「ちょっと聞きたいんだけどさ」


の通院が終わってから1週間後。10月も半ばに差し掛かり、推薦入試まで残り1ヶ月と言った時期に、が薄い冊子を片手に俺の所にやって来た。テストではと首位争いをしているである。俺に聞きたい事ともなれば、勉強以外の事と言うのは最初からわかっていたが、手渡された冊子の表紙を見て納得出来た。


そこには東海地区選抜合宿と記されていた。




初めて参加すると言うと共に冊子を見る。実は今年の案内はまだ俺の下には届いていないが、既に参加が決まった話だけはユースの監督から聞かされていた。今年もユース経由で渡されるだろう。例年同様の場所と日程。いつも通りかと思っていたが、そこに一文、重要事項として付け加えられていた。


「この特別招待って何?」
「いや、俺も初めてだから良くわからないけど」


東京地域の選手が数名、合宿に参加する。


「多分いつもとは違う合宿になるんじゃないかな?」


総責任者と監督の欄に名前を連ねる人物を俺は少なからず知っている。良くも悪くもチームが強くなる為なら手段を選ばない人だ。本来ならば東海地区にいる者だけメンバーを選抜するべきなのだろう。それなのにわざわざ他地域の人間を招待するなんて型破りも良い所だ。既にナショナルチームのメンバー数人から東京選抜合宿が終わり、チーム編成が済んでいる話を聞いている。つまり今回来るのは選抜から落ちた選手と言うことだ。それをわざわざ呼ぶ訳だ。あの人が目を付けたとなると万能型では無く、特化型の選手だろう。そうなると東京選抜の合宿にすら呼ばれていない選手が来る可能性が高い。


「ナショナルチームの監督をしている榊さんも結構型破りな人だけど、あの人はそれ以上の型破りの監督なんだよな。でもチーム編成させたらピカ1なんだよ。ウイイレであの人の作ったチームに誰も勝てねぇし」
「監督と対戦するんだ」
「ああ、あの人そういうの好きだから。そういう意味で親しみやすい人かもな。嫌っている監督も少なくないけど、選手からは好かれている人だな」


俺の監督評を聞くとは「面白そうだね」口元を緩めて呟いた。俺もその言葉に同意すると冊子をに返した。







「お前、山口圭介だよな?」
「そう・・・だけど」


合宿初日。ミーティング開始2時間前に到着した俺は、割り振られた部屋の前に張られた同室者の名前を確認していた。同室者3名のうち、平馬以外は見た事も無い名前だった。東海のユース所属で試合で一緒になった人間ならば大抵名前を覚えているので、のように部活出身者か、もしかしたら例の東京地域の選手かもしれない。そんな事を考えているとふと後ろから声を掛けられた。名前を呼ばれて振り返る。そこには1人見覚えの無い男が立っていた。おそらくは同じ年だろう。身長も同じくらい。垂れた目が特徴的で、第一印象は「コイツ、女に凄いモテそう」と言えるくらい顔が整っていたが、それ以上に表情や纏う雰囲気がそう思わせた。それよりも引っ掛かるのは、この男の事を知っているような気がするのだ。


「えっと初対面だよな?」
「ああ」


俺の問いに男は頷いた。返って来た言葉に「だよなー」とつい呟いてしまった。


「ああ、悪い。何だか初めて会った気がしなくてさ」
「そうかもしれないな」


俺の言葉にまたもや男は同意した。最初の言葉ならいざ知らず、何故今回も同意したのだろう。訳がわからず感じた胡散臭さをそのまま表情に出すと、男はニヤリと楽しげに笑った。


(うわー、何、その良い笑顔)


元々顔の良い奴が笑うと凄い迫力があった。男に対してこういう言葉を使うのもなんだが、その笑顔には華や艶があった。


が意味深に笑った時も迫力あるよな)


この男と同じくらいの迫力のある男の笑顔と言えば、くらいしか思いつかない。意味深にが笑う時は大抵怒っている時で、その後に説教を食らった事も何度かあった。


(でも、違う)


目の前の笑顔と記憶の中のの顔は一致しない。種類は同じでも顔立ちが違うせいか似ているとも思えないのだ。


(そもそも滅多にも怒らないからな)


普段温厚な奴程、怒らせると怖い。もそうだが、がまさにこのタイプだった。にっこりと表現出来るの笑顔なのに、感じるのは強い威圧感。怒りの度合いが大きければ大きい程、の笑顔は迫力を増す。いっそ怒鳴ってくれと思った事が何度あった事か!


(そう言えば似てる)


怒りと悦。感情は違えど、のその時の表情と目の前の顔は良く似ていた。何かしらの関係があるのでは無いのかと思う程に。


「あのさ」
「何だ?」


良い笑顔のまま、男は問い返した。俺は男の顔色を窺いながら、次の言葉を選ぶ。


「もしかして静岡に親戚居ない?」


「凄い似てる奴いるんだけど」と続けて言えば、男は笑顔を崩して驚いて見せた。目を数回ぱちくりと瞬かせた後、口元の片側を上げて不敵に笑う。


「へぇ。流石、幼馴染は伊達じゃねぇか」
「じゃあ、やっぱり・・・」


男の手がすっと伸びる。指差した先は部屋の前に張られた紙。三上亮と書かれた名前のすぐ下に指先があった。


「俺は三上亮。の従弟だ」
「その名前、聞いた事がある」
「だろうな」


「夏に会ったからな」と言う三上が先程とは違って穏やかに笑う。その顔はいつものの笑顔と良く似ていた。