「誕生日は僕、が欲しいです」




まるで人形を欲しがる子供のように、目の前の男、須釜寿樹はそう言った。




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休日の公園。オフィス街の傍にあるせいか、それとも人の少ない時間帯なのか、人の姿など殆ど見えない公園で、私達は3人、1つのベンチに腰掛けていた。右から寿樹、私、そしてケースケ君。3人で他愛も無い話をしていたのだが、突然の寿樹の問題発言に、ケースケ君がぶはぁっと勢い良く口に含んだスポーツドリンクを吹いた。気管支の方まで行ったのか、ゴホゴホと苦しそうに咳き込む。折角のイケメンが台無しだ。ハンカチとティッシュを差し出せば、ティッシュを数枚取った彼は口元を拭った。

「サンキュ、さん」
「どういたしまして」

数枚減ったティッシュを受け取り鞄にしまうと、にゅっと寿樹が私の顔を覗きこんで来た。

「と、言う訳で。誕生日に僕にを下さい」
「生憎と人形遊びは卒業したので、そんな名前の人形があるかどうかすら知らないよ。リカちゃんやジェニファーちゃんで我慢して。服は高いから自分で買ってね。あ、寿樹の場合、裁縫得意だから自分で作れば良いか」

私はそう言うと、さっそく最近の人形の価格を調べようと携帯をカチカチ動かした。




さん、動じないにも程があるんじゃねぇ?」
「寿樹の幼馴染を何年もやってればこうなるよ。ケースケ君、寿樹と知り合って何年目?」
「今年で3年目」
「それなら後数年で慣れるよ」

「慣れたくねぇ」と言うケースケ君の顔は結構本気だ。今までの付き合いで、寿樹がどういう人間かそれなりに把握しているのだろう。知っていてなお付き合おうとする、その心意気はあっぱれと言わざる得ない。私が彼の立場なら、間違いなく全力で逃げる。




「欲しいのは人形じゃなくて、生身の人間ですよー。僕の横に居るって言う女の子が欲しいんです」
「そう。でも、私はあげられないよ」
「そこを何とかして貰えないですかー?」
「いくら寿樹の頼みでもこれは無理だね」

携帯に現れた画面に並ぶ数字に思わず「高っ!」と言ってしまった。リカちゃんってば高いのね。

「これ、だいぶ昔に発売された限定品だから高いと思うけど」
「未使用じゃないのにこんなに高いんだ」
「大抵、遊ぶ為に買っただろうから、未使用品はこの数倍するんじゃねぇの?」




携帯を覗き込むケースケ君の言葉に納得し、私は頷いた。あ、顔が近い。そう思った時には寿樹に引っ張られていた。

「近過ぎますよー」
「うん、それは思った」
「思うなら気をつけて下さいー。手垢が付くと困りますから」
「手垢って・・・。ケースケ君、どうする?君、バイキン扱いだよ」
「マジで?俺、手、綺麗なんだけど!」

両手をぱっと開いてケースケ君がアピールする。しかし、寿樹はゆっくりと首を横に振って言った。

「僕以外の男はバイキンです。それから、。僕は人の手垢が付いた物は好きじゃないので、いくら高かろうとその人形贈られても受け取りませんよー」




寿樹は肩を竦めてそう言った。「酷っ!」とケースケ君が声を上げる。さらば、リカちゃん。6桁の金額が並ぶ君でも、寿樹のハートは射止めれなかったようだよ。携帯の画面消して、笑顔のリカちゃんとさよならをした。

「ケースケ君がバイキンかぁ。それなら帰る時にばいばいきーんって言ってくれるかな?」
「やらねぇ。・・・てか、その理屈で言うなら、さんなんかスガの手垢だらけじゃねぇの?」

その言葉に携帯を思わず落とした。隣に居たケースケ君が地面に落ちる前にキャッチしてくれたから、無事だったけど。手垢だらけ?しかも寿樹の?

