何だか急に寒くなった気がする。も。いつものように笑い合っていた筈なのに。急に俺の世界は寒くなった気がした。


「山口は駄目」


俺、山口圭介の耳には先程無情に響いた親友の言葉がまだ残っていた。


「山口は駄目」


耳に残っていた言葉がまた再生される。何故駄目なんだろう。言われた時にわからなかった言葉が、帰り際になって何となく解けて行く。


「山口が気付くまで駄目」


そのの言葉と、俺と視線を合わせない。思い返せば、休憩から戻って来た時からの様子が変だった。てっきり接客疲れか、客に愛想振りまいているせいかと思っていたのだが、文化祭が終わって話しかけてみてもあのままだった。


打っても響かないの反応。その反応に苛立ちすら感じた頃、遮るように現れたのは。後に居たさんがの手を引き、「じゃ、山口君またね」と少し引き攣った笑みで言うと、を連れて3人で帰ってしまった。


(何だよ、これ・・・)


俺1人残されて、正直面白くない。クラスメイトの大半が疲れながらも充実した表情の中、俺は苦虫を潰したような顔のまま、1人教室を出た。そう言えば、帰る時に見かけた高柳も同じような表情をしていた。


3人の変わった原因はまず俺にあるのだろう。の言葉は明確にそう指摘しているし、さんは俺にだけ態度が違うし、は・・・。は俺を見ない。何でだ?何が悪かったんだろう。自問したまま、帰り道を歩く。考えながら歩いて居たせいだろう。俺は後ろから話しかけられている事に気付くのに大分時間が掛かった。


「山口君・・・」
「あ?」


振り向くとそこに居たのは千葉さんだった。


「駄目じゃん、早く帰らなきゃ」


片付けが終わってからの解散だったので、もう日は落ち掛けて藍色の空が広がっている。もうじき完全に暗くなるだろう。少なくても今日怖い目に遭った女の子が居ては良い時間じゃなかった。


「ごめんなさい。・・・山口君にお礼言いたくて」
「や、そんな気にしなくて良いよ」


そう言ったら千葉さんは俯いてしまった。休憩時間の時、他のクラスの偵察を高柳に頼まれて回ったけれど、本当大人しい子だと思う。壊れそうな、女の子、女の子した感じ。


とは正反対だよな・・・)


背は高いし、物知りだし、運動神経は良いし、生徒会長やれるくらいだし、武道もやってたし。は強い女って感じだ。


日中の熱の篭った風が吹く。黙り込んでしまった千葉さんと俺の間に気不味い空気が流れる。さあ、どうするかなと思って考えていると、電柱に最近貼り付けられた手製の張り紙。赤字で痴漢注意と書かれた紙は、夏休みの頃に出没した痴漢に対して(もう逮捕されたけど)張られた物なのだろう。再び何かあったら大変だと思い、親切心から


「もう遅いから送って行くよ」


と、言うと千葉さんはコクリと頷いた。


思えば女の子と2人きりで帰るのは、さんを1度送って行った以来だと気付いた。




千葉さんの家の前に着く。「今日はお疲れ様。また明日」と言って帰ろうとすると、服の裾を掴まれた。突然の事に驚きながらも、「千葉さん?」と彼女の名前を呼ぶ。すると。


「私、山口君の事が好きです」


と、告白された。


呆然とする俺を他所に、千葉さんは顔を真っ赤に染めると、「へ、返事は明日で良いからっ!」と言って家の中に入ってしまった。残された俺は・・・混乱する頭を抱えて家までの道を歩いた。