幼馴染曰く、私は大抵の事には動じない性質らしい。そんな事は無いと反論すると、幼馴染は指折り数えて具体例を挙げて行く。


「小学の時の町内会の肝試しで、最後まで行ったの俺とだけじゃん」
「あれ、怖かった?」
「怖いって!頬に冷たいものくっついたし!」
「私としては釣竿にコンニャクを吊るした、大人の考えがわからなかったけど」
「中学の時、科学の実験中、爆発しただろ」
「あー、あれね。木村くん達の班だよね?」
「そうそう、木村、びっくりしてあの後泣いてたよな。先生も皆も驚いてるのに、お前だけ驚いてなかっただろ?」
「あー、あれね。実は適当に薬品混ぜてる木村くんに気付いてさ。あー、あれ、危なそう、と思ったら爆発した」
「・・・止めろよ」
「いや、つい気になって」
「高校の時の担任のみっちゃん覚えてるか?」
「一橋先生ね、覚えてるよ」
「みっちゃんが実はあの鬼平と結婚って時には学校中の大騒ぎだったのに、お前、俺から話聞いて『へー、そうなんだ』で終わらせただろ。普通驚くだろうが!鬼平だぞ!あの不人気体育教師の!」
「いや、実は見たんだよ」
「何を・・・」
「ぷらむって知ってるよね」
「ああ、あの国道沿いのラブホ。そこがどうしたって・・・まさか!」
「腕を組む平塚先生と一橋先生が入って行くのを見たんだよ」
「俺も呼べよ!」
「呼んでどうするのよ」
「・・・それもそうだな」
「だから結婚の話を聞いても驚かなかった訳」
「それにしたって、お前、驚かないにも程があるだろう」


心臓に毛が生えてるとか、鋼鉄の心臓とか失礼な事を抜かす幼馴染に反論代わりに軽く飴玉を投げれば、運動神経の良いあいつはあっさりキャッチして包み紙を取ると頬張った。


の驚いた所見てみたいなぁ」
「ちゃんと驚いてるよ」
「顔に出てない」
「出てるって」
「じゃあ、わかりにくい」
「それはあるかも」


お前はクールなんだよ、宅急便!と意味不明な事を抜かす幼馴染に、今度はポッキーの袋を投げたらキャッチ出来たまでは良かったが、


「折れた」


と、上手くキャッチ出来ずに、折れたポッキーをちまちまと食べる羽目になっていた。








目が覚めると私はあの時から3歳年を取っていた。


「・・・夢?」


懐かしい夢を見た。あれは確か高校卒業して初めてのお盆の時だった。大学に進学した私と、プロのサッカー選手になったあいつの進む道には交差点はあまり無いらしく、お盆で帰省した私達は久しぶりに顔を合わせ、お互いの近況から始まった話は昔話にまで突入した。




あれから3年。毎年、盆と正月くらいしか会わない相手だが、その活躍はテレビを通して見ているし、プロの世界で常に揉まれているあいつは会う度に逞しくなって帰って来ていた。


(元気みたいだね)


つけっ放しのテレビはバラエティ番組からスポーツ番組に変わっていた。司会にサッカー好きを据えている事もあって、先日発表のあったサッカー日本代表の名前を興奮した声で読み上げてはその評価を喋り続けていた。特に評価には興味が無かったが、聞き覚えのある名前の次に幼馴染の名前が呼ばれ、無事に選ばれた事を再度確認すると、テレビを消してシャワーでも浴びようと立ち上がる。するとタイミングよくインターフォンが鳴った。




時刻は21時。誰だろうと思いインターフォンの受話器を取り、はいと言うと、お届け物にあがりましたと宅急便のマニュアル的な台詞が聞こえた。今開けます、と伝えて玄関に行く。扉を開くと、背の高い男の姿。縦縞のシャツ、青い帽子。手には静岡みかんとロゴの入ったダンボールがあった。


「それでサインはどこにすれば良いの?圭介」


そう私が言えば、深々と帽子を被っていた幼馴染の山口圭介は、ばれたか、と言って笑った。







「久しぶりだね」
「そうだな」


ジュビロに入団した年、圭介は寮暮らしを始めた。家から通えない距離でも無いのだが、きっとファンとか色んな煩わしさもあるのだろう。対する私は東京の大学に通っている。医学部で他の学部に通う友達に比べればかなり忙しい。そんな私と私以上に忙しい圭介とでは、いくら家が隣同士でも会う機会などそうそう無い。同時に帰省する事など殆ど無く、気が付けば盆と正月だけ会うと言う事が3年続いた。


「しかし、急にどうしたの?」


悪戯をしにわざわざ東京に来る程、暇な人間では無い。CMの撮影と言う圭介は、すっかり遠くの人になってしまったようだ。


「お前、相変わらず驚かないんだな」
「何が?」
「普通、宅急便の兄ちゃんだと思った相手が俺だったら驚くだろう?」
「声でわかったし」


前言撤回。どうやら悪戯をする暇くらいはあるらしい。最も何かのついででだろうけど。


「でも、良くここまで来たね」
「まー、これも預かったからな」


ポンと存在感を出すようにダンボールを叩く圭介。どうやら中身は圭介の実家のみかんらしい。


「宅急便でも良かったのに、わざわざ悪いね」
「気にするなよ。ちょうど撮影もあって、東京行くからお前のアパート寄ろうと思ったんだ」


来た事無かったから、と言う圭介は物珍しいのかキョロキョロしていた。部屋のあちこちに本の山が出来ているが、片付いているとは思う。日頃から片付けておいて良かったと本当に思った。








