席替えが終わって数日後。今まで隣だったともとも席が離れてしまい、少しだけ物足らなさを感じるようになった頃。家庭科教師のむっちゃん(苗字が向井だからむっちゃん)は教室に入って挨拶を済ませると、本人も認める下手な字で『調理実習』とチョークでデカデカと書いた。


「今回はスパゲティを作ります。何のスパゲティにするかは各班ごとに任せるから、話し合って決めてね」


「始め」と言うむっちゃんの言葉に、班ごとに机を向かえ合わせにくっつける。班員、顔を見合わせた後、何を作るか話し始めた。


「何作る?」
「好きなスパゲティで良いって言ったよね?」
「俺、たらこスパ好き」
「和風スパかな」
「ナポリタンとかミートソースは有名よね」
「山口君は何が好き?」
「え?俺?」


同じ班の水谷さんに話を振られ、俺、山口圭介は好きなスパゲティを思い出すのだが・・・。


「えーと、あれ、何て言ったかな。あれ、いつも食ってる奴」


如何せん、台所に立つ機会が殆ど無く、出された物を食べる側である俺は、好物の1つである筈のそのスパゲティの名前を言う事が出来なかったのである。


「どんなの?」
「唐辛子入ってて辛くて、えーと、あー、ここまで出掛かっているんだけど」


喉を押さえて唸るものの、一向に思い出せない。


(ボンゴレじゃなくて、バジルでもなくて、あー、これわかる奴、あ、居た!)


!」


教室の後ろの方の席に居るに声を掛ける。


「何?」
「お前の得意なあれ、名前何だった?」
「いつもの?」
「いつもの」
「それならペペロンチーノだけど」
「あー、それだそれだ。さんきゅー」
「どういたしまして」


ようやく思い出す事が出来た俺は、「俺が好きなのはペペロンチーノ」と答える事が出来た。あまり食べた事の無いスパゲティを作ろうと話になり、班員全員一致でペペロンチーノに決まり、その後、水谷さんがの所にレシピを聞きに行っていた。







そして、調理実習当日。
エプロンと三角巾は持参だったので、俺はこの日の為に新しい水色のチェック柄のエプロンを購入し、今、着けている。自宅にエプロンが無い訳では無いのだが、母さんの花柄のエプロンを授業で使う事にはかなり抵抗があり、母さんもそれに関しては理解してくれていたようなので買う事が出来て良かったと思う。特に理解して貰えずに、明らかに母親の趣味と思われる白いフリルのエプロンをした七三を見ると。


(・・・母さん、ありがとう)


今度の休日には親孝行をしようと心から思った。




小学校の頃はそこまで差が無いものの、中学校に入ると日頃やっているかやっていないかの差が大きく出る。どの班も男子は洗物を始めとする比較的簡単な作業に対し、女子は包丁を握る者が多い。俺はパスタを茹でる担当に回され、パスタの袋に書いてある通りにお湯を沸かすと、これまた書いてある通りにパスタを放射線状に入れて茹でる。キッチンタイマーと言う強力なアイテムを味方につけたので、茹で過ぎず硬過ぎず失敗せずに茹でる事が出来た。


「いただきます!」


各班全員が作り終え、席に着いた所で昼食に入った。今日の給食は調理実習の為、無い。家庭科実習室の至る所で「美味しい」と言う声が上がる中、俺は一口食べて・・・。


(あれ・・・?)


首を傾げてしまった。


「どうしたの、山口君?」
「ああ、予想以上に美味いと思って」
「そうだよね。良かった!」


首を傾げた俺を不審がって水谷さんに話し掛けられたが、俺の言葉に嬉しそうに頷くとまた食事に戻った。美味い美味いと皆が言う中、俺は気を取り直すともう一口食べた。





「何?」


放課後、いつものようにと2人で帰る途中。調理実習の話になった時、


「今度、いつものスパゲティ作って」


と、頼んでみた。


「良いよ」
「何か調理実習で食べたら、お前の作ったの食べたくなった」




その数日後。練習が終わって帰ったら両親は外出していて、隣のの家にお邪魔したらも同じ状況で。子供達だけの夕食は、事前に母さんから頼まれていたが準備していて。テーブルに座ったら、数日前に約束した特製のペペロンチーノが出された。一口、口にして今度は首を傾げずに済んだ。


(・・・うん、班の女の子達には悪いけど、俺、の味の方が好みだな)


そう思った、6月3日。



彼らはナチュラルにバカップルです。(これで付き合ってないんだぜ☆)