似合うじゃん」


不意に後ろから声を掛けられた。振り向かなくてもわかる。山口だ。俺は山口と向き合うと小声で「似合うって言われて良かったね」と言った。照れ臭さを不機嫌さを装う事で誤魔化した山口は、「余計なお世話」と小声で返して来た。


俺、は窓に映った燕尾服を着た自分の姿を見た。高柳や山口に比べて背の低い俺も(168cm)何とか服に着られる事は避けれたようで、クラスメイトの評判もそこそこ良かった。


(しかし、どこから持って来たんだろう)


燕尾服の袖を掴んで見る。手触りは悪くない。それなりに質が良い物だ。中学生には不釣合いなくらいの。衣装を提供してくれた人物を目で追えば、教室の真ん中でクラスの女子に囲まれてご満悦と言った表情だった。


「凄いよな、これ。高柳が持って来たんだろう?」
「そうみたいだね」
「どこから持って来たんだ、あいつ?」
「さあ?」


山口が疑問を口にする。どうやら同じ事を思っていたようだ。聞いた所で高柳は答えないだろう。そんな確信だけはあった。


立て付けの悪いドアが音を立てる。ドアの向こうには制服姿である事が常の教室では異彩を放つ衣装の2人。メイド服姿の千葉さんと小早川さんだった。クラスの男子が選んだだけあって、その姿は可愛い。よく見れば顔に丁寧に化粧が施されていて、口元には濡れたように光るグロス。賞賛の言葉を掛けながら、クラスの女子が2人を囲んだ。恥ずかしそうに顔を赤らめながら、周囲からの言葉に「ありがとう」と言う2人の顔は満更でも無いと言った表情だった。クラスの男子は流石に囲むような事はせず(したら問題だけど)(高柳だけは普通に近寄って行ったけどあいつはある意味別格)突然現れたクラスメイトの愛らしい姿に色めき立って2人の話で盛り上がっていた。女子の声、男子の声。それぞれ色んな言葉が教室を行き交う中、誰が発したかわからないその言葉だけがはっきりと聞こえた。


「つーか、高柳、これ狙ったんじゃねぇの?」


悪意は感じられなかったが、どこかからかう口調の男子の声。その言葉を聞いて、納得してしまった自分が居た。


文化祭の出し物で喫茶店を提案したのは誰か?
最後まで揉めた喫茶店かお化け屋敷で、喫茶店を猛烈に押したのは誰か?
文化祭の出し物の責任者は誰だ?
衣装係は誰だ?
衣装を持って来たのは誰だ?


そう全て高柳だ。


あくまで推測でしかない。証拠はない。しかし、状況から見て反論材料が無い。推測だと頭で思っても、限りなく正解に近いと思っている自分が居た。その考えを払うように頭を振る。


(・・・ただクラスの可愛い子にメイド服を着せたいと思っただけなら良いんだけど)


それにしては手が込み過ぎている。何故?思考が止まらない。考えた所で今はどうしようもないのに。次々に湧き上がってくる思考の糸を振り切るように、山口にさんの事を尋ねてみた。会話する事で俺の思考は切り替わる。


「さっき更衣室に向かったみたいだけど、大丈夫かな、あいつ」


「衣装見て真っ青になってたし」と言った山口の言葉に、高柳が最近さんに色々と構うように
なった事を思い出す。


(厄介な事にならないと良いけれど)


俺の思考はそこで1度止まる。ガラリと音を立て、ドアが開いたからだ。静々と中に入って来たのは先程の2人と同じくメイド姿の女の子。背まで伸びた黒髪を下ろし、顔にほんのりと化粧を施して。唇だけ目立つように桜色の口紅をつけた女の子。とにかく綺麗な人だった。


隣に居た山口が「」と呟いたので、山口に視線を戻す。俺の視線に気付かず、驚いた表情のままさんを見つめる山口は、顔を赤くしていないものの目に熱が帯びているのが見えた。


(ああ、これが惚れ直す瞬間って奴かな)


俺は山口のその姿を冷静に分析していた。山口に気付かれる前に視線を他に移す。それが良かったのか悪かったのかわからないが、俺はもう1つある事に気付いてしまった。女子に囲まれている高柳が、顔を赤くして山口と同じ目をしていた。


(・・・これは本当に厄介な事になるかも)


嫌な予感ほど良く当たる俺は、避けられない何かの気配を確実に捕らえていた。