ピンポンとチャイムが鳴って、インターフォンを取って、相手を確認する。これで約1分。ドアを開けて、中に入れる。これも約1分。久しぶりと言われて抱き締められる。これが約2分。キスをされる。ここまでの到達時間が約4分。そこから押し倒されるまで3分程度。会って10分足らずで雪崩れ込む訳か。
私は部屋の掛け時計を見て、そう思った。
「さーん、さっきから何見てるんですかー?」
「時計」
「俺に集中して下さい」
「んー」
「さっきから上の空なんですけど、何考えてるんですかー?」
「何でスガくんと同じ口調なんだろうって思った」
「・・・わざと丁寧に喋ってるだけだろ」
「あ、元に戻った」
「で、何考えてたんだ?」
くしゃりと圭介は髪をかき上げ、眉を顰めた。久々の再会だと言うのに、私が完全に上の空だったので面白くないらしい。
「大学で暇だったので、友達から借りた雑誌を読んだの」
「うん」
「そこに書いてあったんだけど、私達って世に言うセフレな関係なの?」
「はぁ?!」
呆然とした表情で私を見る圭介。余程、ショックだったのだろう。目一杯どもりながら、何で?と尋ねて来た。
「デートとかした事ないと思って」
「あ」
「告白されて即してしまったし」
「えーと」
「会う度にそういう事しかしていないなぁ、と」
そういう状態なんだけど、この場合はセフレ関係って事なのかな?
そう私が尋ねると、圭介は顔を真っ青にした後、真っ赤にした。
「いやいやいや、将来結婚する気満々ですよ、俺」
「そういう甘い言葉に騙されるなって書いてあった」
「騙して無いよ、俺。自分の欲望に忠実過ぎただけで」
「忠実なのは認める」
「女の子抱きたいだけなら、貴重なオフの時間使ってわざわざ東京まで来ないって」
「まぁ、確かに」
「だから歯止め効かないの」
頬にちゅっとキスをする圭介。それをジト目で見れば、流石に少しは悪いと思ったのだろうか、ポリポリと頬を掻いた後、
「明後日の昼まで居るから、明日はどこか行くか」
と、言った。
「良いね」
「どこ行きたい?」
「んー」
指折り数えて行きたい所を順に話して行く。圭介は私の髪を撫でながら、それを聞いて相槌を打つ。
・・・別に雑誌の情報に振り回されるような年では無いし、性格でも無い。圭介だってここに居れば1人の男で、私の彼氏ではあるけれど、一歩外に出ればサッカー日本代表の山口圭介なのだ。騒がれる事も仕事に入る圭介のプライベートに介入するように、マスコミが張り付く事だって珍しくない。家に居れば確かに安心なのだ。出入りさえ気をつければ、後は安心なのだから。だけど・・・。
(流石に毎回こればかりもね・・・)
15年分のロスを少しでも取り返すように、私を抱く圭介と。そんな彼に抱かれる私。圭介に抱かれるのは嫌じゃない。むしろ安心する。与えられる熱が会えない間の寂しさを溶かしているのか、不思議と圭介と肌を重ねると落ち着いた。
けれど、逆に心配でもある。あまりに私達は偏り過ぎていて、その偏りが別れを早くしてしまうのでは無いかと。だからこそ少し試すような真似をしたけれど、翌日の予定を考えるその姿を見て、胸につかえていたままの何かが気が付けば消えているのに気付いた。
「圭介」
「何だ?」
私が話す行きたい場所は到底1日で回れる数では無く、有名人の圭介を連れて行けるともわからない場所なのに、1つ1つ場所をメモする圭介はかなり誠実で、私は愛されているのだと思う。感謝を込めて、メモ帳から顔を上げた圭介の唇にキス。
きょとんとした顔のまま、それを受け入れた圭介は、
「ああ、駄目、我慢できない。お前、可愛すぎる」
と、初めての私からのキスに欲情し、私は再び押し倒される羽目になった。
そして翌日。
「、これにしない?」
「可愛いけど、圭介、これ、結婚指輪なんだけど」
「うん。だから買わない?」
「・・・買ってどうするの?」
「わかってる癖に」
「・・・ちゃんと言ってくれないと嫌です。それからね、圭介」
「なんだ?」
「私、金属アレルギーだから、そのシルバーの指輪は嵌めれないんだ」
「・・・一度、家帰るか」
「え?もう?」
「俺はここでお前にプロポーズしても、何ら問題ないんだけど?」
「ごめんなさい。一度帰りましょう」
スポーツ新聞の一面を、圭介の結婚話が飾ったのはそれから半年後の事である。