SIDE 

名前を呼ばれると同時に背中に衝撃を感じた。何となく視られている。そんな漠然とした感覚を感じていたので、慌てず騒がずに済んだが、背中に張り付いた彼は不満そうに呟いた。


ったら可愛くない〜」
「可愛くなくて良いよ。それよりも面白い所で会ったね」


秀二くん。そう俺が言うと、半月前に顔を合わせたばかりの彼は、含みのある笑いをして見せた。


「あ、もしかして、例の東京からの参加者って秀二くん達?」
「ご名答。今回、武蔵森の人間が数名ご招待されたって訳」
「なるほど」


武蔵森と言えば夏の全国大会を制したチームだ。世代代表選手も何名か所属している筈だが、彼らは既に2ヶ月前に行われた東京選抜の選手に選ばれたらしい。今回来るのは東京選抜合宿で落ちた選手と最初から召集すらされなかった選手。そう秀二くんは事も無げに言った。相変わらずのその物言いに自然と頬が緩む。例え東京の選抜に召集されなかった事を誰かに馬鹿にされても、秀二くんなら涼しげな顔で「だから何?」と不敵な笑みで返すに違いない。


「それにしても部屋まで一緒か」
「ふふ、よろしくね」


部屋の前に張られた紙を見れば、俺の名前の下に秀二くんの名前が、その下に秀二くんの後輩の名前があり、1番上には小田千裕の名前があった。部活でしかサッカーをしていなかったのでジュニアユースの選手はあまり詳しく無いが、それでもその名前には聞き覚えがあった。小田千裕。山口と同じジュビロのDFにして、世代代表選手。DFとしての実力は世代でもトップクラスと言って良いだろう。最も俺が彼を覚えていた理由が、あれだけ恵まれた体躯を持つ彼を山口が可愛らしいあだ名で呼んでいたからだ。




ドアを開ければ俺よりもやや背の低い細身の少年と、青年と呼ぶには顔立ちがまだ幼い体格の良い少年が居た。細身の子が秀二くんの後輩の笠井竹巳だ。猫のような大きな目が特徴で、こちらに気付くと軽く会釈をされた。小田も俺達に気付いてこちらにやって来る。


「同室の小田だ。合宿中、よろしく頼む。ところでって言うのはどっちだ?」
「俺だけど」


開口一番、挨拶と共に飛び出た小田の言葉に俺が手を上げる。


「そうか。圭介から凄いDFが学校に居ると聞いていて、楽しみにしていたんだ。会えて嬉しいよ」


そう言って笑顔で握手を求めてくる彼は、好敵手の存在に脅威よりも嬉しさを感じるタイプなのだろう。求道者のような気高さを放つ彼に、なにゆえ山口は『ちー』と言う可愛らしいあだ名をつけたのか。握手をしながらその事がずっと頭から離れなかった。







お互いに簡単な自己紹介の後、軽い雑談を交わしていれば集合を伝えるアナウンスが流れた。同室者の4人一緒に目的地に向かえば、向けられる視線が徐々に多くなって行く。最初は小田と一緒だからかと思ったが、どうやら違うらしい。県大会でそれなりの結果を残したお陰か、俺もそこそこに有名らしく、全国制覇した武蔵森で特別招待された秀二くんや笠井もかなりの視線を浴びせられていた。笠井は少しだけ居心地が悪そうに身を竦めていたが、秀二くんはむしろこの状況が楽しいようで薄っすらと笑みを浮かべていた。




「俺が東海選抜監督【代行】の京橋敬一郎だ」


代行と強調して挨拶したのは、30代前半の男性。山口曰く型破りな監督だが、俺の第一印象は・・・・・・大人になった秀二くんだ。ぱっと見、凄い親しみやすそうなオーラが出ているのだけれども、俺の勘が告げている。秀二くんと同タイプの人間だと。本来監督になる予定だった男性が諸事情で休職した事をわざわざ説明し、自ら代行と名乗る事で選手達の不満の声を掻き消してしまった。若過ぎる監督に選手達が不満を覚えるのは仕方無い話だが、この監督は見た目とは裏腹にかなりのやり手な気がする。



監督・コーチ陣の紹介後、合宿の簡単な説明に入ったが欲しい情報はあまり得られなかった。選抜選手に選ばれると他の地域選抜と交流戦を行ったり、世代代表の選抜の候補に入るなど、選ばれた後の事に関しては非常に詳しく説明してくれたが、合宿中に何をするのかは殆ど触れられなかった。意図的に隠していると言う印象すら受ける。


(面白い)


こう言った試され方をされると俺は俄然燃えるタイプの人間だ。逸る心を抑えながら辺りを見渡せば、俺の予想に反して戸惑った様子の選手達がざわついていた。過去に選抜に選ばれている山口ですら少し驚いている。


(もしかしてここまで情報が無いの初めて?)


ミーティングルームに戸惑いの声が小波のように広がって行く。そんな中、1人の選手が少しでも情報を得ようと質問をするが、「情報が無い状況下でどこまで動けるかも評価の対象になる」と監督が一蹴した。明らかにこの状況を楽しんでいる顔で、隣を見ればまったく同じ顔をしている秀二くんと目が合い、俺は心の中で似た者同士と呟いた。