その日、生徒会選挙の演説を椎名翼は欠伸を噛み殺しながら聞いていた。


「暇。別に誰が生徒会長でも良いのにね」


その呟きに隣に居た同じクラスの五助は同意するものの、反対隣に座る井上直樹は無言のままだった。反応が無いので寝てるのかと翼は直樹を見る。すると予想に反して、直樹は起きていた。しかも、真面目に壇上を見つめ、演説を聞き入っている。


「ナオキ、何やってるの?」


普段の直樹の態度からは考えられない真面目な姿に、翼は雨でも降るのかと思いながら壇上に視線を移した。壇上で演説をしているのは、2年の女子生徒。先に演説した男子生徒の気迫の篭った熱弁とは正反対に、穏やかに語る口調は先程の耳障りな声に比べて耳に馴染む柔らかい声で、辺りを見渡せばそんな彼女の声に耳を傾ける者も多く見られた。


(ふーん。さっきの奴とこいつなら、僕ならこいつに票を入れるな)


そんな事を考えながら、翼は再び直樹に視線を戻す。直樹は相変わらず壇上から目を離さない。その姿に隣に居た五助に、「あいつ、どうしたの?」と尋ねた。五助も首を傾げながら、「さあ?惚れたとか?」と最もらしい答えで返す。その言葉に翼は再び壇上を見た。黒く長い腰まである髪。穏やかな口調で話すものの、背筋をしっかり伸ばしているせいか、凛々しく感じられる立ち姿。幼少に見た従姉の姿に似ていると思う一方で、これが直樹の好みの女かとその顔を見る。視力は良い翼だったが、体育館の壇上と1番後ろでは距離があり過ぎた為、はっきりのその顔を見る事は出来なかった。


「ふーん」


すぐに興味を無くした翼は軽く呟く。すると隣から「アホウ、そんなんちゃうわ」と小声で直樹が話に加わって来た。普段は無駄に大声な所がある直樹だったが、壇上の女を気遣うような小声に翼は珍しい事だと思い、面白いとばかりに目を輝かせる。


「へぇー。それなら何なの?」


翼が意味有り気な視線を直樹に送る。壇上を見たままの直樹だったが、翼の声音で察したのだろう。


「耳を貸しぃ」


ちょいちょいと指で耳を指す直樹に、翼は近付くと耳元でこう囁かれた。


「あいつ、は、1年の時に俺と同じクラスでな。あいつが生徒会長になれば、サッカー部の許可申請あっさりいけるかもしれん」
「・・・それ、後で詳しく教えてよ」


直樹から離れると、翼は体育館の後ろから辺りを見渡す。周囲の反応から今回の生徒会選挙、会長は今演説中の女子生徒に決まるだろうと判断した翼は、クスリと笑った。視界の中で、クラス担任の下山が何故か悔しそうに顔を歪めているのが目に入った。









体育館での選挙演説が終わると、次に選挙管理委員会の生徒が壇上に登って投票の説明に入る。予め配布されていた投票用紙には、今回の生徒会選挙に立候補した全ての生徒が記載されていて、定員1名の会長に立候補したのは2人、2名の副会長3人、8名の役員に対して10人。それぞれ相応しいと思った生徒の名前の上に丸印をそれぞれ定員の数だけ付ける。1番手に演説した男子生徒の演説が翼の最も嫌うお山の大将だったので、嫌悪感を露わにしてまともに聞かずに居たのだが、直樹の話を聞いた翼は2番手以降真面目に演説を聞き、最初にと書かれた名前の上に丸を付けた。集計は放課後に行われ、翌日の朝には学校の掲示板にて発表するらしい。投票用紙の回収が終わり、教室に戻る生徒達。その群れの中で色黒の後輩の姿を見つけた翼は、その後姿に向かって呼び掛けた。


