文化祭最終日。朝からクラスメイトに囲まれたお陰で約束を取り付ける事も出来ず、どうしようかと考えているうちにあっと言う間に時間だけが流れ、気が付けば最後の客を送り出していた。接客による気疲れがどっと押し寄せて来る。今日で文化祭はおしまい。名残惜しそうな顔をしながらも、充実感に満ち溢れたクラスメイト達。その中で俺は気難しい顔をしていた。
俺、山口圭介にとってまだ終わりではなかった。やる事がまだ2つ残っている。との約束もある以上、残された時間はあまり無い。とりあえずこの片付けが終わったら彼女に話し掛けよう。そう考えて作業に移ると、本人自らが話し掛けてくれた。
「あの、その、・・・・返事・・・を・・・」
事情を知る人間にしかわからない途切れ途切れな言葉だった。事情を知っているが行って来いと目で促して来た。了解。そう俺が軽く目配せをすると、指でダンボールを指差したは半ばもぎ取るような形で俺からダンボールを受け取った。その強引な姿に呆れ果てるものの、文句を言う時間すら今は惜しい。俺の後ろに居心地が悪そうにしていた千葉さんを促して、俺はに見送られて廊下へ出た。
薄暗い廊下。数歩前を彼女が歩く。彼女はきっと・・・俺の答えを知っている。
そんな気がした。
屋上に続く鉄製のドアは所々錆付いていて、軋むような音を立てて開いた。橙と青紫の見事な夕焼けのグラデーションが眼前に広がり、その眩しさに思わず目を細める。ゆっくりとした足取りで千葉さんがフェンスに近付くと、柵に手を掛けた。空を仰ぎ見る彼女はこの夕焼けに何を想うのだろうか。
彼女の前まであと数歩の所まで歩を進めたが、それ以上は近付けなかった。彼女から張り詰めた空気を感じ、足が自然と止まる。ふわり、と振り返る彼女に合わせてメイド服のスカートが揺れた。
「昨日の返事していいかな?」
ここに来るまでの俺の態度で答えはわかっているのだろう。頷いた彼女の目に悲痛な色が浮かんだ。すぐに視線を逸らされ、彼女は俯いてしまったが、遅かった。俺の目に先程の彼女の顔が焼き付く。
過去に何度か告白された事はあったが、その全てを俺は断って来た。出来る限り傷付けないように。そればかり考えて言葉を紡いでいた気がする。断る時点で傷付かせる事になるのはわかりきっていたけれど、それでも傷付かせたくはなかった。今日、この場所に立って初めて思い知らされる。
ああ、なんて、自分は幼かったんだろう。
俺は今までわかっていなかった。彼女達がどんな想いで俺に告白して来たなんて。わかった気になっていただけだ。俺に想いを告げる彼女達は皆、真剣で、だからこそ断る事が辛くて、傷付いた顔を見る度に罪悪感から胸がチクチク痛くなったけれど―――。
チクチクなんてものじゃない。
今なら彼女達がどんな想いで俺の前に立って来たのか、わかる気がした。俺がを想うように、彼女達も俺をこんなにも想ってくれたのか。
「好きって言ってくれてありがとな」
これから俺が言う言葉は酷く彼女を傷付けるだろう。だけど、俺は嘘は吐けない。
「・・・ごめんな。俺は君とは付き合えない」
勝手なのはわかってる。無理だって事もわかってる。でも、思わずにはいられない。
どうかこんな俺の言葉に傷付かないでくれ。
しばらくの間、千葉さんは黙ったままだった。じっと彼女の言葉を待つ。ようやく彼女が発した声は、搾り出したような絶え絶えしいもので、涙声だというのはすぐにわかった。
「ごめん、1人にして・・・」
そう呟いて小刻みに肩を震わせる彼女に思わず手が伸びそうになったが、何とか押し留めた。昨日の夜、別れ際に言ったの言葉が頭の中で繰り返される。
「中途半端な優しさは時に残酷だよ」
何に対してとはは言わなかった。そもそも俺に対して言ったかすらも曖昧で、ただの独り言かもしれないと思って深く追求しなかった。それが急に頭の中を過ぎった。何故過ぎったかすらわからないが、その言葉が俺を抑えてくれた。伸びそうになった手を握り締め、ぼんやりと見つめる。
「ごめん、俺、先に帰るな。・・・・・・暗くなる前に千葉さんも帰れよ」
1つ頷いたのを確認して、俺は踵を返した。ドアの軋む音と大きな音を立てて閉まる音。それがやけに心に響いた。
「ごめんな」
ドアを隔てて向こう側で泣く彼女に告げる。心の中に渦巻くのは罪悪感ばかりで頭を抱えそうになるけれど、待っていてくれる人が居るから俺は先に歩き始めた。