喫茶店を出た時には7時を過ぎていた。遠慮する2人を押し切って家まで送り届ける事にした。
「君、今日はありがとうね」
「どういたしまして。俺でよければいつでも相談に乗るよ」
さんの家の前に着き、別れ際にそんな話をしていると、家のドアが開いた。
「ちゃーん、おかえりー」
エプロン姿の女性。推定年齢25歳程度。
(さんのお姉さん・・・いや、彼女に兄弟は居ない筈だ)
「こんばんわ。さんのお母さんですか?」
俺、は半信半疑ながら、最もそれらしいと思った答えを口にした。女性は年上ながら可愛らしい笑顔で「はい」と答え、さんは驚いて目を丸くした。
「よくわかったね」
(え?さん、そっちに驚いてるの?)
余程間違われているのだろう。確かに見た目25歳程度の母親では、せいぜい姉にしか見えないだろうけれど、その反応は如何な物かと思うが、さんにもきっと色々あるのだろうと思い、顔に出さないようにした。
「こんばんわ。ちゃんのクラスの子かしら?」
「はい。同じクラスのと言います」
「ちゃんを送ってくれてありがとう」
「いえ。話をしていたら遅くなってしまってすいません」
「良いのよー。ちゃんも年頃なんだし、もっと遊んだって良いのに」
「ちょっと母さん・・・」
さんが呆れた顔をする。
「それじゃあ、もう遅いので失礼します」
「あら?もう遅いし、車で送るわよ」
「いえ、ここからそう遠くないので大丈夫です。それでは」
「君、また明日」
「また明日も頑張ろうね」
さん母子に見送られ、アパートのある方向に歩き出す。背後でドアが閉まる音がした後、すぐにドアが開く音がした。
「・・・やぁ、来ると思ったよ」
開いたのは家ではなく、隣の山口家のドアだった。
★★★★★
どれだけこうして待っていたのだろう。部屋の窓を開け、ベットに転がり天井を眺めながら、どれだけ時間が経ったのだろうか。普段ならば机に向かっている時間だが、一向に向かう気にならなかった。
その声が聞こえた時、反射的に壁の時計を見た。時計は7時半になろうかとしていた。
「ちゃーん、おかえりー」
おばさんの声がして、先程聞こえた声が空耳ではない事を知る。半身起こし、窓を見た。お隣の家のドアの前に居たのは、おばさんととだった。
俺、山口圭介は起き上がると部屋を出た。台所で洗物をしていた母さんに「コンビニに行って来る」と伝え、外に出る。玄関のドアを開けると、ちょうどが家の前を通る所で、俺が出て来るのをわかっていたように、
「・・・やぁ、来ると思ったよ」
と言った。
「どこ行く?」
何の用?と聞かない辺り、こいつは相当気遣いが上手い。俺の顔を見てある程度何かを察したは俺にそう言うと、俺は間髪入れずに「コンビニ」と答えた。
「じゃあ、行こうか」
が促す。俺もの横に並んで、そのまま歩き始めた。少しの間、沈黙が続いた。は何も尋ねず、俺もこの沈黙も気にせずに、時より月を見ながら歩いた。
静かだった。時より車の走る音が聞こえるくらいで、俺達の足音が良く聞こえた。熱の篭った生温い風が吹く。コンビニまで後もう少しと言う所で、音楽が鳴った。人気の女性アーティストの曲のオルゴールの音。が上着ポケットから携帯電話を取り出す。
「もしもし」
「今、外、いや、そこから多分歩いて20分くらい」
「うん、じゃあ、家に居て。ん?あ、そう?わかった、また電話する」
いつもより嬉しそうに電話する。そういえば携帯はポケットに入れっぱなしだったと思い、ポケットに手を伸ばす。ジーパンの後ろポケットに携帯はあった。けれど肝心な物がない。
電話が終わり携帯を折り畳んで戻すに、俺は、
「、ゴメン、金貸して。財布忘れた」
と言えば、途端には腹を抱えて笑い出し、その声が辺り一帯に響いた。