「貴方、何がしたいの?」


すぐ傍で怯む事なく睨む彼女が、俺は楽しくて仕方なかった。





結末はディーラー次第





事の発端は俺からじゃなくて、根岸から始まっている。2つ隣のクラスの『ちゃん』の事を好きになった根岸に付き合い、2つ隣のクラスに向かえば、向かう途中で根岸が「あっ」と呟き、その後、面白いくらい顔を赤くした。「中西、あの子、あの子!」と耳元で囁く。根岸の視線の先にふんわりと亜麻色の髪をした、お人形のような可愛い子がいた。誰が見ても、美少女と言う女の子だ。隣に居る女の子と仲が良いのだろう。にこにこと笑顔で話すその姿に、ぽぅっと根岸は見惚れていた。根岸お目当てのちゃんはそのまま俺達の横を通って行く。その刹那、ビビリと震えるのは俺の胸。ちゃんでは無い。面白い事に俺の美人レーダーは、その隣の子に反応していた。


「ねぇ、根岸。隣にいたあの子は友達?」
「ああ、の事?友達みたいだよ」


と言う名に聞き覚えがあった。「うちのクラスの不気味が」と部員の誰かが話していたような気がする。その時の吐き捨てるようなその言い方から察するに、その部員には良い印象は持たれていないようだが、根岸は特に気にしていないようだ。まぁ、こいつは人の良い上、変に頑固だから、他人がどうこう言おうと自分の目で見るまでは信じない奴だ。だから俺とも友人関係が成立している訳だけど。


、ねぇ・・・」
「珍しいな。気に入った?」


パチパチと瞬きをさせて根岸が聞いて来る。こいつの勘の良い所も嫌いではない。それとすぐに誤魔化される所も。


「今日、初めて見たんだけど」
「なんだ。中西があの子と上手く行ったら、ダブルデートでもって思ったのに」
「その前に告白しなよ。じゃないと他の男に取られるよ」


俺がそう言うと、「そうだな」とあっさり納得した根岸と共に教室へと戻る事にした。




俺は数年振りに他人に興味を持った。しかも、相手はたった1度擦れ違っただけの人間。ちゃんでも引っかからない、俺の高性能美人レーダーにひっかったのが、一昔前の幽霊役の女のような風体をした女の子なんだから、そんな面白い子に興味を抱かない方がおかしいとは思うけれど。そんな訳でその日から俺は不気味ちゃんこと、『』について調べる事にした。適当な口実と、情報網を使えばあっさりと彼女に関するデータは集まった。名前、身長、誕生日、血液型から始まり、好き嫌いに関しては勿論の事、1番大事だった彼女が小学4年生の時に遭遇した『事件』に関しても。彼女と同じ小学校の人間が武蔵森にも2人居たのだ。最もその内の1人は根岸の大好きなちゃんで、こちらからはその情報はとても望めなかったので、これに関しては運が良かった。聞いた情報を頭の中で纏める。そうしてしばらく考えた後、俺はその計画を実行に移す事にした。勝算?勝てる勝負しか俺は打たないよ。




計画は大成功だった。眼鏡を外した彼女はちゃんにも劣らぬ美少女だった。ちゃんが西洋人形のような愛らしさなら、彼女は日本人形のような凛とした美しさがあった。なるほど、これなら彼女が小学4年生の時、変質者に襲われたのも頷ける。




小学4年生の時、彼女は変質者に襲われた。運が良く未遂で済んだらしい。途中まで一緒に下校していたちゃんが言い忘れた事を思い出し、彼女の後を追い、その現場に遭遇した。悲鳴に近所の住民が気付き、変質者はその場から逃げて、数日後に逮捕された。しかし、未遂とは言え、心に大きな傷を残したのは間違いないだろう。その後、転校した彼女はどういう経緯があったのか、前髪を不自由なくらい伸ばし、眼鏡を掛けて大人しく過ごす事でその存在を隠した。多分、彼女なりの自己防衛のつもりだったのだろう。




