「誕生日プレゼント?何でも良いよ」


そう答えた彼の顔は非常に楽しげだった。




無邪気、無自覚、無意識




クリスマスから数日後。私はデパートに来ていた。先日来た時には中は煌びやかに飾り付けられていたけれど、それももうすっかり取り払われていた。年末に向けて慌しく行き交う人々の間をすり抜けるようにして歩く。頭の中で何度も彼の言った言葉を思い出した。


が選んでくれたなら、何でも嬉しいと思うから」


珍しく彼の顔も目も笑っていた。それだけ楽しみにしているのだろう。彼氏なんて初めて出来たから、何を贈ってくれれば良いのかさっぱりわからず、雑誌を立ち読んで彼が好きそうな物を探して、とにかくクリスマスプレゼントを選ぶのは大変だった。喜んでくれた時には疲れを忘れたけれど。


間を置かずにまたプレゼントを選ぶのは大変だった。プレゼントを探しにショップ巡りをするのも今日で3日目だ。クリスマスのプレゼントを探した日と合わせると、1週間くらい探している計算になる。これと思える物が見つからない。残り後1日。明日は朝から会う事になっているから、早く探さなきゃいけないのに。


「ねぇ、彼女、1人?」


何でこういう時に声を掛けて来るんだろう。不気味と呼ばれていた頃には、外を歩いても誰も話し掛けて来なかったのに。「急いでますので」と言えば、ぐっと肩を掴まれ、振り返る羽目になった。大学生くらいだろうか。茶色い脱色した髪の色がまばらで、あまり好みでは無い男だった。


「話し掛けているんだから返事くらいしてよ」


馴れ馴れしく話し掛けて来る。混雑した店内。見て見ぬ振りを決め込む周囲を一瞥する。特に期待などしていない。信じられるのは一握りの人だけだから。


「ねぇ、折角だから付き合ってよ」


瞳に映る色が子供の頃に遭遇したあの変質者と似ていた。気持ち悪さに思わず顔を顰め、肩を押さえる手を振り払った。それなりに痛かったのだろう。「痛い」とか「責任持って」と叩かれた手を振り、脅し文句を口にする男をギッと睨む。こちらの間合いに入ったら、一気に畳み掛けるつもりだった。その暢気な声が間に入らなければ。


「あれぇ〜。センパイ、何、やってるんすかー?」


見て見ぬ振りをする買い物客の間を縫って現れたのは、見覚えのある顔だった。








「センパイ、どうしたんすかー?」


私と男の間に漂う剣呑な空気がわからない筈が無いのに、中西くんの後輩・・・確か藤代くんと呼ばれていた彼は、スタスタと私の間合いまで近寄ると、「ちわっ!」と元気良く挨拶した。「何だ、お前は!」と言う男の怒声のも怯えず、「名乗る程の者じゃないっす!」と陽気に良いのける。サッカー部の人って皆、こうなんだろうか。その人を小馬鹿にしたあしらい方は中西くんに良く似ている。


「この人、ナンパしちゃ駄目っすよ。こわーいお兄さんがバット持って来るんだから」
「・・・流石にバットは使わないと思うよ」


物を使えばそこから足がつきやすくなるって、この間、ミステリーアニメ見てた時に言っていたから、多分使わないと思う。足で充分いけるだろうけど、万が一怪我したら大変だから、1人2人くらいなら素手で何とかする筈だ。そう藤代くんに告げれば、「そうっすね!前歯折られた人いるらしいっすから」と同意し、顔色を変えた男は脱兎の如く逃げて行った。


「大丈夫、センパイ?」
「大丈夫。お陰で助かったよ」
「センパイなら自力で何とか出来るとは思ったけど、面倒は少ない方が良いだろうから」


「中西センパイと同じくらい強いって聞いてます」と言う彼の言葉をイマイチ理解しきれず、首を傾げるものの、護身代わりに武術を習っているので一般女性に比べれば強いので、特に何も言わないでおいた。




「今日は1人でどうしたんすか?あ、もしかして中西センパイの誕生日プレゼントの買いに来たとか?」


コクリと頷けば、「そういや、明日抜け出すとか言ってたっけ」と藤代くんは呟いた。


「あの人、結構持ち物に拘るからプレゼント選ぶの大変っすよね!」
「拘るかどうかは知らないけど、こういうの探すのあまり得意じゃないから・・・」


「今日で3日探しに外に出てる」と言えば、「うわぁ、愛されてるな、中西センパイ!」と興奮気味に藤代くんは言った。愛してる?私が中西くんを?・・・そこまで大層な感情にまだ発展はしていないと思うけど。


