「そうだよ」


初めて親しい人以外にこの気持ちを伝えた。今まで聞かれた事が無かった訳では無いけれど、聞かれる度にいつも曖昧に誤魔化していた。ただの幼馴染とか、腐れ縁とか。うっかり話が噂として伝わって、万が一、圭介の耳に入ってしまって拒絶されてしまうのが怖かった。今でも怖いとは思う。


だけど、この気持ちに嘘偽りは無い。今なら自信を持って言える。


圭介が好き、と。




自分でも不思議だと思うくらい、するりと肯定の言葉が飛び出した。口にする事で改めて思う。本当に好きなんだと。・・・改めて自覚する羽目になり、何だか急にまた恥ずかしくなって顔が赤くなった。日当たりが悪い準備室。暗幕を置いてすぐ戻るつもりだったので、電気を点けずに部屋が薄暗いのが幸いした。


「山口のどこが良いの?あんな八方美人」


怒りを抑えた低い高柳君の声に、カチンと頭に来る物があった。圭介は誰にでも優しいので、確かに見方によってはそう見える人も居るかもしれないが、私からしたら彼の方が八方美人に見える。


「今頃、屋上で千葉さんと仲良く話している筈だよ」


突然与えられた情報に、胸がツキンと痛んだ。昨日と同じ痛み。


「俺にしときなよ。俺ならちゃんを大事に出来る」
「・・・・・・別に大事にされたい訳じゃないの」


考えるよりも先に口が動いた。やろうと思えば、いくらでも詭弁は言える。相手の言い分を叩きねじ伏せる事だって出来る。だけど、それよりも先に出たのは私の心の声だった。


「本当にそう思っているの?」
「そうだよ」


これが私の本音だった。大事にされたい訳じゃない。大事にして欲しいから、好きになったんじゃない。好きな人に大事にされるのが最良ではあるけれど、恋はいつも上手く行くものじゃないから。


「別に失恋したって良いの。好きだから、好き。それだけ」


好きになってくれる人が欲しいんじゃない。好きになった人に好きになって欲しいだけ。それが叶わないなら、この気持ちごと砕け散るまでだ。砕け散ったらきっと痛いだろうけれど、好きになったのがあの人で良かったと思える人だから。


「私は圭介を信じるし、例え、振られても好きになった事を後悔しないよ」


何故、千葉さんと圭介が屋上に居るかわからない。盛り上がった学校行事の最終日。告白するには打って付けの日だから、もしかしたら千葉さんが呼んだのかもしれないし、圭介が呼んだかもしれない。


だけど、圭介は待ってと言った。文化祭が終わるまで待って、と。


期待してしまう。あんなに顔を赤くして言うから。教室でクラスメイト達から冷やかされても、違うとは言わなかったから。でも、


(違ったらどうしよう)


内心、浮かれる気持ちの隅の方で、もし違ったらどうしようと言う不安が小さく渦を巻いている。私のただの勘違いだったらどうしよう。振られてしまったらどうしよう。


信じてると言った私の心の中では、まだ一抹の不安が残ったままなのだ。自分自身の弱さに泣きそうになる。どうして信じてあげられないのか、と。


「最初から、ちゃんはそうだったね。ずっと山口しか見て居なかった」


私の返答を聞いてずっと黙り込んでいた高柳君が、喉の奥から絞ったような擦れた声で恨み言のように呟いた。


「そう、ずっとだ。俺がちゃんを気にする前から、ずっとそう」


呆然とした表情なのに、口調ははっきりとした物。頭の中で全て処理しきれず、途方にくれた表情のまま、高柳君は一歩踏み出す。


一歩。また一歩。近付く度に私は後ろに下がる。


一歩。また一歩。


背中にスティール製の書類棚がぶつかった。後ろはもう下がる所が無い。両腕を突き出し、肩を押さえられ、逃げられないように棚に押し付けられた。悲しみ、苦しみ、悔しさ、嫉妬、色んな感情が交じり合った濁った目がすぐ間近に見える。


「ねぇ、俺の事も見て。見てよ」


見てよ、見てよ、と彼は言う。近付く顔。その意味がわからない程、鈍くは無かった。