「柾輝!」


呼ばれた柾輝は振り返った。来いと手で示す翼を見て、生徒達の間を潜って傍に寄る。


「何?」
「今日の放課後に屋上に集合。六助にも召集掛けておいて」
「わかった」


「じゃ、後で」と言うと柾輝は踵を返して、教室に向かって歩いて行く。その後姿を見ながら、翼はこれから忙しくなると言う予感を胸に抱えていた。









元々屋上は翼が転校するまで直樹達の溜まり場だった。その為、飛葉中では屋上は不良の溜まり場と言う認識が強い。誰もトラブルには巻き込まれたくないのだろう。生徒は皆この周辺に近付く事すらしない。そんな中、帰り支度をして下校する生徒とは逆方向を翼は歩いて居た。時々聞こえて来る会話の内容は今日の生徒会選挙の物ばかり。擦れ違う生徒の殆どがあの女子生徒に票を入れたようで、翼は自分の認識を更に固めて屋上へと向かって行った。









掃除当番だった翼以外、全員揃っていた。普段なら「遅い」の一言が飛ぶが、相手は翼と言う事と五助と直樹が事前に掃除当番の話をしていたのだろう。口々に短い挨拶を交わした後、円陣になって座って居た仲間の中に翼も入ると、横に座る直樹に話を促した。









作戦参謀が翼、実行は全員。これが彼らのいつものスタイルである。だからいつも何か実行する時には、作戦参謀の翼が喋り続ける時が多い。今回、珍しくその役が回って来た為、少しだけ緊張した面持ちのまま、直樹は口を開いた。


「色々ややこしいから、話は長くなるんやけどな。キューピーと永っちゃんの仲の悪さは知ってるよな?」


直樹の話に全員が頷く。キューピーこと下山は生徒指導で、永っちゃんこと永津は学年主任。行き過ぎた指導や優秀な生徒を贔屓する下山。それを咎める事が多い永津は話を聞く耳をあまり持たない下山とは仲が悪い。


「俺らが今までに出したサッカー部の設立の申請は、人数が足りへん事もあって許可が下りんかった。そこに翼が入って部員も増えて条件を満たしたから、設立許可が下りてもおかしゅうない状況なんやけど、俺らと一緒に翼が居る事に不満を持ってるキューピーは、サッカー部が出来たら余計一緒に居るって考えて、猛烈に反対してる所なん。基本的に設立許可を受付と審査するのは生徒会の役目でな。キューピーが色々ある事無い事吹き込んで、1人、生徒会長に立候補させた奴がおってな。そいつにサッカー部設立をさせない気で居たらしいんやけど、それを永っちゃんが知ってもうて。教師による生徒会の支配・・・って言うと大事に聞こえるかもしれへんけど、それを危惧した永っちゃんは永っちゃんにもキューピーにも流されずに自分の意思を持てる生徒で会長が務まる奴を探したん。それが対抗馬で立候補したや。隣の2年2組で、翼とは毎回学年トップ争っている秀才。翼も名前は知ってるやろ?」
「名前だけね。前の学校の奴らと同じだと思って興味なかったから、どういう奴か知らなかったけど。・・・ところで直樹はそんな話どこから聞いて来た訳?」
「実は本人や」
「・・・どういうつもりで直樹に話したんだか」


学校の内部事情を話すには、周囲から不良と認識されている直樹には適切とは言えない。どういう了見で話したのかわからないものの、何か企んでるにしても碌な事では無いだろう。そう思い、「はっ」と翼は鼻で笑う。そんな翼を見て直樹は苦笑すると、話を続けた。


はキューピーを偉い嫌っとるからな。あいつも優等生やからキューピーも贔屓してたんやけど、それが気に食わんみたいやった。今回の話を永っちゃんから聞いて、かなり怒っててなぁ。立候補者がキューピーのシンパだったから余計対抗意識沸いたらしく、嫌がらせに会長をやるって笑いながら言っとったで」
「嫌がらせって・・・」


あまりの理由に柾輝が呆れ顔になる。


「俺とは1年の時に同じクラスでなぁ。上級生に喧嘩売られてやり返してた俺にビビらんで普通に話し掛ける変わり者っちゃー変わり者なんやけど、俺にとっては凄い良い奴なんや、あいつは。本題はここからで、そいつが俺に言うたんや。『もし私が生徒会長になったら、キューピーの嫌がらせの手始めにサッカー部設立に動くつもりだから、やる気がまだあるなら選挙終わって2週間で引継ぎ作業が終わるから、その後に許可申請書持って生徒会室においで』ってな」


