SIDE
振替休日明けに1日休んだ山口だったが、翌日には登校して来た。
「おはよう」
「ああ」
朝の挨拶1つでわかる程の元気の無さだった。おはようの4文字すら省略する程のやる気の無さ。生気と言うべきか活力と言うべきか、とにかく普段山口が無意識に纏っているオーラが枯渇状態なのは一目でわかった。
(さんの影響力は凄いなー)
いつも明るい向日葵のような男が、今や枯れる直前のサボテンである。一刻も早くと言う栄養剤を投与したいところだが、後数日は学校を休む話を既に山口から聞かされていた。珍しい山口の姿にクラスメイト達も物珍しげに眺めている。さんの不在は何かしらの波紋を呼び込むのでは無いのか。
「山口くん?」
「あ?」
「・・・ゴメン。何でも無い」
そう思ったのだが、予想の斜め上の事態を呼び込んだ。話し掛けたクラスメイトの女子に対する山口、まさかの1文字での会話強制終了である。やる気の無い返答と気だるそうな視線は、会話お断りと暗に言っているようなもので、それを感じ取ってしまったクラスメイトの女子は自ら会話を打ち切ると、すごすごと自分の席に戻ってしまった。そんな彼女に複数名の女子から冷ややかな視線が向けられる。彼女達は確か・・・『山口圭介との交際を応援する会』のメンバーだ。すっかり忘れていた会の存在に俺は1度首を捻ると、玉砕した彼女の元へと足を運び、適当な言い訳を重ねてとりあえず彼女と山口の評判が下がらないように働き掛けた。
余談ではあるが、その日の山口はほぼ1文字で会話をしていた。会話と言えるかどうかすらわからない。山口の「あ?」「え?」「お」「ん」の言葉だけで、込められた言葉の意味を100%理解出来る人間が居るとしたら、間違い無くさんだけだろう。最も俺も言葉足らずで誤解されやすい身内がいたせいで、相手の言葉のニュアンスを感じ取る事には長けていたらしく、その日の山口の通訳を務める羽目になった。
それが数日前の出来事。
「くん、おはよう」
「おはよ、」
枯れたサボテンは蘇った。向日葵と言う程の明るさは無かったが、何と言うかしっとりとした雰囲気が山口とさんの間に漂っていた。
(おや?これはひょっとするとひょっとして?)
不躾にならないようにさり気無く視線を動かす。
久しぶりに登校して来たさんは山口と手を繋いで入って来た。・・・ように見えたが、繋いでいるのでは無く、山口が左手でさんの右手首を掴んでいた。山口の右手はと言うと、鞄が2つぶら下がっていて、1つは手ぶらのさんの物だと推測出来た。
山口の表情は明るいと言うよりは穏やかで、目線少し下のさんを見る目は慈しむような愛しい者を見るような目で。数日前に枯渇寸前だったオーラは柔らかく満ちているのはわかったが、きっと色がついて見えるとしたらピンク色だろうというくらい、ハートが乱舞していると言えば良いのだろうか。うん、俺もちょっと混乱気味である。だって目の前に居るのは、ほんの1週間くらい前まで自分の恋心をはっきりと理解出来ず、気持ちの踏ん切りが付かなかった男だ。それがこの1週間でどうだ!壁を1枚どころか数枚ぶち破り、ついでに羞恥心もかなり置き去りにして来たようだ。
流石、山口、やってくれる!
・・・・・・落ち着け、俺。
さて、そんな山口に対してさんは困惑気味の表情を浮かべていた。記憶が無い上に山口のこの変貌ぶりである。縋るような視線がこちらに向けられ、後でフォロしなければいけない事を悟る。安心させるように笑顔の1つでも作ろうかと思ったが、その横から入った睨みに顔が途中で強張り、苦笑いをして誤魔化した。
(山口。俺にまで睨まないでよ)
目は口ほどに物を言うとは良く言った物である。俺の女にちょっかい出すなと語る山口に呆れて半目になる。
(何?やっと付き合ったの?)
俺の無言の問い掛けに山口がバツが悪そうに顔を顰める。それを見て思わず溜息が出そうになった。
(このへたれ)
俯き、視線を合わせずに心の中で呟く。この男、好きな子が記憶が無い事を良い事に恋人の真似事をやっていたようである。
(さんが困惑するのも無理はないよ)
数日前のシリアスなシーンは一体何だったのだろうか。脳裏に駆け巡ったシーン1つ1つの山口の顔はどれも苦い物ばかりだ。それに比べて今の顔と言ったら・・・デレデレ?表情筋が緩みっぱなしのたるみっぱなしである。顔のパーツ1つ1つが整っているお陰でそれ程酷い物にはなっていないが、普段の山口を知っている人間が見れば「誰、コイツ?」レベルの変わりようである。
(うん、さんが困惑するのも当然だよね)
大事な事なので2度(心の中で)言いました。
おそらくさんに辻褄が合う説明さえすれば、彼女はこの状況を多少なりとも(山口込みで)受け入れるだろう。今の山口と状況を受け入れたさんならあっさり付き合うんじゃないだろうか?それはそれで良い事なのだろうが・・・。
(俺、そろそろ癒されたい)
何だか急に疲れた。今までの疲労が今一気に降り掛かって来たような精神疲労。考えてみれば文化祭準備前から色々と色んな人間に世話を焼いて来た気がする。世話をつい焼いてしまうのは、最早癖のようなものだ。好きでやっているのでその労力を惜しむ気にはなれないのだが、こうもこちらが脱力するような表情を見せ付けられると、普段は気にも掛けない僅かな疲労が重く感じてしまう。
ここ最近の山口は苦い顔ばかりだったので、幸せそうなのは何よりだ。しかし・・・。
視界に入った幸せでとけきった顔の山口を見て、今度は押し殺す気力も無いまま、溜息が零れた。
野暮にならない程度に世話を焼く。数日前の決意が揺らぎそうになるのを、俺は務めて冷静になる事で立て直すのだった。
山口を決して視界内に入れないようにしたのは、言うまでも無い。