「センパイ、良かったら、俺、探すの手伝いますよ」
「え・・・?」
「このままだと明日の誕生日までに間に合いませんって!俺、同じ部で寮生っすから、中西センパイの趣味とか好きなメーカーとかブランドとか知ってますし、役に立ちますよ」


「さあ、行きましょう!」と意気込んだ藤代くんは、私の手を取ると「レッツゴー!」と楽しげに言った。止めるにも止め辛い状況になり、仕方なくそのまま彼と共にショップを回る事にした。








「見つかって良かったっすね、センパイ」
「うん」


あの後、藤代くんに連れられて、中西くんが好んで着ている服のショップにまで足を伸ばした。私服姿の彼を何度も見た事はあるけれど、どこのメーカーかまで気にした事なんて無かった。セーターを何着か手に取り、見比べ、ようやく決めると、レジに持っていく前に藤代くんに「センパイ。多分、それだと中西センパイにはサイズがきついと思うっすよ」と引き止められた。


「あの人、見た目細身って感じだけど、脱ぐと凄いんですよねー」


「もう腹なんて割れているんっすよ!こう6つに!あ、見た事あったりします?」と藤代くんが悪戯っぽく聞いて来たけれど、「海もプールも一緒に行った事が無いし、夏の授業も一緒では無いから無いよ」と答えれば、「センパイって中西センパイの彼女やっている割には、あまりこの手の話、疎いんすね・・・」とシミジミとした声で藤代くんに言われた。


「運動部所属じゃないから、筋肉トレーニングについては疎いよ」


そう答えれば、「センパイはそのままで居て下さいね」と微笑ましい物を見るような目で言われた。運動部所属なんて無理だから、そのままで居るしかないのに。


そんな疑問を頭に浮かべながら、藤代くんに教えられた通り、1サイズ大き目のセーターを購入し、包装紙に包んでリボンを付けて貰った。








買い物を終え、ショップから出る。「センパイ、この後、予定あります?」と言う問いに、正直に無いと答えれば、「じゃあ、折角なので、お茶しません?クーポン券、持ってる店、ここに入ってますから」と藤代くんにお茶に誘われた。特に用事も無いので承諾すれば、「センパイはそこの窓際の席、取って置いてくれませんか?」と頼まれた。2人掛けの席に座り、数分後、トレイに2人分のドリンクを運ぶ藤代くんが目の前に座った。


つい数ヶ月前なら考えられない光景だと自分でも思う。長い前髪で顔を隠し、自分を隠し、他人の目からずっと逃げていた。そんな私に彼氏が出来て、その彼氏の部活の後輩とお茶をしている。自分でも驚きの変化だと思う。これも全て私をあそこから引っ張ってくれた彼のお陰だ。


「センパイ、何、考えているんすか?」
「うん?」
「今、笑ってましたから」
「笑ってた?」
「ニコニコしてましたよ」
「そう」


にやけそうになるのを押さえて見るけれど、出来なかった。藤代くんは私が中西くんの事を愛してると言うけれど、愛と言うより憧れなんだと思う。私もゆっくりと時間を掛けていつか・・・。








あまり他人との会話が得意では無いので、しばらくして少しだけ沈黙の時間が流れた。その後、藤代くんから話を振られて、それに答えて行く形で会話を繋げて行く。気がつけば互いの飲み物が完全に無くなり、時計を見ればかなりの時間話して居る事に気付いた。藤代くんは会話上手だと感心していると、背後から誰かの呼び声が聞えた。


「誠二、お前、何やってるんだよ!」


振り返ればこれまた見覚えのある顔が立っていた。中西くんの説明では確か、犬みたいに人懐っこいのが、藤代くんで、猫のような目をしているのが確か・・・そうだ、笠井くんだ。何故か藤代くんを睨みつけ、こちらに近付いて来る。藤代くんが何か悪い事をしたのだろう。「やば!」と彼は唸ると、「逃げるよ!」と言って走り出した。・・・私の手を引いて。


引っ張られる腕の力強さが少し怖いと感じた。








デパートを出てすぐ傍の細い路地を2回曲がる。するとデパートの裏手の駐車場に出て、後ろを見れば笠井くんらしき人影は見えなかった。人混みを上手く利用して、何とか藤代くんは笠井くんを撒く事が出来たようだ。足が速いとは言え、足手まといの私を連れて良く逃げ切れたものだと思う。走った息切れでは無く、安堵から来る溜息を藤代くんは深く吐いた。強く握っていた手を思い出し、「あ、すいません」と慌てて離す。背中に張り付いていた恐怖がゆっくりと剥がれて行く。さわさわとした感覚が走る背中に力を入れて、感覚を散らした。


