夏休みが終わり、休みボケが徐々に抜けてクラスメイトの口から受験と言う単語が飛び交うようになった頃。3年4組は体育祭以来の熱気に包まれようとしていた。
「さあ、もうじき文化祭よ!」
休みボケもこの茹だるような残暑の暑さも無縁らしいクラス副委員長の時田さんは、暑さも吹っ飛ばす勢いのテンションで扇子片手に教卓で熱弁を振るっていた。なお、相方であるクラス委員長の七三はそのひ弱そうな見た目を裏切らず、連日続く猛暑日にやられて黒板の隅に自身の椅子を置き、そこで力尽きていた。
(始まる前から力尽きてるよ、七三・・・)
真っ白に燃え尽きた七三を見ながら、俺、山口圭介は単語帳を捲った。時田さんの話をBGMに俺は英単語と格闘する。推薦入試は残り2ヶ月と迫っていた。
前の席の奴からプリントを回され、1度顔を上げる。教室の壁に備え付けられた大きな時計を見れば、HRの時間は半分過ぎていた。
(結構集中してたな)
ここまで持続的に勉強に興じた事は無かった。受験勉強を始めた頃に比べると、かなり集中力が増したかと思う。努力が目に見える形になるのは良い。夏の間に受けた試験で今までに無い手応えを感じた俺は、勉強する事の楽しさを少し知ったような気がした。
「じゃあ、紙に書いてね」
手渡されたプリントには、ご丁寧に今まで説明したと思われる話の内容が記載されていた。どうやら今年の文化祭は喫茶店をやるようで、ウェイターとウェイトレスはクラスでも美形とされる男子女子にやらせるつもりのようだ。
(あー、嫌な予感がする)
自分が美形とかカッコイイ類の人間だとはあまり思わないが、(ナショナルチームの郭とか渋沢とかカッコイイ奴は俺の周囲に一杯いるからな)そう言われる事は少なからずあり(イベントとかサッカーの試合とか告白される時とか)体育祭で団長に選ばれたりと、イベント毎では借り出される事が多いので、何となく選ばれるような気がしていた。
紙には説明書きの下に空欄が3つ。男子は可愛い・綺麗だと思う女子の名前を3人、女子はカッコイイと思う男子の名前を3人書かなければいけないらしい。書くには少し躊躇してしまう内容だった。
(好きな奴とか気になる奴を書けって遠回しに言われている気がする)
時田さんの方もハイテンションながらそういった気遣いは忘れていないらしい。無記名で記入、集計した用紙は焼却炉で責任を持って燃やすと断言していて、クラスメイトから不平不満の声が上がっていない所を見ると、かなり信用されているようだ。俺もその辺は信用しているので、誰を書くか迷った後、と前にから聞いたクラスで人気のある女子2人の名前を書いて、さっさと提出する事にした。
★★★★★
今年はクラスで喫茶店をやる事に決まった。去年は駄菓子屋、一昨年は家庭科の時間に作った作品の展示だったと思う。記憶が曖昧なのは、中学校2年間の間、まともに文化祭のクラスの出し物に参加していないからだ。去年は生徒会優先で不参加、一昨年は夏休みに書いた感想文が全国大会まで行ってしまい不参加だったので、最初で最後の文化祭のクラスの出し物に参加するのが結構楽しみだった。・・・この紙を見るまでは。
私、は今迷っています。
何を迷っているかと言うとそれは・・・。
(3人目どうしよう・・・)
手元にある無記名式のプリント。ご丁寧にも先程説明した内容が記載されたプリントの下には、クラスでかっこいいと思う異性の名前を3人記さなければいけないらしい。正直に書くべきか悩んでしまう類の質問だが、無記名である事と配布した時田さんが責任を持って処分する(しかも焼却処分だ)と言ったので、素直に空欄に名前を書いた。
山口圭介。
。
すんなりと空欄2つは埋まったが、3つ目が埋まらない。シャーペンの先でコツコツとリズムを取りながら考えていると、
「ちゃん、決まった?」
斜め左から話し掛けられ、シャーペンを動かす手を止めると、急いでプリントを裏返す。
「どうしたの?高柳君」
振り返った先には背の高い男子の姿。出席番号男子14番 高柳智春。私が最も苦手とする類の男である。愛想を顔に貼り付けて対応すれば、高柳君は教師に文句を言われない程度のほんの少しだけ脱色した髪をかき上げると、「誰を書いたの?」と笑顔で尋ねて来た。答える義理は無いがそう告げるにはさすがに差し障りがあり、しばらく考えた後、「恥ずかしいから内緒」と答えた。
話はそれで終わりだと再び机と向き合う事で暗に告げたつもりだったが、向こうはまだ用があるらしい。「良いじゃん。俺とちゃんの仲じゃん」と机の傍までやって来た。どんな仲か1度聞いて見たいが、聞いたら聞いたで後悔しそうなので聞かないでおこうかと思う。
夏休み明けに行った席替えで同じ班になって以来、やけに彼に構われるようになった。恋愛事には疎いと自覚があるが、その分彼の行動を冷静に見て分析出来るので、彼の目的がはっきりわかる。彼、高柳智春は私に恋をしている訳ではない。(にその事を言ったら、高柳は可愛いと評判の子を落とすのが好きなだけ、と言った)(も去年頻繁に声を掛けられたらしい)
なおも話し掛けて来る高柳君を振り切るように席を立つと、プリントを時田さんに提出した。置いて行かれた高柳君の物言いたげな顔が瞼の裏に残った。