「ねぇ、
「何、?」
「了承貰えた?」
「うん。バッチリだったよ」


に山口君の好物聞いておいて良かった」と言うに、「何個あげたの?」と何の気なしにが尋ねたら、「白い恋人が10個、白い恋人ブラックが10個、限定品を10個かな」と物凄い数がの口から飛び出して来た。


「・・・そう、奮発したわね」


1箱500円にしても15000円。1000円ならば優に30000円と、かなり高額だ。中学生の小遣い何か月分に相当するのか、は思わず自分の小遣いから逆算してしまう。苗字では無く名前で呼ぶくらい気に入ってしまった目の前の転校生は、少々金銭感覚がおかしい所があったが、きっと気に入った物にはお金は惜しまないのだろうと結論付けた。







山口圭介について。

サッカーでこの世代の人間ではとても上手く極めて有名な人物。ナショナルチームのメンバーにも何度も選ばれており、現在はU−15所属。成績も上位20番に常に入り、爽やかで誰にでも平等に接する優しい性格で、顔立ちも整っていて、背も高く学校の人気者。他校にもファン有り。

そうクラスの女子達は、実に雄弁に山口の素晴らしさを、転校初日のに語ったのだった。

これがが山口に興味を持つ切欠となった。







特に干渉しない、不快感は与えるつもりはないと言っていたが、あの屋上の一件があった後もの態度はいつもと変わらない。朝と帰りの挨拶。それに少し会話が増えた程度。遠慮無くジロジロと眺められる訳でもなく、クラスメイトから山口について根掘り葉掘り聞いている素振りもない。屋上の一件の翌日、身構えて登校した山口はものの見事に肩透かしを食らう形となった。


「おはよう」
「おはよ」


屋上の一件から1週間後。2人の日常は何ら変化がなかった。強いて言うならば、山口の部屋に大量の菓子折りの山が出来、それが少しずつ減っている事。菓子折りの山の原因、に山口が少し興味を抱いたと言う事くらいだった。







出席番号男子19番 山口圭介。
彼にが『観察許可』を貰ってから1週間が経った。は表向き何もしていなかった。山口もおそらく気付いていないだろう。はこの1週間、山口ではなくその周囲を気取られる事無く観察していた。が山口の隣になったのはただの偶然だが、クラスメイトの女子からすると相当羨ましい事のようだ。時々話し掛けられる言葉の端々からそれが窺える。この前、の席まで話にやって来たクラスメイトは、と話していながらも視線は山口の方に向けられていた。そんな姿に苦笑しながら、の頭の中に作られた『観察メモ』には『席替えの後も同じ事が起きるか観察する事』と、記された。








「次の問題はー、そうだな、解いてみるか?」


数学教師に名指しされ、「はい」と短く答えると、は黒板の方に歩いて行った。その後姿を山口は見る。背中まである艶やかなの黒髪が視界の中で揺れる。


(何であいつは俺に興味を持ったんだろ)


の態度から見る限り、の興味は純粋に知識欲から来ていて恋愛感情から来ているようには見えなかった。チョークの音が教室に響く。何の気無しに無人となったの席にもう1度視線を送ると、そこに見慣れぬ物を見つけて目を凝らしてよく見てみた。数学の白地に緑のラインの入った教科書の下、そこにあったのは1冊の本。マクロ経済学・・・とまで読めた本は、どう見ても中学生である山口達には不釣合いな物で。


(何でこんな物を?)


山口の中にほんの少し出来たへの興味が、また1つ増えた瞬間だった。








数学教師に名前を呼ばれ、は顔を上げた。どうやら黒板に書いた数式を解かなくてはいけないようだ。教科書の影に今まで読んでいた本を隠す。普段は完璧に隠してから席を立つだが、ここで悪戯心が生まれた。教科書から山口にだけ見えるように、本の背表紙を出す。数学教師が隣の席のを呼んだ事で1度視線を黒板に戻したようだが、最近度々感じる視線が山口の物ならば、再びこちらを見て、勘が良ければこの本の存在にも気が付くだろう。黒板で数式を解きながら、は席に戻った時、山口がどんな表情でいるのか楽しみで仕方なかった。







山口がが読んでいた本の存在に気付いてから1週間経った。授業が始まりしばらく経ったら1度を見る。そんな習慣が山口には付いてしまった。


(何か俺が観察してる気分)


完全に立場が逆だと思いつつも、1度気になると気になってしょうがない性分の山口は、わかっていながらもついつい見てしまっていた。はどの授業も教科書の影に本を隠してそれを読んでいる。ノートは一切取っていない。だけど頭はかなり良い様で、授業中に配布されたプリントや宿題は物凄い速さで仕上げると、また読書に戻っていた。


(・・・俺もこれは観察許可取りに何か渡すべきか?)


そう考える山口の視線の先にはの白い指、教科書、そして陰に隠された読書用の本。タイトルは『CEOに今求められること』であった。








(言い訳)

徐々に興味を持って行く山口圭介。
しかし、そこに恋愛感情は『まだ』皆無。