前々から思っていたが、山口圭介は馬鹿だ。今なら声を大にして叫んだって良い。


俺、は冷ややかな目で山口を見ていた。


(気付けよ、馬鹿)


千葉さんは山口の腰に手を回し離れようとしない。山口は抱き付く千葉さんが震えているのがわかっているのだろう。


「ああ、怖かったね。もう大丈夫だよ」


そう子供に言い聞かせるように、山口は優しく言い聞かせていた。安心させる為なんだろう。背中に手を回し、ポンポンと背中を叩き始める。


(あの阿呆)


山口の好きな子はあの子じゃない。山口にとってその行為は特に深い意味はないのかもしれない。ただその迂闊な行動を恨んだ。


(まぁ、千葉さんも災難だったけどね)


千葉さんは被害者で怖い思いもした。そして千葉さんは山口に恋していた。彼女は目の前の俺ではなく、山口に抱き付いたと言う事は・・・まぁ恋心が起こした無意識と言う奴だろう。好きな相手に抱き付けたのだ。彼女も少しは報われたと思いたい(最後の文化祭が嫌な物に終わったら嫌だしね)。


ふと、もう1人の方を思い出し、ブースの入り口に視線を向ける。さんもさんも居なかった。教室にも居ないからブースの奥に居るのだろう。


再び山口に視線を戻す。山口の手は千葉さんの頭の上にあった。相変わらずポンポンと子供をあやす様に叩いている。泣き止んだ千葉さんも顔を上げ、頬を染めて山口を見ていた。


(あーあ、期待させちゃって・・・)


その気の無い女の子に下手に気を持たせる事がどんなに残酷な事か知らないのだろうか。報われなかった想いに涙を流すのに。




落ち着いた頃合だろうと思い、山口と千葉さんに話し掛ける。泣いて化粧の大半が落ちた(マスカラ落ちてパンダ目だよ・・・)千葉さんに「今日はゆっくりしてて」と告げるその横で、いつの間に現れた高柳が「山口と千葉さん休憩入って」と気遣うように言った。


2人が休憩で抜けるので、この後は他の4人で回さなきゃいけない。さんの事を思い出し、ブースに行く。入ってすぐさんと顔を見合わせる形になった。さんの姿はそこには無い。


さんは?」
「・・・ゴメン、間に合わなかった」


掌を合わせて謝罪するさん。本当申し訳ないと言う姿に、「良いんだよ、山口が悪いんだから」と敢えて軽口を叩いたものの、その表情は晴れない。


「・・・さ」


さんがポツリと漏らす。


「ううん、何でもない」


私の推測だから、と言い掛けた言葉を飲み込んださんは頭を振り「ゴメンね」と呟いた。


君、お客さんも増えたし、そろそろ良いかな?」


遠慮がちに話し掛けて来た声に俺は振り向いた。さんも振り向く。さんがそこには立っていた。表情は穏やかなのに何かを諦めたような悟ったような目をしていた。


、大丈夫?」


さんも気付いたのだろう。さんに話し掛けると、さんは申し訳無さそうな表情に変わり、しばし口篭った後、


「慣れなきゃね」


と一言呟いた。何に?とは聞ける雰囲気ではなかったが、おおよそ山口の恋愛関係全般と言った所か。


(諦めちゃった節があるな・・・)


やっぱり山口は馬鹿だと心の中で毒づきながら、さんとさんに「文化祭が終わった後に一緒にお茶でもどう?」と誘い、さんがその話に乗り、さんを巻き込む形で約束を取り付けると再びウェイターの仕事に戻る事にした。




接客中に山口と千葉さんはどこに行ったのだろうかと考えていたら、休憩中に他のクラスを2人で回って来たらしい。戻って来た山口に「俺、今日、さんとさんと3人でお茶して帰るから」と告げ、「え?俺は?」と言った山口に「山口は駄目」とばっさり切った。その会話を聞いていた高柳が「じゃあ、俺は?男女2:2でバランス取れるし」と言って来たが、「却下」と冷たく切り捨てるように言った。


(ああ、他人の恋愛事なのに、どうしてこんなに首突っ込んでるんだろう)


帰り際、「やっぱ駄目?」と強請った山口に「山口が気が付くまで駄目」と小声で言うと、待っていた2人を連れて教室を後にしたのだった。