調べれば調べるほど、彼女に興味を抱いた。普段ならば原因さえ知れば満足する俺の興味心が、一向に薄れないんだから面白い。とりあえず興味が無くなるまで手元に置いておこうかと考えた。1番良い方法は、告白して彼氏彼女の関係になる事。恋人同士になると時に煩わしさも出て来るけれど、少しなら我慢しようかなって思うくらいには、彼女には興味があった。




ただ、普通に告白しても上手く行かないのは目に見えていた。彼女は目立つ事を極端に嫌っている。武蔵森でサッカー部所属、しかも1軍に居るだけで勝手に名が知られて行くもので、俺自身それなりに校内では有名だ。そんな俺がただ告白しては断られるだろう。そんな訳で使えるものは使う事にした。




俺には小学3年の時の記憶が一部無いって言う『設定』になってる。記憶を失ってもおかしくない程の事件に遭遇した。こうして今も生きてるんだから、無事に生還したんだけど。生還した時、周りの空気を読んで思った。あ、俺、記憶が無い方が良いや、って。そっちの方が都合が良かった。悲劇の少年役って柄じゃないし、何より、周りの目がどれもこれも可哀想って色しか見えない。周囲真っ青なブルー。世の中、色んな色が一杯あるのに、俺の周りだけ青。気が滅入るかと思った。記憶が無いって設定は、この青い世界を破壊するには充分効果があった。例えば近所のおばさんが、貼り付けた同情の顔で「大変だったわね」と言っても、俺は「何の事?」と首を傾げれば良い。無邪気な表情でやれば効果は倍増だ。相手は途端に悪い事をしたと言う表情に変わって「ごめんなさい。おばさん、勘違いしてたわ」と言ってどこかに行ってしまう。後日、井戸端会議で「あんな可愛い子があんな怖い目に。記憶が無い方が幸せよね」「そうね。思い出させると可哀想ね」「そっとしておきましょう」となる訳だ。マスコミが近所の人に取材に行っても、大抵冷たくされるか、涙ながらに「そっとしてあげて下さい」と語った姿が放映されるだけ。我ながら見事な作戦だったと思う。学校のクラスメイトも、保護者も、先生も、近所の人も最初はみんな優しくて、しばらくすると以前と変わらない態度に戻ったのだから。親にはばれてたっぽいけれど。まぁ、良いじゃない。俺って被害者なのよ?今までの生活に戻りたいだけなんだよ?いつまで経っても腫れ物扱いなんて御免だしさ。




そんな過去のカワイソーな出来事を匂わせるように彼女に話せば、彼女の目は途端に俺を見るようになった。今までは目の前の人間を見てるってだけ。自分と同じような辛い経験のある俺に、彼女は興味を覚えて俺を見てくれるようになった。仕方ないよね。俺と違って、彼女の場合、目撃者もバッチリ居たんだから、腫れ物扱いの憂き目は免れなかったんだろうし。襲われた恐怖も加わって、人間嫌いになってもおかしくないだろうし、人に興味を持たなくなったっておかしくはない。




こういうタイプの人間にどう接すれば落ちるか、俺は知っている。悲しいくらい知っている。小学3年生だった時、生還してすぐに聞いた親の言葉、「生きてて良かった。無事で良かった」以外、欲しい言葉なんて1つも聞けなかった。俺と彼女は良く似てる。だから、その時に欲しかった言葉を1つ与えれば、彼女の目は途端に揺らぎ始めた。他人には興味が無い。けれど自分と似た人間を放っておけない。押しの一手を決めてやれば、彼女はコクンと頷き、「良いよ」と言った。


「これからよろしくね」


笑顔でそう言いながらも俺が考えるのは、手に入ったこの玩具でどう遊ぶかと言う事。とりあえず家に連れて行って、この長い髪はばっさり切ってしまおう。母親に見せれば、乗り気でやってくれるだろう。しばらくはこの子と恋人ごっこをしてみるのも悪くない。最近、退屈だったから、これでしばらく飽きない。いやー、良かった良かった。退屈で死んじゃうかと思ってたんだよね。




そんな訳で精々俺を楽しませてね、ちゃん。俺が興味持った人間は、根岸を除けば君だけなんだから。