友達にその男の名前を出された時、凄い照れていたんだ。あんな形で失恋するとは思って無かったけれど、あれから半年以上経っても諦められないんだから、俺も相当諦めが悪い男なのかもしれない。

ハァと溜息を一つ吐く。すると、まるで俺の溜息に反応するように、女の声がした。ん、と鼻に掛かった色の篭った声。

「あん、ユウくん・・・」

突然の声にがばっと身を起こした。ユウくん・・・ユウ兄はの2つ年上の兄貴なんだけど、がやる気満々なんて言ってたけど、ユウ兄と俺の部屋はこの家では1番近い位置にあるけど、何で声が聞こえるんだ。おそらく窓が開いたままなんだろうけれど、確かめる気なんて無い。何でこんなに気を使わなきゃいけないんだろうと思いながらも、うっかり見ちゃったらそれこそ嫌なので、身を低くして窓際まで近づき、音を立てずに窓をゆっくりと閉める。カーテンも極力音を立てずに閉めて、ほっと一息吐くものの、再び聞こえて来た嬌声に俺はベットに突っ伏した。

「ああー、ユウくん!」

窓を閉めても効果が無かった。どうやら窓を隔てて向こうの家の向こうの部屋では、良い感じに盛り上がっているようだ。勘弁してくれと布団を頭から被るものの、時々聞こえて来る音に耐え切れず、俺は掛け布団だけ持つと1階へ降りて行った。




「あれ、一馬?」

リビングには相変わらずが居た。布団を持った俺に首を傾げ、理由を聞くものの、こいつにまさかお前の兄貴が良い感じに彼女と盛り上がって声が煩くて寝れないからリビングに来た、なんて言える筈もなく。かといって咄嗟に嘘が吐けるほど、器用な性格でも無いので、「あー」とか「うー」と唸るしか出来なかった。それらしい理由を考えるものの、一向に思い付かず、どうしようかと思っていると、リビングと続きになっているキッチンの方から再びあの嬌声が聞こえて来た。

悲鳴のようも聞こえる声は、どこか甘くもあった。窓はどこも閉まっているので、おそらく換気扇の所から声が聞こえたのだろう。真っ赤になる俺と。少し沈黙が続いた後、恥ずかしそうに俯いたまま「あんな兄でごめん」とが言った。

「き、気にするなって」
「う、うん・・・」

気不味い空気が俺達の間に広がる。握り締めたままの布団の存在を思い出し、リビングも駄目ならどうするかと思案する。

「あのさ・・・。兄達のアレから逃げて来たなら、客間に今日は寝なよ」
「いや、客間はお前寝てるだろ?」
「そうだけど、別に気にしないし、一馬もおいで。客間なら兄の部屋から離れてるから」
「あー、うん・・・」

本当はそんな気無かったんだけど、の別に気にしない発言に、男として見られていない事を改めて思い知らされて、そのショックで少し放心していたようで、気が付けば頷いて俺は背中を押されて客間まで連れられていた。




既に一組敷かれた布団がある客間に、は素早くもう1組布団を敷いた。八畳程の広さ。布団同士の間は1メートル程しか無い。その近さに鼓動が早くなるものの、まったく気にしていないのか、「電気消すよ」とは言った。カチカチと音がして、部屋はふっと暗くなる。「おやすみ」と言うの声は柔らかい。柔らか過ぎて、勘違いしそうで泣きそうになった。「おやすみ」とぶっきらぼうに返すのが精一杯だった。




客間は曇り硝子の格子戸になっているので、ほんの少しだけ月明かりが入って来る。照明が落とされ、暗くなった部屋は、目が慣れた事も手伝って、辺りを見渡せばそれなりに物は見える明るさだ。遠征のせいで、体はそれなりに疲弊している筈なのに、一向に眠気が訪れず、俺はぼんやりと天井を見ていた。手を伸ばせば届く距離に居るのに、手が出せないのは大事過ぎるからなんだろうか。そんな自問を繰り返す。隣から聞こえる定期的に繰り返される寝息。その穏やかな音に、苦笑するしかなくて、そろそろ寝るかと目を瞑る。

「ん、・・・かずま」

甘い甘い、声。身を起こして隣を見るが、は眠り続けていた。どうやら寝言らしい。悪い夢でも見ているのか、眉が少し寄っていて、「んんー」と何度か唸っていた。バタバタと足が何度か動く。しばらくして足が止まり、また静かに繰り返させる寝息が聞こえた。夢見が悪いせいなのか、寝相があまり良くないらしい。掛けてあった布団は大分ずれていた。朝方までこのままだと風邪を引くかもしれないと、気を使ったのが間違いだったのかもしれない。起き上がり、布団の端を探せば、端のすぐ横にあった白い足が目に入った。

足をバタつかせた時に裾が捲れたのだろう。ふくろはぎの所まで捲れた素足は白くて、艶やか。衝動に駆られ、ついその白い足に手が伸びた。




つぅー。
むにっ。





触って我に返る。俺は今、何をした?