「話はこれで終わりや」と敢えて直樹は口にし、隣に座る翼の顔を見る。


「ふーん。自分が受かる事前提に直樹に話をするなんて、随分自信家だね。当選したら顔でも見に行こうかな」


面白そうに笑ってそう呟いた翼を見て、直樹は近い将来サッカー部が設立される事を確信した。









選挙翌日。翼達は学校の掲示板の前に居た。生徒会選挙に興味を持つ人間は、一部を除けばあまり多くないのだろう。閑散とした掲示板の前で翼達は結果に目を通すと、お互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。結果の1番上、生徒会長の役職の下にの名前があった。









が会長に当選して2週間が経過した。翼は敢えて本人に会いに隣の教室に行かなかった。相手の意図を読んだ上で、きっちり2週間待ったのである。直樹に話す事でサッカー部を率いる翼にも話が行くと踏んだのだろう。そう予想していた翼だが、その予想を裏切らず、その日の昼休み、の伝言を受けた直樹がやって来た。


「今日の放課後16時に、設立申請書を持って生徒会室に1人で来い言うとったで」


余程信用しているのだろう。生徒会室に1人と言う指定にも関わらず、からの伝言役を引き受けた直樹は翼に伝えると、「ほな、よろしく」と言って席に戻って行った。


(ふーん、1人ね。・・・面白い)


向こうは1人で待っているのか、それとも新生徒会役員全員で待ち構えているのか。翼にはわからない。ただ、直樹の信用してる姿や話から察するに、限りなく前者の気がしたが、翼にはどちらでも良かった。飛葉中に来て初めて高鳴る胸の鼓動。面白いと唇を軽く舐め、翼は退屈な授業を他所に、この状況を如何に楽しむかだけを考えていた。









放課後。15時20分に終わった授業の後、清掃活動があって。それでも16時過ぎには、殆どの生徒が部活に行くか下校してしまい、学校内には殆ど生徒が居なかった。静かになった廊下を翼は歩き続ける。視聴覚室、科学室、被服室。授業でも余り使わない教室達の奥に目的の生徒会室があった。ふっと息を吐き、生徒会室のドアの前に立つ。まるで試合に臨むようだと苦笑しながら、翼はそのドアを2回ノックした。




ノックを2回した後、ドアが開いた。顔を出したのは長い黒髪の女だった。


(こいつがか)


遠目でしか見れなかったので、こうして近くで顔をはっきり見るのは初めてだった。従姉を始め、整った顔立ちの多い親族に囲まれて育った翼が見ても綺麗だと思う容貌。にこりと笑えば大抵の者は顔が綻ぶであろう美麗さを持つ笑顔だったが、同じ物を持つ翼には通用せず、


「君が新しい生徒会長?」


と、問う翼に頷いた女に促されるまま、翼は生徒会室に足を踏み入れたのだった。








生徒会室の応接ソファーに、机を挟んで2人向き合い座る。室内には2人しか居ない。


「初めまして、椎名くん。2年2組のです。今日は呼び出しに応じてくれてありがとう」


生徒会長では無く、あくまで一個人として名乗ったに、食えない奴だと即座に評価しながらも、翼も自己紹介をする。


「直樹くんから話は聞いているかと思いますが、私が立候補した理由はもう知ってますよね?」


確認行為と呼ぶよりも、翼がどう返答して来るか窺っている。の態度に腹の探り合いをするかどうか悩んだ後、


「聞いているよ。嫌がらせだってね」


と、歯に衣着せぬ言葉で答えることにした。


(お前の思う通りになってやらないよ)


挑発的にも取れる笑みで翼が笑うと、面白そうにも笑った。


「うん、やはり椎名くんを呼んで良かった」


クスクスと笑うのその言葉に椎名の眉がピクリと動いた。それを見ては笑うのを止めると、「すいません」と表情を真面目な物に変えて、翼と向き合い直す。


「知っての通り、私は嫌がらせで生徒会長に立ちました。まぁ、あの余計な事を吹き込まれた男子よりは良い生徒会にするつもりですけれどね。それでまず手始めにサッカー部の設立をしようと思ったのですが、それだけだと面白くない」


面白くないと言ったの表情は非常に生き生きしていた。


「飛葉中で現在強豪と呼べる部活はありません。個人で優秀な成績を収める生徒が毎年何人か居ますけど。折角、部を立ち上げるんです。・・・ここは1つ東京の強豪の1つになってみませんか?」


