現在、朝の8時20分。普段なら小テストの時間だが、今日は無い。近くで狼煙の音が聞こえた。


「さあ、3年4組、ガッポリ儲けるわよ!」


高らかに宣言した時田さんの声に、クラスメイトの雄叫びが教室に響く。


私、は今日と明日の2日間、笑顔で乗り切ろうかと思います。


「頑張ろうね、ちゃん」


ポンと肩に置かれた手。あまり他人との接触を好まない私は、ジロリと相手を見る。私に睨まれた高柳君は動じる事無く、むしろ嬉しそうに笑うだけだった。


(もしかして冷たくされるのが好きなの?)


席替え以降、高柳君に馴れ馴れしい態度を取られる事が増えたが、先日の衣装合わせの翌日から更に悪化したような気がする。愛想笑いだけでは乗り切れないと悟り、冷たい態度で接して来たのだが今の所あまり効果はない。帰りも一緒に帰ろうとめげずに言って来るくらいだ。(帰りは圭介とずっと帰っているので丁重にお断りした)(断り切るまで時間が掛かった)


高柳君の目的がわからない。問題の根本的な解決が出来ず、ストレスは増える一方だった。


さん」


君が邪魔とばかりに私の肩に置かれた高柳君の手を振り払い、「ちょっとおいで」と教室の隅に引っ張って行く。忌々しそうに高柳君が君を睨むが、君は特に気にした素振りも見せず、私と目が合うとバツが悪そうに高柳君は顔を背けた。







を連れて来たは、の耳元で何やら話すと(に恋人が居なかったら確実にむかついていた)、ポケットから飴玉を取り出すと(しかも燕尾服の)の掌に幾つか置いてどこかに行ってしまった。


「圭介」
「お?どうした?」
君からこれ貰った。こっちは圭介宛だって」


掌を出すと、そこに数個飴玉と共に(あいつ、何個持ち歩いてるんだ?)折り畳まれた紙切れが1つ。広げて見ると、メモ帳のような紙にたった一言、「ちゃんと見てなきゃ俺が貰っちゃうよ」と。


その言葉に、俺、山口圭介は紙をぐしゃりと握り潰した。


(わかってるよ!)


この場に居ないに憤慨しながらも、実際出来て居ないのだからに警告されているのだろう。


(情けない)


握り潰した紙と共に飴玉をポケットにしまう。すぐ横に居るを見れば、飴を口に入れて転がしていて、その小動物のような姿に苦い気持ちが和らいだ。



「何?」
「それ何味?」
「マスカットだよ」


ポケットを漁る。先程しまったばかりの飴玉の中からその味を選ぶと、またポケットに戻して飴玉を放り込んだ。甘い味が口の中に広がる。



「何?」
「耳貸して」
「ん」


手での耳を覆い、そこっと内緒話を1つ。


「何かあったら俺を呼べよ」


その言葉に嬉しそうに何度も頷くに(今考えればこいつ何でも出来るから、どっちかって言うと俺が頼ってたんだよな)早く言ってやれば良かったなと思った。




その後、に「耳を貸して」と言われ、その内容に動転してうっかり飴を飲み込んだ俺は、教室の隅に置かれたポットの熱湯(今日の文化祭で使う奴)と水で割ったぬるま湯をがぶ飲みする事になった。


(何かあったら助けに来てねって・・・可愛すぎだろ!)