その日、いつものように学校に登校して来た山口は、下駄箱を開けると水色の封筒を見つけた。封筒の表書きには『山口圭介様』と書かれていて、この手の類の物を貰い慣れている山口はこれが呼び出しの手紙である事に即座に気が付いた。


(随分と綺麗な字だな。しかも、山口圭介様って)


山口がその手紙に興味を持ったのは、ボールペンで書かれた綺麗な字。そして、普段なら山口先輩、山口君と書いてある名前の後ろに、『様』と丁寧書いてある事だった。


封筒はシンプルな物だった。今まで貰った物で1番シンプルなのかもしれない。普段貰う手紙の封筒はカラフルな物だったり、写真やイラストがついていたりと、とにかく華やかな物だった。封筒の封の部分にハートのシールが貼ってあった時には、手が込んでいると山口が感心したくらいである。


それらに比べるとこの水色の封筒はどこか素っ気無い。クラスの男子の悪戯かと思うものの、それにしては字が綺麗過ぎた。


(誰だろう?)


封筒を裏返すと、裏には表書きと同じように綺麗な字で、と書いてあった。







教室に入ると、教室には既にクラスメイトの半数が登校していた。山口が「おはよう」と言うと、その声に気付いたクラスメイトが次々に挨拶をする。クラスメイトと挨拶を交わしながら、山口は窓際の自分の席を目指す。窓際の1番後ろ、それが山口圭介の席。山口が鞄を机に置くと、その音で気付いたのか読んでいた本から顔を上げる女が1人。


「おはよう、山口君」


クラスメイト同様ににこやかな笑顔で挨拶をする女、はいつもと変わらない態度で山口に挨拶をして来て、その分余計に山口は手紙に書かれた言葉が気になって仕方が無かった。


『今日の放課後、屋上で待っています』


今まで手紙を貰った相手と呼び出しの時間前に顔を合わせた事もあるが、恥ずかしそうに顔を背けたり意味有り気な視線を送られた事はあっても、ここまで何もない態度で接したのも初めてだった。悪戯かと思うものの、綺麗な字が気になって、山口は思い切って本人に尋ねることにした。


「おはよう、。あのさ、手紙の事なんだけどさ」
「ああ、もう見た?」
「って事はこれ入れたのは?」
「うん、私だよ」


てっきり否定の言葉が返って来ると思っていた山口は、あっさり肯定されて拍子抜けしてしまった。そんな山口を見て、「気になるかもしれないけど、放課後まで待って貰える?」とは言った。山口は疑問を抱えたまま、頷く事しか出来なかった。







早く授業が終わって欲しい。何故、から手紙を貰ったかわからない山口は、授業に集中出来ないままこの時間を持て余していた。


は転校生である。2週間前に来たばかりで、偶然、山口の隣の席になった。性格は物静かで温厚。クラスの女子のと仲が良くなったようで、暇な時間は一緒に話しているか、本を読んでいる事が多い。山口とは挨拶をする以外では、時々話をするがそれほど仲が良い訳ではない。


(何の用だろう?)


教科書の影に隠して、水色の封筒の中から同じく水色の手紙を取り出す。何度山口が見ても、そこにはたった一文、『今日の放課後、屋上で待っています』と綴られていた。







山口は律儀で気遣いが出来る男である。そう山口の友人である男子生徒は評価している。手紙等で呼び出しを受けた場合、時間に余裕があれば人気が無くなるまでどこかで時間を潰した後、呼び出された場所に移動する。呼び出した相手を無闇に人の目に晒したくないとの思いから来ているらしい。最も相手にそれがどこまで伝わっているか不明だが、頻繁に起こる山口に対する告白の数から察するに人気は衰えるどころか増しているようだった。


そして、その日も山口は人気が無くなるまで適当に時間を潰した後、指定された屋上に足を踏み入れた。


先客が1人。黒髪を春風に靡かせるクラスメイトのだった。何故かの傍には紙袋が1つあったが、過去に調理実習で作った物を渡された事もある山口は、特に気にせずにと向き合った。


「突然、呼び出してごめんね」
「あ、いや、吃驚したけど・・・」
「自分でも早過ぎるかなって思ったんだけどね。もう少し待とうと思ったんだけど、待てなくなって」
「うん」