それだけの成績を残して貰えたら、あれだけ反対していたから分、良い嫌がらせになりますよね。そう楽しそうに言うに、翼の厳しい眼差しが向けられる。先程、眉を動かしただけで態度を変えただったが、翼の眼光には揺れなかった。うっすら笑みを浮かべ、翼を見つめるだけだった。どのくらいそうして居ただろう。睨む翼、微笑む。どちらも視線を逸らさずに見つめ合い、そしてー。


「君はあいつに嫌がらせ出来て、僕はサッカー部を作って全国を目指す。僕らの利害は一致してるけど、一体これからどうして行くつもり?」


僕をわざわざ1人で来るように呼んだって事は、それなりの事をやるつもりなんだろう?そう翼が言えば、は「理解が早くて助かります」と微笑んだ後、すぐにまた真面目な表情に戻す。


「今から言う話はあくまで私の作った空想話だと思って下さい。実行するかしないかはお任せします。まぁ、実行した場合の方が残せる物が多いかもしれませんけどね」


そう言って、は話を切り出した。夏至が過ぎたとは言え、まだ日は長く、それでも昼間のぎらつく日差しが和らいだ太陽は、向き合う2人の横顔を柔らかく照らしていた。









「サッカー部でも何部でも、部を設立した後、それなりに必要になって来るものがあります。まずは指導者。顧問は永津先生に頼めると思いますが、先生はサッカーは素人です。他にコーチなり監督が必要です。これに関してだけは私の方では何も出来ません。椎名くん達に見つけて貰わなければいけませんが、椎名くんの方で心当たりがありますか?」


翼はすぐに従姉を思い浮かべ、「心当たりはあるよ」と答えた。それを聞き、「では、話を先に進めますね」との話は次に進んだ。


「次に練習場所や練習道具。練習場所は第2グラウンドが空いているのでそこで良いでしょう。この2週間の間に少し調べたのですが、サッカーゴールは保管場所が他に無くて、あの通りフレームだけ放置されてますが、倉庫を確認したらボールや的当てやネットなど、いくつかありました。しかし、それなりに買わなくてはいけない物があるでしょう。そうなると、如何にして来年の予算をサッカー部に回すかがポイントです」
「生徒会長の君にも無理だね、これは」
「ええ。その通り。私は個人で動こうと『生徒会長』の看板を背負っているので、表向き、どこかの部に肩入れする事は出来ません。そして椎名くん達もいくらサッカーの実力があろうと、『結果』を残さない限りは動きません。・・・もしかすると『結果』を残しても動かない可能性すらあります」
「結果ね。秋の新人戦で結果を残せば良い?」
「・・・それが出来たら1番良かったのですが、今からサッカー部の設立申請を出して、急いで生徒会で審査して許可が下りても、秋の新人戦の参加には間に合わないんです。大会規定とか色々あるみたいで。来春の大会ならば大丈夫なんですが」
「・・・そうなると、練習試合で強豪と対戦して実力を示さなきゃいけないって事か」
「はい。部活の予算配分は春の大会前に行うので、それまでに実績を残さないと厳しい予算の中でやらなければいけない事になります。今は7月末で来春まで時間はありますが、これだけの事をやるとなると椎名くん達のサッカーの実力と優秀な指導者が不可欠です」


そう言い切ったは、しばし考えるように口を閉じた。翼も頭を働かせ、黙り込む。


「前提条件となるサッカー部の設立に問題点は?」
「直樹くんから話を聞かせて貰った限りでは、人数的な問題は解決したので、生徒会の承認さえあればいくら職員会議で反対意見が出ても許可は下りると思います。他にサッカー部も無いので、同好会ではなく部として承認されるでしょう。強いて言えば、素行の面でマークされているので、大会参加にも関わって来るので問題行動はしない。それからサッカー部が出来て良かったと教師に思わせる為にも、部員の成績の向上。この2点ですね」
「それに関しては僕がきっちりやっておくから問題は無いよ。さっそく申請書提出するから、生徒会で審査して貰えない?こっちは『優秀過ぎるくらいの指導者』連れて来るから」
「わかりました。審査に数日後に私と数名、そちらに窺うと思うのでよろしくお願いします」
「ああ。体育館裏で練習してるから来てよ」
「はい。それからこれは最後の手段なんですが・・・」
「・・・何?」


