気が済むまで何度でも詰って良いよ。だって私にはそれくらいしか出来ないから。


キスされると思った瞬間、抵抗した。幼い頃、祖父に教えられた護身術。実践する機会はない方が良いと思っていたけど、使う機会が来るなんて。左手で顔の目の部分を隠すように押し上げ、視界と奪い、近付く顔を押し戻すと、右手で腕を掴むと背中側に捻った。


まさか反撃されるとは思っていなかったのだろう。痛みに耐え切れず、痛い痛いと繰り返す。ぱっと放すと、そのままドアまで急いだ。


私が必死なように、高柳君も必死だったのだろう。捻らなかった方の腕で私の腕を掴んだ。引っ張られてバランスを崩す。そのまま相手の方に引っ張られそうになるのを踏みとどまったが、男の力には敵わず、引っ張られた。再び、書類棚に押さえつけられた。しかも、もう逃げられないよう、肩では無く、腕を押さえられた。


「止めて、放して!」


私の制止の言葉など耳も貸さずに、再び顔が迫って来る。キスした所で何が変わるのだろうか。何も変わらないのに。キスをすれば彼の気持ちは報われるのだろうか。無理矢理して報われる気持ちなんて・・・私は認めない。


嫌だ嫌だと心が悲鳴を上げる。近付く顔。必死で腕を動かすのに動かない。膝を立て、接近出来ないようにしても、力で押し戻されてしまう。生理的嫌悪の涙が頬を伝う。そんな事もお構い無しにキスされ・・・・


「嫌っ!」


腕を1度引いた後、思いっきり前に突き出した。私と彼の間に人1人分くらいの間が出来る。早く逃げなきゃ行けないのに、悲しくて悔しくて苦しくて辛くて。感情に振り回された私は、子供のように何度も同じ言葉を繰り返す。


「私に触らないで!」




青褪めた顔で私を凝視する。私に一喝されて冷静さを取り戻したのだろうか。


ちゃん、手・・・」


あまり得意では無いのだろう。それだけ指摘すると、高柳君は顔を逸らした。


「あ・・・」


ポツポツと、床に出来るのは赤い印。無我夢中で書類棚を一度押した時、どうやら手を切ってしまったようだ。ぼんやりと他人事のように手を見る。赤い赤い色。不思議と痛くないのは、おそらく今が興奮状態で気が高ぶっているからだろう。


遠くで私を呼ぶ声がする。と、君だ。多分、戻らない私を心配してくれたのだろう。


「黙ってて」


冷静になって、自分のした事を振り返って、後悔しているのだろう。困惑した表情で言葉を探す高柳君に、ぴしゃりと私は言い放った。


「私も言わない。だから黙っていて」


主語の無い短い言葉。だけど、意味は充分伝わったようで、わかった、と震える声が返って来た。振り向かない。振り向いてはいけない。




準備室を出る時、ごめんね、と一言聞えた。さっきは嫌で嫌で涙を流したけれど、今度は意味もわからないまま、ただ悲しくて涙が流れた。


「報われる恋ばかりなら、誰も傷付かないのに」


私を呼ぶの声。私の小さな呟きはリノチウムの床に消えて行った。