「怖い事言うな!セクハラで訴えるよ!」
「マジかよ!」

「訴訟するよ。賠償金もぎ取るよ」と言うと、「俺、帰りの切符代くらいしかもう無い」とケースケ君は言う。

「大丈夫。プロ選手になるまで待つから」
「どんだけ、さんもぎ取る気?!」

「取れるだけ」と言うと、ケースケ君は「えぇぇぇぇぇっ!」と声を上げた。




「幼馴染で、幼稚園からスガとずっと一緒だったんだから、スガの手垢だらけって事になるだろ?その理屈で言えば」
「じゃあ、ケースケ君の幼馴染の女の子もケースケ君の手垢だらけになるよ!その理屈ならね!」
「変な事言うな!」
「先に言ったのはケースケ君だよ!」

ぎゃーぎゃーと言い合う私達を他所に、寿樹は顎に手を乗せて、如何にも何か考えてますと言うポーズのまま、しばらく黙り込んでいた。
考えが纏まったのか、ポーズを崩してパンと手を叩く。

が僕の手垢だらけなら、僕がきちんと責任持って引き取るべきですよね〜?」
「・・・その理屈で言うなら、ケースケ君は幼馴染の女の子を引き取らなきゃ駄目だね」
「引き取るでしょう。ケースケ君なら」

「最も頼まれなくても引き取るでしょうけど」と言う寿樹がケースケ君にチラリと流し目を送る。「なっ!」と動揺の声を上げるケースケ君。楽しそうにその姿を見た後、「まぁ、僕は頼まれなくても引き取りますよー」と寿樹はしゃあしゃあと言った。




「大丈夫だよ、寿樹。世の中、手垢だらけでも気にしないって人が大多数だろうし。それにプロのサッカー選手の手垢付きなら、プレミアム付くかもしれないから」

「だから私の為にもプロ選手になってよ。さっきの6桁の額のリカちゃんよりは高値を付けて見せるから」と言えば、「7桁でも8桁でも僕が買いますー」と寿樹は言った。お、珍しい。結構、目が本気だ。

「この場合、お金は誰の懐に入るんだろう?」
に入ると思いますよー」
「8桁もお金入ったら、どうしよう。何、買おうかな?」
「大抵の物は買えますよー」
「マンションとかも買えそうだね」
「僕は一戸建ての方が好きですけど」
「あー、庭付き考えれば一戸建ての方が良いね。その時は家を買おうかな」

「実家は兄さんが住むだろうし」と私が言えば、「じゃあ、僕も姉さんにマンション譲っておきますね〜」と寿樹は言った。「お前らなぁ・・・」とケースケ君の呆れ切った声が聞こえる。




「そういう訳で誕生日に僕の物になって下さいね、

語尾にハートマークが乱舞しそうな甘い声で、寿樹は私の耳元で囁いた。うっかりそれを聞いてしまったケースケ君が「うわぁー」と顔を盛大に顰めて見せた。

「8桁のお金貰わなきゃいけないから、無理」




それを一刀両断する私も私で相当良い性格をしていると思う。最も、私の返答を聞いて嬉しそうに笑う寿樹は、それ以上だけど。ケースケ君はこう言う冗談は通じないタイプなんだろう。「それで断るのかよ」と信じられ無そうに呟いた。ごめんね、男の夢壊しちゃって。でも、私も寿樹も普通よりも少し捻じ曲がっちゃってるから、こういうやり取りの方が好きなんだよね。

「じゃあ、頑張ってプロ選手になりますから、待ってて下さいねー」
「うん、待ってるよ。8桁」

「8桁かよ」とツッコミ役と化したケースケ君が呟く。




「素晴らしい未来の為に頑張りますかね〜」

ちゅっと私の頬にキスをして、寿樹は腰掛けて居た公園のベンチから立ち上がり、大きく伸びをした。ベンチに残されたのは、キスされた頬を手で押さえる私と、「俺の居る前でやるなよ、スガ・・・」と脱力したケースケ君。色々見たり聞いたりして、精神的に色々疲れたのだろう。「もう、嫌だ・・・」と小さく呟いて、ケースケ君は自分の膝に突っ伏してしまった。少しだけ見える横顔が赤かった。




「今のキスは予約ですから。僕以外に売られないで下さいよー」
「寿樹」
「何ですー?」
「待っててあげるから、頑張ってね」

私がそう言うと、寿樹は驚いて目を丸くした。私の答えはいつも婉曲な物ばかりで、素直に答えた事などなかったのだから。

「ええ、待っていて下さいね〜」

心底嬉しそうに、いつもの笑顔とは違った笑みで寿樹はそう答えた。




「・・・お前ら、俺の存在忘れてるだろ」

その後、隣で拗ね始めたケースケ君に、「あ、居たんだ?」と言おうか「ケースケ君も頑張って」と言おうか迷ったのは、内緒だ。