「危なかったー。あー、何でタクがあそこに居たんだろう?」


タクとはおそらく笠井くんの事だろう。確かにこのデパートは武蔵森学園からも寮からもそれなりに距離がある。寮生では無い私はたまたま隣街だから電車で来たけれど、寮から来るなら
数回の乗換えが必要だ。・・・そういえば何故藤代くんはあのデパートに居たのだろう。何か用があって来たのだろうけれど、凄い偶然だ。


「センパイは大丈夫っすか?」
「平気」
「良かった」


藤代くんは大きく伸びをした後、「迷惑掛けちゃったから、お詫びするっス!」と言った。どちらかと言うと私が迷惑を掛けている気がするし、お詫びされるような事でも無いので遠慮したが、最終的には笑顔で押し切られ、ゲームセンターまで連れて行かれた。








「藤代くん、もう良いよ」
「後、これだけっすから」


何度このやり取りを繰り返しただろう。繰り返す度に私の腕の中のぬいぐるみが増えて行く。「お詫びに欲しいぬいぐるみをあげるッス!」と言った藤代くんに、「さぁさぁ」と促されて、好きなゲームの猫のぬいぐるみを頼んだら、あっさりとワンコインで落とした。お礼を言って受け取ると、すぐにチャリンと音がした。全6種類あった猫達は全て藤代くんの手によって取り尽くされた。それでも充分過ぎたのに、今度は別シリーズのゲームキャラクターを取り始め、焦って止めに入ったのだけどまったく聞き入れて貰えず、こちらも全シリーズ取って貰ってしまった。


「良かったー。腕鈍って無くて」


ニコニコと笑う藤代くんに「凄いね」と言えば、「そんな事ないっすよ」と言うものの、満更でもない表情をしていた。


「まぁ、俺が1番得意なのはこれじゃないんすけどね」


「折角だから見て行きます?」と言うと、藤代くんは店内の奥に歩いて行った。後を追うと、賑やかなメダルコーナーの横に並ぶ白い筐体の数々。その中でポツンと孤立している台が空いているのを見つけると、「ラッキー。今日は空いてる」と言って藤代くんはそこに座った。新しく出た格闘ゲームだった。




最初はコンピューター相手に戦っていたけれど、画面を挟んで向こう側の椅子に1人目が座ったのを皮切りに、藤代くんは見知らぬ対戦者達と戦った。背後で眺めていたけれど、かなり上手い。キャンセル技、小技を駆使し、確実に相手のライフゲージを潰して行く。時に相手の隙に大技を入れ、1人また2人と対戦者を倒し続け、頭上のカウンターがもうじき2桁と言う所で対戦者が居なくなった。画面が対戦用からコンピューター対戦用に切替作業が行われている間に、藤代くんが1度振り返り、「どう?センパイ。強いっしょ」と不敵に笑って見せた。すぐにコンピューター対戦が始まったので藤代くんは再び画面を向き直したが、先程より真剣味が薄れていた。コンピューターが操るキャラクターを難なく倒しながら、「また誰か対戦してくれないかなー」と藤代くんが小声で呟く。しかし、先程の対戦者達は遠巻きに見ているだけで、再び挑んでは来なかった。周囲をもう1度見るが誰も動く気配は無かった。それを確認すると、音を立てずに藤代くんの後ろから移動し、見られないように迂回して向こう側の席に座る。コインを入れると、音に気付いた藤代くんが嬉しそうに「やった」と呟くのが聞えた。




まさか相手が私だとは思わないだろう。開始の合図が鳴り、藤代くんは序盤から攻めて来た。それをガードで防ぐが、すぐに接近されて投げ技に入られる。小パンチで接近を阻止し、間合いを取れば、待ってましたとばかりに藤代くんは大技を仕掛けて来た。再びガードして防ぐと、大技でがら空きの所にこちらから大技を仕掛けた。藤代くんのキャラクターが技をまともに食らって後ろに倒れ込む。すぐに技のラッシュに入ろうとしたけれど、技を入れた瞬間に思いっきり投げられていた。互いに1歩も譲らず、だけど着実にライフゲージを減らして行った勝負は、僅差だが私が勝つ事が出来た。このゲーム、アーケードで出たばかりなのに、キャラクターの特性を良く熟知しているものだと感心していれば、藤代くんは「あんた、凄いな!」と言ってこちらの席に顔をひょいっと覗かした。