今までの告白の言葉と良く似たの言葉に、やっぱり告白だったかと山口は判断する。傷付けずに断るのは無理な話だ。だから傷付くのは最小限で済むように、山口はの言葉を聞きながら、頭の中で言葉を選んでいた。




今の山口に彼女は居ない。だからこぞって山口に気のある子は告白に踏み切るのだが、今の所、山口と付き合った事があるのはただ1人だった。中学校に入って最初に出来た彼女。恋愛に興味を持った頃、それほど好きではなかったが、告白されて物は試しと付き合った相手。付き合って行くうちに好きになるだろうと山口は思っていたが、そうなる前にサッカーで多忙の山口を理解出来ず、早々に別れてしまった相手だった。


この一件で彼女よりもサッカー優先に考え、本当に好きになる相手が出来るまで作らないと決めた山口にとって、は2週間前に転校して来たばかりの隣の席の女の子に過ぎず、告白を受け入れるつもりはなかったのである。


「それでね、山口君にお願いがあるんだけど」
「うん」


遂に告白の言葉が来る。そう思い、山口は身構える。しかし、それは無駄に終わった。驚きの余り、目を丸くした山口は、「はぁ?!」と驚きをそのまま言葉に現した台詞を吐くと、「ごめん、もう1度言ってくれる?」とに頼んだのである。は気を悪くした様子も見せず、


「だから、山口君を観察してても良いかな?」


と、先程同様ににっこり笑って同じ台詞を口にしたのだった。







「観察?」
「うん、観察」


山口の質問に鸚鵡返しのようにが口にする。思いもよらぬ展開に山口は頭を働かすものの、過去に経験した告白の数々はまったく役に立たない事態に、考える事を放棄し、「何で俺を観察したいの?」と、直球勝負に出たのだった。


「興味心かな」
「うん」
「山口君ってもてるよね」
「・・・うん」


一瞬、否定しようと思ったのだが、告白の回数から考えて学校の中ではもてる部類に入るだろうと判断して素直に頷いた。


「この間、クラスの女子が話していてね」
「うん」
「消しゴムに好きな名前書くおまじないがあるみたいなんだ。消しゴムに好きな人の名前を書いて、誰にも知られずに使い切ると両思いになるらしいんだけど、山口君の名前書いている子が多いみたい」
「それ、ばれてる時点で終了だと思うんだけどな」
「うん、私もそう思う」


ふんわりとが笑う。


「最初に興味を持ったのはその時かな。それから失礼にならない程度に山口君を見てたの。そしたら調理実習で色んな人から貰うわ、呼び出しは頻繁だわ、体育の授業中に声援を貰うわ、もう凄いでしょう。何でこんなに人を惹き付けるんだろうって考えたんだけど、わからなくて。私はその答えを知りたいけど、ほら、今、個人情報とかストーカー規制とか煩いじゃない。だから本人の了承を取ろうかなと思って、今日呼んだの」


最後まで話を聞いた山口は、精神疲労を覚えながらそれでも


「普通、本人に許可取るか?」


と、グッタリとした声で言った。


「あまり親しくないのに、特定個人について必要以上に詳しいのは充分怪しい人だと思うのよね。不快感はなるべく与えないように観察するけど、観察されてるってだけで不快感覚えるかもしれないから、許可取ろうかなって思って」
「・・・そっか」
「ああ、勿論、観察させて貰うから、それなりの報酬は用意させて貰ったよ」
「はぁ?!」


完全に展開に付いていけず、悲鳴のように驚きを口にする山口を他所に、は「両手を出して」と言い、促されて山口は手を出した。音も無く、包装紙に包まれた四角い包みが山口の手に乗る。


「これって!」
「そう、君の好物の白い恋人だよ。あと、これも・・・」
「これは白い恋人ブラック!」
「あとは・・・」
「こっちは限定品の!!」


徐々に山口の手に菓子折りの山が積み重なって行く。紙袋が空になった時には、かなりの高さになっていた。


「観察と言っても、学校内で山口君を見るだけ。特に干渉もしないつもり。報酬はこれ。どうかな?了承して貰える?」


好物に目が眩んだのか、それともこの状況に脳が付いて行けずにショートしたのか、はたまたもうどうにでもなれと投げやりな気持ちになったのか。山口圭介はこの日、1人のクラスメイトに『観察許可』を出したのだった。