昨日、励ますだけ励ました。だけど、私は不安だった。


私、は学校に毎日ギリギリの時間に登校しているタイプの人間だ。そんな私が今日、クラスで決めた登校時間よりも更に30分も早く来てしまったのは、学校行事に参加するのが楽しくて朝早く起きてついつい早く来てしまった、と言う訳では無い。そんな事ならどれだけ良かったかと思う。私の心は中学校最後の文化祭の最終日と言う、最も燃えるであろう日なのにも関わらず、気持ちが少しだけ沈んでいた。


、大丈夫か?」
「鈴木君」


人の閑散とした教室。登校時間の7時30分まであと20分ある。私が毎日遅刻寸前の時間に学校に滑り込むように来ている事を知っている彼氏の鈴木君は、登校して来て教室に入って私の顔を見ると心底驚いた顔になった(何気に失礼だよ、この人!)(でも、気持ちはわかるよ)。


誰も居ない屋上。私達はフェンスに手を伸ばし、登校して来る生徒を見ていた。ここに来るのは久しぶりだ。最後に来たのは横に居る人に告白してOKを貰った時だ。特に来ても面白みは無いし、今までもここに通う習慣が無かった事や、ここに来ると何だか告白した時の事を思い出して、何だかドキドキするからなるべく避けていた場所だけど。人には聞かれたくない話なので、鈴木君と2人、ここに来た。


鈴木君にの事は話していない。けれど同じクラスで、裏方の調理係担当だったので、あの時、教室に居たので千葉さんや山口君の事を目撃していたから、何となく見当はついたみたいだ。


「俺なら怒ってるだろうなぁ」


ぽつり、と鈴木君が漏らす。何がとは聞かなくても、何となくわかった。


「俺がなら多分山口に怒っているよ。何、怒ってるの?って山口に言われようと、八つ当たりって言われようと、怒ると思う」


私の沈黙に、言葉が足りなかったと思ったらしい鈴木君は、わかりやすく言い直してくれた。


はさ、もっと怒った方が良いんだよ」
「そうだね」
の性格上、無理そうかもしれないけどな」
「いや、あの子、怒ったら怖いよ」
「そうだろうけれど。あの子、自分が正しいと思った理由が無いと怒らなそう」


ぽつりぽつりと鈴木君が漏らす。馬鹿が付く程真面目で、こういう事には疎そうに見える人だけれど、鈴木君は結構鋭い。


「男としては怒られると嬉しい時があるんだよ」
「え?マゾ?」
「違う。好きな子に嫉妬されると好かれてるって思えるし、逆に嫉妬されないと好かれていないってつい思ってしまう。人それぞれだから当てはまらない奴も居るだろうけれど、時に怒るって事は男に自信を与えるんだよ」


そう言うと、鈴木君はフェンスの向こう側をじっと見た。少しずつ登校してくる生徒の数が増えて行き、校舎が賑やかになって行く。


鈴木君が言った事を頭の中で何度も繰り返す。わかる部分もあるし、わからない部分もある。


「わからない部分もあるけど、男の人が結構難しいって事はわかった」


そう自分の彼氏に告げれば、


「男って言うものは単純だよ。女がおだてれば上手い事動く」


と、年に似合わない台詞が返って来た。


「ま、今のは母さんの言葉だけどな」
「あはは」


思わず笑って屋上から下を見下ろせば、急に賑やかな声が玄関の方から聞えて来た。手を繋ぐカップルらしい2人。ここからまだ見えないが、近付くにつれてそれが友人とその幼馴染と言う事に気が付いた。人気が高い2人が手を繋いで登校して来たので、周囲がざわついている。赤い顔でが何か言い、今の今、気が付いたと言う顔で山口君が握っていた手を放す。


「何て言うか・・・」
「うん」
「見てて甘酸っぱいよな」
「同感だわ」


恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。見ているだけで何だか恥ずかしくなり、全身を軽く震わせれば、彼氏の顔が急に迫り、軽くキスをされた。


「なっ!」


甘酸っぱさは消えて、今はただ恥ずかしい。他人の事では無くて、自分の事で。




恥ずかしいけれど、同時に嬉しいと思ってしまう。沈んだ私の気持ちを言葉で態度で上に上に引っ張ってくれた。その気持ちが何よりも嬉しい。


(大丈夫だよね)


中学校最後の文化祭。浮上した気持ちのまま、最終日を過ごそうじゃないか。


私はにっこりと笑って「達、からかいに行こう!」と言うと、鈴木君の腕を掴んで教室に戻った。