答え、幼馴染で好きな子の足を触りました。




声にならない声を発し、布団の上でのたうちまわる。よりによって足である。別に足フェチでは無い。


ええ、何?何?俺、変態っぽくない?


辛辣な言葉も時に辞さない親友に話せば、変態だね、なんて言われるかもしれない。いや、きっと言うだろう。面白そうな、楽しそうな、それでいて冷ややかな目で。その後に、YES!なんて続いた日には、当分立ち直れないだろう。自分は変態なのかと言う自問と、そうじゃないんだという自己弁護がぐるぐると俺の頭を回った。


ああ、でも、凄い柔らかくて、スベスベしてた。


俺が変態かどうかよりも、結局の所、最後にはそちらの方が遙かに重要だった。俺の足ではこうはいかない。筋張っていて、傷だらけで、日焼けしていて、触った所で面白くない。の足は少しだけ触ったけれど、質の良い石鹸のようにスベスベとしていて、軽く押せば弾力もあって・・・。触っていて気持ち良かったなんて思った後、脳裏に変態の二文字が浮かび、いやいや違うと頭を動かす。しばらくしてようやく辿り着いた結論は、好きだから、と言う何ともわかりやすいものだった。結論に至って、ようやく納得出来た。いくら可愛かろうと、綺麗だろうと、他の女に触れたいと思わないのだから。




触れたい。もっと触れたい。欲求が溢れ出して来る。だけど触れられない。触れちゃいけない。求めてはいけない。これ以上触れたら戻れなくなる。けれど、そこに。手を伸ばせばすぐそこに欲しいものはある。




起き上がった俺は、すやすやと眠るを一瞥すると、足音を殺し、音を立てずに客間を出た。鍵と携帯を取り、靴を履き、外に出る。ドアに鍵を掛けると、ゆっくりと足を動かす。徐々にペースを上げ、見慣れた道を走り出す。この間、保健体育でやっていた。欲求を運動や他の事に置き換える代償機制、昇華。




走れ、走れ、走れ。抱きたいなんて思う気持ちも、受け入れて欲しいなんて思う気持ちも、受け入れられないと思う気持ちも、犯してまで手に入れたいと思う気持ちも、みんなみんな消えてしまえ。






軽く走るつもりが、気が付けば10キロ走っていた。だるい体を引き摺って家に入る。汗で張り付いたTシャツ。脱ぐのに苦戦させられ、ようやく脱いで洗濯機に投げ入れる。シャワーを浴びてすっきりすると、まだ水の滴る髪をタオルで拭きながら客間に戻る。起こさないように細心の注意を払って戸を開ければ、目に飛び込んできた光景に手にしたタオルを床に落としてしまった。




確かに今日は暑い。暑いのはわかる。暑いから寝惚けて無意識にやってしまったのだろう。パジャマのボタンは上から数個外されていて、そこから覗く白い肌と胸の谷間が俺を誘うように晒されていた。




走って昇華した欲求が再び目を覚ます。やばい、やばい、やばい、やばい、やばい。見てはいけないと思っているのに、あの白さと膨らみを見ずには居られない。泣こうが喚こうが押さえつけて、あの白い肌に俺の物だと痕を残したい。快楽に堕ちたあいつは、どんな表情をするんだろう。どんな声で啼くんだろう。そんな乱暴な思いが頭の中を駆け巡る。一歩、また一歩とに近づく。後数歩でに辿り着くけれど、それ以上先に進めなかった。




・・・駄目だ、出来ない。を泣かす事はしたくない。それだけ好きなんだ。報われない恋に嘆息し、天井を仰ぐ。そう言えば、ジョギングから戻った時、隣からあの嬌声は聞こえなかった。流石にユウ兄達ももう寝たのだろう。今なら部屋に戻っても声に悩まされる事は無さそうだ。俺は客間を出ると、2階へ上がって行った。




部屋に入れば、そこには静かな空間があった。隣からあの声も聞こえない。疲れ切った体をベットに沈め、天井を見る。体は疲労しているのに、寝れない。無防備なの寝姿が脳裏から離れない。解消する術は知っている。処理する事も初めてじゃない。けれど、の眠るこの家で、を想って行為に耽るのは自虐にも程がある。ハァと本日何度目かの溜息を漏らすと、布団を頭から被って何が何でも眠ろうと試みた。