「・・・・・・・・」
「・・・今のもしかしてセンパイがやってました?」
「・・・・・・まぁ」


互いに見つめ合う事、数秒間。「すっげー!」と藤代くんが歓喜の声を上げ、私の手を取るとブンブンと振り回す。


「すげー!すげー!何でセンパイ、そんなに強いんすか?」
「親戚に得意な人が居たから」


ゲームセンターで格闘ゲームと言えば、大抵が男の人がやっているゲームだけれど、親戚に格闘ゲームで全国大会に何度も出ている人が居たので、色々と教えられた結果、私のゲーム技術はそれなりにある。小学の時の例の事件以降、家に篭るようになったので、ゲームをする時間が充分にあったせいもあるけれど。


「センパイ、もう、サイコー!」
「はぁ、どうも・・・」
「そのクールな所も良いっす!ああ、センパイ、もう俺と付き合いません?」


興奮のあまり藤代くんはとんでも無い事を言った。失言・・・なんだろうけれど、告白には間違いなく、どう断れば失礼にならないだろうかと考えていると、頭上から思いも寄らぬ人物の声が降って来た。


「それは聞き逃せない台詞だねぇ、ワンコ」


突然沸いた第三者の声に私も藤代くんも振り返る。先程まで藤代くんが座っていた場所から現れたのは、中西くんだった。・・・何故、ここにいるんだろう?今日は実家の方に出掛けると言っていたのに。








「な、なんで、ここにいるんすか!」


心底驚いた顔付きの藤代くんが中西くんを指差す。その指を「お行儀が悪いよ」と中西くんは手の平でペチンと叩くと、「愛しの彼女がワンコに懐かれてないか、見に来たの」と言った。


「中西センパイ、今日は実家に行くって・・・」
「行って来たよ。今、その帰り」
「実家って、ここと逆方向じゃないっすか!」
「だから言ってるでしょ?愛しの彼女がワンコが懐かれてないか見に来たって」


「フジチロの好みの子だからね、うちのお姫様は」と中西くんが笑えば、「予想通りって言うのが悔しいっすけど、あれは反則っすよ!」と藤代くんが反論した。・・・ワンコとかフジチロ呼びはどうやら気にしていないらしい。


「センパイ、他人には興味ありませーんって顔しているのに、他人から知り合いに昇格するとたまーに笑ってくれるんすよ!」
「うん、うちのお姫様は人見知り激しいからねぇ。慣れれば平気なんだけど」
「普通、誕生日プレゼント選ぶのに力入れたってせいぜい1日っすよね?なんで3日も探し続けているんですか!」
「あー、不器用なんだけど、一生懸命なんだよ」
「タクが来て逃げた時も、あれこれ聞かないでくれたし!」
「たまーに愛されてるか心配になるけど、煩わしさは無いよ」
「しかも、ゲーム上手いし、俺の事、特別視しないし!」
「ゲームはこの子、上手いよ。俺も勝てない。特別視はしないね。俺の事も忙しいサッカー部所属としか思ってないよ」
「それ、良いっすよねー。俺の周りの子、結構1軍所属って事にブランド意識覚えてるっぽくて。・・・・・・って、さっきからなんで惚気てるんですか!」
「フジチロが聞いて来るからじゃない」


「あら、嫌だ」と成熟した女性のように中西くんは呟くと、口元を手で隠した。その姿は妙に似合っているけれど、思うだけに留めておいた。


「この子が欲しいなんて思わない方が身の為だよ」
「・・・俺が中西センパイに負けているから?」


ふっと藤代くんは笑うと、今までのニコニコと無邪気に笑っていた表情を一切消し、代わりに挑むような目と不敵な笑みで中西くんを見据えた。それを楽しそうに中西くんは眺めた後、唇をぺろりと舐める。・・・サッカー部ってどうしてこう個性的な人達ばかりなんだろう。


「ライバルは居た方が楽しいから気にしないよ。この子はね、底なし沼なんだよ。気がついたらどっぷりはまっている訳。ちょっとした気持ちなら関わらない方が身の為だよ。フジチロは若いんだし、まだ遊びたいでしょ?この子を知るともう他では満足出来ないよ。だから警告してあげてるの」
「中西センパイはもう他じゃ駄目なんだ」
「うん。駄目だね。じゃないと駄目。この子が居るから、俺の面白くない人生もかなり楽しくなって来てるから」


