君はどうする?」


主語が抜けている質問を投げられた俺、は顔を上げた。目の前には学級副委員長の時田さん。先程から周囲で同じように繰り返されている質問を思い出し、「打ち上げ?」と聞き返してみる。


「そう、明日の午後からボーリングとカラオケ行こうって話をしてるんだけど、どう?」
「悪いけど、明日、予定があるからパスで」


そう言って、再び机の上に置いたタオルやらペットボトルを鞄に詰め込み始めた。


「何か君、嬉しそう。もしかしてデート?」


時田さんが茶化した口調で尋ねて来た。


「あー、やっぱりわかる?」


自分ではいつも通りだと思っていたのだが、やはり表情が緩んでいたのだろうか。思わず頬に手をやり、引き締めるように軽く伸ばすと、背後からクラスメイトの声。


「マジ?お前、彼女居たのかよ!」
「聞いてねぇぞ!」
「今度見せろ!」


サッカー部のチームメイトの野太い声が教室に響く。(女子の「嘘!」とか「えー!」と言った声も聞こえたけど、殆ど男の声に掻き消されてしまっていた)写真とかねぇの?と誰かが言い出したので、面倒になる前に立ち上がると、「じゃ、今日はお疲れ様」と逃げるように騒がしくなった教室を出た。




「よー、
君、今日はお疲れ様」


下駄箱前で山口とさんと会った。よく見れば山口の手に鞄が2つあり、1つは松葉杖を突くさんの物。微笑ましい光景に思わず笑みが零れたのだが、それを見た山口が頭を軽くチョップして来た。バックステップで伸びて来た手刀を避けたが、その後、再び伸びて来た山口の腕が肩に伸びて来た。山口の意図を察し、今度は避けずに受ける。


「お前、そう言う目で見るなっての」


俺と肩を組んだ山口はさんに背を向けると、小声で俺の耳元で囁いた。


「そう言う目ってどういう目?」


にこやかに笑って反応を窺えば、「わかってて言ってるだろ、お前」と山口が軽く睨み付けて来る。乗るか反るかしばし考えた末、乗る事を選んだ俺は、さんに「山口借りるよー」と告げ、下駄箱の隅の方に山口を連れて肩を組み密談状態に入った。


「今の山口とさんの状態って曖昧なんだよね。見ていてハラハラする」


俺の言葉に心外と言わんばかりに山口が睨んで来る。


「そりゃ山口の気持ちもわかるよ。この関係を壊されたくないから刺激されたくないのもね。でも、今の君達の関係はあまりに脆い」
「別に脆くなんか・・・」
「仮に山口かさんに恋人が出来たら消滅すると思うけど?」
「恋人なんて出来る筈ないだろ」
「・・・それ、本気で言ってる?」


ついこめかみの辺りを押さえてしまった。頭が痛くなる発言、とはまさにこの事か。


「俺、居たら恋人要らないし」


その台詞に絶句してしまった。余りの衝撃に何て言うつもりだったのか、一瞬忘れてしまった程だ。


「そうかもね。じゃあ、さんは山口の何?」
「何って・・・」


核心に迫るにはまだ早かったかもしれない。けれど、確実に彼ら2人の関係は去年よりも複雑に絡み合ってしまっている。が傍に居れば良いと思っている山口圭介。山口圭介が傍に居れば良いと思っている。思っている事は一緒なのに、2人の関係は一向に進展しない。彼ら2人の近くに居ると良くわかる。さんは山口に拒否される事を恐れている。山口はさんが居る事が普通であり、居る事が日常化しているけれども、思春期特有の感情のせいか今一つ素直になれず、心にも無い事を口にする。「あいつは恋人とかそんなんじゃなくて・・・」と。じゃあ、何なのだと尋ねられてもきっと山口は正確には答えられない。


「あいつは俺の大事な幼馴染だ」


そう山口にとってさんは大事な存在だ。それは変わらない。


「でも、山口がさんにしてる行動は幼馴染の枠を超えているよ。お姫様抱っこなんて普通幼馴染にはやらないものでしょう?」
「・・・まぁ、確かにそうかもしれないけど、あいつ、怪我してたから」
「いい加減認めなよ、山口。お前がさん居れば恋人要らないって言ってるのは、イコールさんが恋人って言ってるようなものだよ」


反論を悉く潰された山口は黙り込んでしまった。やり過ぎてしまったと思い、慌ててフォロに入る。


「急ぐ必要は無い。君達は君達の速度があるんだから、それに従えば良い。ただ、山口、覚えておきなよ。さんはお前が照れ隠しで『ただの幼馴染』と言う度に、少し切なそうな顔してるよ。『ああ、やっぱり私はただの幼馴染なんだ』『私じゃ無理なんだ』『彼氏欲しいかも』なんて思われないようにした方が良い」


そう言った瞬間、俺の肩に力なくだれていた山口の腕に力が篭る。


「マジでがそんな事言ってるのか?」


俺に迫りながら「どうしよう?え?俺、捨てられる?!」と混乱状態の山口。面白い・・・じゃなかった、そんな大声だとさんに聞かれるよ・・・でもない。


「とりあえず落ち着いて。万が一の話だから」


万が一と聞いて、深い溜息を吐く山口。


「でも、俺は見る限り、そのうちさんがいつそうなってもおかしくないと思う」
「・・・ちなみに根拠は?」
「俺、恋人居るし」
「お前居たのか!」
「しかも中1の時から」
「長っ!」
「ま、説得力はあるでしょ?」


俺の言葉に物凄い勢いで頷いた山口は、「今度相談したいんだけど」と小声で聞いて来たので「OK」と答えて時計の針を見れば、時間は5時を過ぎていた。肩に回っていた山口の腕を解いて離れると、


「じゃ、俺、これからデートなので。また休み明けにー」


俺は複雑そうに笑う(おそらく山口の大声部分を聞いて大体の会話内容は察したようだ)さんに手を振ると、急ぎ足で学校を後にしたのだった。