最後の手段と言うその言葉の響きに、翼はその綺麗な顔を僅かに顰める。


「学校の部活の予算の枠と言うものは、毎年同じ額と決まっているんです。基本的に良い成績を残した部には多めに、長い間低迷している部は減額する仕組みなんですが、飛葉中の場合、どの部も毎年ぱっとしなかったので、ここ数年間どの部も部費に変動ないんですよ。ここに急成長した部が突然現れても、今まで部費を減らされた経験の無い生徒達は当然反発するでしょうし、職員会議で部費の配分を決めている教師達も削った経験が無いのでそうそう削らないと思うんです。だから『結果』には見合わない部費しか出ない可能性があります」
「・・・それで?」
「その場合、生徒を動かします」
「随分、話が大きくなったね」
「と、言ってもそれ程大きな事はしません」


署名活動です。その言葉に翼は目を丸くした。今までの話の流れから連想されないその言葉に、脳が話の関連付けを出来なかったのである。


「椎名くんは自分で自覚しているかしていないかわかりませんが、貴方には人を惹き付ける魅力があります。転校したばかりで直樹くん達に対してリーダーシップを発揮している所を見ると、能力と呼んでも良いかも知れません。その能力をほんの少しベクトルを変えれば、学校の生徒を動かす事も可能です」
「何となく先が見えて来たけど、説明して貰える?」
「春の部費配分の時、結果に見合わない額の時は、生徒に署名活動をして貰い、サッカー部の活動が最大限出来るように学校側に訴えます」
「・・・訴えて出来るものなの?」
「まぁ、多分」
「曖昧な返事だね」
「過去に前例が無いので」
「ふーん。問題は『誰』に署名活動の先頭に立って貰うかだね」
「椎名くんは嫌がるかもしれないのですが・・・」
「誰?僕?僕は当事者だからやらない方が良いと思うけど?」
「はい。椎名くんは無理です。やると逆効果なので。私も立場上公平さを求められるので無理です。・・・だから、椎名翼ファンクラブに動いて貰おうかと思います」
「はぁぁぁ?!」


今まで密談のように静かに会話が続けられた生徒会室に、翼の少し高めの声が響く。


「・・・だから最後の手段なんです」


の呟きに、「それにしたって・・・」と翼の呆れた声が続く。


「私や椎名くん、それに直樹くん達は得る物があるから頑張れますが、他の生徒の殆どは得る物が無いので頼んだ所で真剣にはやらないでしょう。それならば得る物を作れば良い。ファンクラブの人達は椎名くんと親しくなりたいし、サッカーをしている椎名くんが格好良いと言うので、それとなく協力して貰えるように話を持っていけばやってくれると思います。・・・問題はファンクラブの人達が得る物なんですけど・・・」
「・・・言っておくけど、過剰なファンサービスは『俺』は無理だからな」


一人称が変わり、翼の雰囲気も若干変わった事に気づいたは首を振る。


「大会や練習試合を近くで観戦する許可。それから試合前と試合後に『応援ありがとう』と言えば良いかと思いますけどね」


それくらいなら、と翼も前向きな言葉を呟く。


「あくまで、これは部費が少なかった時の話なので、結果を残し見合った分を貰えればやらなくても良い事なので」
「まぁ、そうなる事を願いたいね」
「はい。・・・それではサッカー部の設立申請書、頂けますか?」
「ああ。これで僕達『共犯者』だね」


書類を渡し、不敵に笑った翼はに手を差し出す。共犯者の言葉に笑みを浮かべるは翼の手を握り握手をしながら、


「最後に笑うのは私達ですよね?共犯者さん」


と、言った。








「・・・これが終わったら僕の事は『翼』って呼びなよ。僕も終わったら『』って呼ぶから」


翼と。表向きには協力し合えない2人である。その為、互いが欲しい物を得るまでは『椎名くん』と『生徒会長』でなければいけない。その事を重々承知している2人は、固く握手を交わし、この時から来年に向かって走り出していたのだった。



共犯者