そう言って中西くんは私の肩を抱いて傍に引き寄せた。今まで藤代くんに手を握られても強く握られない限りは平気だったのに、中西くん相手だと変に意識してしまって、ちょっとだけ恥ずかしい。


「ね、可愛いでしょ」


褒められ慣れていない私にその言葉は充分に威力があり、余計恥ずかしくなって俯くと、「フジチロ。睨んでもあげないよー」と嬉しそうな中西くんの声が聞えた。




俯いている間、中西くんと藤代くんであれこれ話していたみたいだけど、ようやく落ち着いて私が顔を上げると藤代くんと目が合った。挑むような目が一瞬でまた元の無邪気なものに変わる。切り替わりに関しては中西くんと良い勝負だと思っていれば、藤代くんはふっと笑顔を浮かべた。


「中西センパイ。俺、もう他の子はどうでも良いっぽいッス」
「ふーん。うちのお姫様ってやっぱり魅力的?」
「ええ。俺の変化にも動じないってどれだけ凄いんすかね」
「さあ?ちなみに俺の時もそうだったよ」
「ニコニコ笑って無いと俺は俺じゃないらしいっすからね。・・・少なくても俺の周りの子にとっては」
「寮生の多い私立学園なら仕方ないんじゃない?狭い世界だから。しかも、あんたは強豪サッカー部の1軍のエース。顔も良いし、親しみやすいんだから、憧れるなって方が無理あると思うけど?」
「・・・そうかもしれないけど、たまにうんざりしますよ。理想ばかり求められるのも」
「それに関しては同意するよ。だから、ありのまま受け入れてくれる子が良いねー」
「滅多に居ないッスよ。センパイみたいな人」
「居ないね。俺も付き合ってから知ったから、本当運が良かったけど。・・・何?だから諦めないの?の事」
「ええ。俺、今まで欲しい物はみんな手に入れて来たんすよ。代表の座も9番もね。だから絶対、センパイも手に入れますよ」


再び藤代くんは不敵に笑ってそう告げると「ま、明日は中西センパイの誕生日だし、センパイもずっとプレゼント探し続けていたんだから、今日は退散しますか」とまた表情を変えて
出口の方に歩き始めた。


「あ、藤代くん」
「なんすか?センパイ?」
「ぬいぐるみ、ありがとう。大事にするね」


藤代くんから貰ったぬいぐるみの猫の手を振って「バイバイ」とやって見せれば、藤代くんは破顔した後、大笑いを始めた。しばらくの間、笑い声は絶えず、呼吸困難を軽く起こし、腹を抱える藤代くんは「セ、センパイって・・・やっぱり、サイコー」と絶え絶えになりながら言った。首を傾げると「あんまり他の男を誘惑しない」と中西くんに呆れられた。誘惑?どこが?




私の疑問に中西くんも藤代くんも軽く笑みを浮かべるだけで、答えてはくれなかった。


「バイバイ、センパイ。またね」


そう言って今度こそ帰って行った藤代くんを見送る筈が、今度は中西君が引き止めたので、再び藤代くんは足を止める事になった。


「俺、ライバルは歓迎なんだけど、自分の物にちょっかい出されるのは嫌いなんだよね」


「だから、覚悟しておきなよ」と宣告する中西くんに、藤代くんは不敵に笑って応えた。藤代くんが帰って2人きりになると、中西くんは嬉しそうに楽しそうに、


「俺の誕生日プレゼントにあの藤代をライバルに用意するなんて、流石、だねー」


と、褒めているように聞えない褒め言葉を貰って、1つ頭を撫でられた。


色々あったけれど、誕生日プレゼントは気に入られたようなので良しとしようと思った。












(言い訳)
無邪気→藤代(表)、無自覚・無意識→ヒロインでお送りしました。中西夢の癖に藤代の出番の方が多い作品になりました・・・。一応、解説として、藤代の「中西センパイと同じくらい強いって聞いてます」は中西から「俺と同じくらい、彼女、手強いよ」と恋愛的な意味合いで言ったのを、藤代が意味を捉え間違ったと言う設定になってます。実際、ヒロインは強いので問題ないのですけどね。途中乱入した笠井は部屋を片付けると言って途中で逃走した藤代を捕まえにはるばる来ました。帰った後、みっちりお説教するんですけど、終わった後、「センパイ、凄かったんだぜ!」と一切反省していない姿に、笠井は溜息を吐いたとか。
でも、中西の彼女の話はちゃっかり笠井は聞きます(笑)久々にちょっとだけ黒い藤代が書けて楽しかった。変わり者中西には、普通ではないプレゼントを贈りたかったので満足です。