「コーヒーにする?紅茶にする?」


スポーツドリンクは流石に無いけどと言うと、紅茶と返って来たので立ち上がる。キッチンでポットのお湯を確認し、食器を出そうと食器棚を開けると、不意に後ろから抱き締められた。



「ん?」
「驚かないんだな」
「あー、これで見えた」


小さいながらも食器棚にはガラスがはめられていて、そこに姿が映ってたと説明すれば、そうじゃなくてと圭介は言う。


「俺に抱き付かれて驚かない訳?」
「いやー、ドッキリの一環かなとは思ったけど」


何せ人を驚かせる為だけに、宅急便の配達員が着るシャツと似た物を着て同色の帽子を被るくらいである。これくらいやってもおかしくないと言えば、呆れたように背後で溜息を吐き出す圭介を感じた。


「俺さ、小学の時の肝試しあった時、だけは守らなきゃって思ったんだ」
「え?でも、私の後ろに張り付いてたよね?」
「・・・あそこまで怖いと思わなかったんだよ。で、中学の時は爆発だろ?今度こそ守らなきゃって思ったのに、お前平然としてるし」
「圭介は木村くんに抱き付かれ、挙句泣かれてたね」
「・・・あれは俺も泣きたかった。で、高校の時は美人のみっちゃんを射止めたのが、あのお世辞にも格好いいとは言えない鬼平だろ?あの時、鬼平がいけたなら俺らでもいけるって、勇気を出した男達が好きな子に告白しまくってたんだよ」
「ああ、だからあの時期、妙にたくさん手紙貰ったんだ」
「その手紙どうした?」
「読んでない」
「読めよ!」
「人気者の幼馴染やってると、女子の呼び出しの手紙や嫌がらせの手紙が多くて、しかもそういう手紙って男の名前で来たりするのよ。偽ラブレターっていうのかな?高校は流石になかったけど、中学の時に多過ぎて面倒だから殆ど無視した」
「するな!あの中に俺の手紙も入ってたんだぞ!」
「え?そうなの?」
「何で気が付かないんだよ」
「最初に『手紙読んだ?』って聞きに来た男子に事情説明したら、ああそれなら良いんだって言って帰るから、てっきりみんなそんな物かって思った」
「思うなよ!そしてそいつもそいつであっさり諦めるなよ!」
「木村くんに失礼だよ、圭介」
「・・・しかも、木村かよ」


再び溜息を吐く圭介は、まるで私と言う存在を確認するように肩や腕のラインを撫でるように触れ、そして再び抱き締める。


「俺さ、が好き」

「はぁ?!」


驚いて何度も瞬きをする。しかし、何度見ても今の光景は夢では無いし、この背中に感じる熱も幻ではなかった。あはは、と突然圭介が笑い始める。どうやらドッキリ成功だったらしい。ゆっくりと心の内に怒りが芽生え、徐々に不機嫌になって行くを感じる。そんな私の不機嫌さに気が付いたのだろう。圭介は、違う違うと打ち消しの言葉を繰り返し、


「さっさと好きって言えば良かったって今思ったんだよ。あーあ、勿体無かったな、この15年間」


まぁ良いか、と言う圭介は甘えるように私に寄り掛かって来る。スポーツ選手を支えるだけの力が無い私は、バランスを崩し後ろに倒れそうになると、そこをすかさず引っ張られて今度は向き合う形で抱き合う事になった。


「なぁ、
「ん?」
「俺の事好き?」
「小学の時、肝試しで圭介凄い怯えてたよね」
「・・・悪かったな」
「あの時にね、私が圭介を守らなきゃって思ったの。あと、中学の時、爆発あったよね」
「・・・あったな」
「あの時、ふざけてた木村くんの後ろで圭介の班が実験したの。だから何かあって圭介の・・・特に足に怪我があったら困るって思っててずっと見てた」
「そうだったんだ・・・」
「それから高校の時、手紙くれたって言ったよね」
「ああ」
「嫌がらせで手紙出してくる人、大半が『山口圭介』って名前書くの。だから圭介の筆跡以外、読まずに捨てた」
「・・・俺、癖字酷いから頑張ってあの手紙だけ綺麗に書いたつもりなんだけど、仇になったな」
「長い遠回りだったね」
「そうだな」
「ねぇ、圭介」
「なんだ?」
「私の事、それでも好き?」
「すっげー好き」
「私も好き」









季節を抱える腕


ミカン箱を持って来た圭介の腕の中、私は15年分抱き締められた。強く強く。想いを伝えるように強く抱き締める圭介に応える様に、私も強く抱き締めた。




(最初、みかん箱持って来た圭介を見た時に、どこの世界にみかんを届けるサッカーの日本代表が居るんだって思って驚いたよ)
(なんだ、ちゃんと驚いてたのか)