SIDE 


!」


ミーティングが終わって椅子から立ち上がろうとすれば、山口がこちらにやって来た。俺の横に居た秀二くんがヒラヒラと手を振る。


「やっほー、みかちゃん」
「いい加減、その呼び方はやめろ」


秀二くんの言葉にうんざりとした顔で山口の横に居た少年が反応した。その顔には見覚えがあった。秀二くんから見せて貰った写真に写っていた。名前は確か・・・。


「三上って可愛い名前で呼ばれてるよな」
「ほっとけ」


そうだ、三上だ。武蔵森の10番の三上亮だ。写真に写っていたどの顔も顰め面だったので、取っ付き難いタイプなのかと思っていた。しかし、山口とのやり取りを見る限りそうでも無いらしい。


「中西。お前の隣に居るのが前に言ってた奴か?」
「うん、マイハニーのだよ」
「初めまして、です」
「中西のマイハニー発言は完全に無視か。それとも本人公認か?」
「秀二くんの言葉に一々リアクションしてたら疲れるだけですよ」


あくまで前者だと告げれば、「ったら愛が足りなーい」と秀二くんが唇を尖らせた。そのリアクションに背後で笠井が大きく溜息を吐き、前に立つ三上は「きもい」とばっさり容赦無く切り捨てていた。きっと彼らにとっては日常茶飯事なのだろう。


「山口に紹介するのは初めてだったね」
「ああ、この間はな・・・」
「・・・うん」


山口が秀二くんと初めて会ったのは文化祭最終日の放課後。さんが突き落とされた日だ。あの時の事を忘れる筈も無く、言葉に若干の間が空く。言葉に出さなくても山口が言いたい事はわかっている。あの時はさんの事で頭が一杯でそれ所では無かったのだ。思い出したのか僅かに顔を曇らせた山口に、俺は改めて同じ年の親戚を紹介する事にした。







「へぇ、さんと三上も親戚同士なんだ」
「ああ。俺の母親との母親が姉妹なんだ」


写真を見て思った第一印象は気難しいタイプだったが、実際に話して見ると三上は話しやすいタイプの人間だった。癖が強そうに見えるが根が真っ直ぐ・・・つまりは秀二くんが嬉々として構いに行くタイプの人間な訳で、出るわ出るわその愚痴が。付き合いが2年半ともなるとその被害もかなり多く、一通り聞き終えた後に「うん、ごめんね。親戚として謝罪するわ」と思わず口にしてしまったくらいだ。まさか俺が謝罪するとは思わなかったらしく、三上も三上で垂れ目がちな目を何度か大きく瞬きを繰り返した後、「いや、こっちこそ悪ぃ。愚痴聞いてくれただけでも凄い嬉しかった」と返し、互い顔を見合わせた後、何だかおかしくなって俺が笑い、それを見た三上も笑い出した。そこからすっかり意気投合して色んな話をするようになったのだが、それを見てすっかり拗ねたのが秀二くんである。


「本当にって中西と仲良いんだな」
「秀二くんから聞いてなかったの?」
「いや、聞いてたけどコイツがこんな態度取るの珍しいからな」


コイツと指を指した三上に秀二くんがあからさまに顔を背ける。如何にも怒ってますと感じだが、俺の背中にべったりな時点で装っているのがバレバレである。秀二くんはよく人に構いに行くが、過度のスキンシップは好まない。だからこそこうしてベッタリと俺にくっついているのが三上には珍しく見えるのだろう。最も俺からすればいつもの事だけれど。


「ほら、秀二くん、もうそろそろ50Mの測定だよ」
「えー、もついて来てー」
「俺はこれからボールコントロールのテスト。あ、三上もボールコントロールのテストが先だね」
「それじゃ、行くか」
「うん、秀二くん、また後でね」
「浮気したらコロスからね」
「ないない」
「みかちゃんを」
「俺かよ!」


秀二くんに手を振って三上と測定場所へと移動する。身体能力測定と実技のテストが用意されていたが、日本サッカーの聖地だけあって、選手個々の能力は高い。間違いなく全地域の中でも1番だと全国を見て来た三上が言う。


「足も速いし、技術もある」
「万能型・・・は言い過ぎか。バランス型タイプの選手が多いな。お陰で俺達が悪目立ちしそうだ」


心底楽しそうに三上が笑う。三上も俺もそつなくテストをこなしているが、総合で見れば俺達よりも上の選手はそれなりにいる。その中でどう動くか、鍵は特化した自分のスタイルをどこまで発揮かに掛かっている。


「折角来たからには受かって帰るとしますか」
「同感。遠路遥々来たんだ。そうさせて貰うさ」
「それじゃ、また後で」
「ああ。また後でな」


名前を呼ばれ、三上と分かれてテスト開始位置に立つ。この日に備えて心身のにコンディションを調整して来たが、普段顔を合わせる事の出来ない親戚(秀二くん)との思わぬ遭遇や気の合う存在(三上)との出会いのお陰で、嘗て無い程の気力の高まりを感じていた。


(あー、やっぱり部長やってるとこの状態に持って行くのは難しいなぁ)


部活でやるサッカーが嫌いな訳では無い。むしろ共に学校の校庭で汗を流した彼らが居なければ、俺はここに立つ所かサッカー自体をやっていなかった可能性だってあった。サッカーを教えてくれた部活の仲間達には本当に感謝し切れない。


(あいつらが嫌な訳でも部長が嫌な訳でも無い。だけど時々自分1人ならどこまで出来るのか試したくなる)


俺の最たる武器は統率だ。客観的に見てうちの部には俺以外に秀抜した選手が居ない。それにも関わらず、激戦区静岡で県大会3位まで伸し上がれたのは強固なチームワークのお陰だ。チームワークだけで評価するならば間違いなくうちの部が県内1位だろう。最大限に俺の武器を発揮出来る環境があったからこそ、俺はこの選抜合宿に参加出来た。選考合宿に召集された事を仲間に伝えた時、我が事のように喜んでくれたのは皆その事をわかっているからだ。俺が居て、皆が居たからあそこまで勝てた。どちらかが欠けたらあの番狂わせとも言われた快進撃はきっと幻のままで終わっただろう。


(浮気したら秀二くんがコロスって言ってたけど、これってあいつらに対する浮気なのかな?)


もう10月の半ばで秋の新人戦が始まろうとしている時期だ。チーム内の3年は俺を含んだ全員が引退し、新体制でスタートしている。あの夏を共に戦ったメンバー全員で公式戦に臨む事はもう無いのに、他の誰かと組んでサッカーをする事自体が初めてという事もあってか、何故か『浮気』の2文字が思い浮かんだ。それだけ俺のサッカーは部活の仲間達と共にあった。


(俺の評価イコールあいつらの評価な以上、落ちる訳にもいかないからな)


信頼関係がほぼゼロの状態で俺の最たる武器はどこまで通じるのか。それ以外の武器がどこまで使えるのか。折角のチャンスだ。最大限に生かさせて貰おう。


テスト開始の笛の音と共に俺は足元のボールを大きく上へと蹴り上げた。