体に加わった重さで目が覚めた。目を開ければ、暗闇が広がっていた。体に加わる重さに手を伸ばせば、「あっ」と言う声が聞こえた。

?」
「あ、うん」

気まずそうな声音が聞こえる。目が慣れると、俺の上に馬乗りになっているの姿が見えた。

「何、やってるんだよ、お前・・・」
「えーと、んー、あー、夜這い?」
「はぁ?!」

思いもしないこの言葉に、俺は耳を疑った。

「だーかーらー、夜這い」
「お前、冗談きついって」
「冗談じゃないよ」

限界が近い俺は、きつくの行動を咎めれば、消えそうな程小さな声ではポツリと呟いた。

「一馬が私をそういう風に見てないのはわかってるけど、私は一馬が好き」
「はぁ?!」

嘘だろ、とを見れば、は悲しそうに目を伏せた。すぐに伏せた目からポロポロと涙が零れ落ちる。

?」
「ごめん、こんな事して」

ベットの上で泣くは、消えてしまいそうなくらい儚げで、抱き寄せれば驚きの余りピクリと体を震わせた。

「泣くなよ」
「ごめんなさい」
「いや、謝らなくて良いから」
「ごめんなさい」
「だから・・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい」

許しを請うの姿に、庇護欲よりも被虐心が勝ったのは、我慢する必要がなくなったからかもしれない。肩を押し、押し倒すと、そのまま唇を奪った。驚きの余り、目を見開いたは、数回瞬きをした後、ゆっくりと瞼を閉じる。閉じた瞳と背中に回された腕。そして好きと言う言葉に、触れる事を許された俺は、組み敷いたその華奢な体を抱き寄せた。




携帯の音で目が覚めた。半覚醒状態の脳に、携帯の高音は頭に響く。目覚ましセットしたままだったと、普段から寝る時に欠かさず枕元に置く携帯を手探りで探すも、見つける前に音は止まった。モゾモゾと隣で動く気配。どうやらが止めてくれたらしい。

「ふぁい、もしもし?」

目覚ましと電話を間違えているらしい。擦れた舌足らずな言葉に苦笑を漏らす。

「・・・・はい、あ、今、変わります。一馬、起きてる?」
「ん?起きてるけど?」
「友達のゆうとくんって人から電話」
「はぁ?!」

は携帯を手渡すと、そのまま布団に潜り込む。まだ眠いらしく、「もーちょい寝る」と言うので、「寝てろ」と言って携帯を耳に当てる。結人の大声で完全に目が覚めるのは、それからすぐだった。

「お前、何やっちゃってるの?!」
「何って・・・・・・察しろ」
「ええっ!何、その余裕?一馬だよな、お前?」
「お前、誰に電話掛けたつもりなんだよ」
「一馬っ!ああ、大人の階段登りやがって、この野郎、羨ましいぞ!」
「・・・それが本音かよ」

ハァと朝から溜息を吐く俺。電話の向こうの親友は、もう1人の親友の名前を連呼していた。え?あいつも一緒なのか。

「おはよう、一馬」
「おはよ、英士」
「大人の階段登ったって?」
「・・・その表現、どうにかならないか?」
「結人に言いなよ。あいつが言い出したんだから」
「そうする。・・・で、どうしたんだ?朝から2人一緒なんて珍しいじゃん」
「・・・一馬、昨日、楽しかったのはよーくわかったから、時計見てみなよ」
「時計?・・・あー、もうこんな時間かよ」

見れば時計の針は10時をとっくに回っていた。朝と呼ぶには少し遅く、昼と呼ぶには少し早い時間帯。

「今日、誕生日でしょ。だから俺と結人で祝ってやろうかと思ったけど・・・また今度にするよ」
「悪いな、英士」
「良いよ、馬に蹴られたくないし。その代わり、今度、彼女紹介してよ」
「うん」
「じゃあ、俺は傷心の結人と遊びに行って来るから、またね」
「ああ、ありがとう、英士。結人にもありがとうって伝えておいて」




受話ボタンを押して、携帯をまた枕元に戻すと、俺も布団の中に潜り込み、うとうとと眠りに入ろうとしているを抱き寄せる。眠そうな目がゆっくりと開く。

「今日、誕生日だよね」
「そうだけど」
「どこか遊びに行こうか?」

その提案にしばらく考える。

「出かけるのも良いけど、もう少しこうしてて良いか?」

そう言って肌を摺り寄せれば、もうっとりとした表情で俺に擦り寄って来た。俺達が布団から出るには、もう少し時間が必要のようである。




それはとてもとても幸せな誕生日の日の事。