夏の期末考査も終わり、後十数日で夏休みである。しかし、例年に比べるとそわそわした感じが周囲に見受けられないのは、受験と言う大きな壁が徐々に迫って来ているせいだろう。授業が終わり、部活動に向かう為に教室を出て行くクラスメイトに混じり、塾通いを始めたクラスメイトも足早と出て行く。そんな後姿を見送りながら、私、は荷物を鞄に詰め込むと、少し離れた席の幼馴染に声を掛けた。


「圭介」
「なんだ?」
「今日、と帰るね」
「わかった。何かあるのか?」
「さあ?『女の話がある』とは言われたけど」
「それは俺が居ない方が良いな。わかった」
「うん。夕食後にまたそっちに行くから」
「おう。じゃあ、先に帰る」


既に支度を終えた圭介は鞄を持つと、「また後で」と言って教室を出ようとした所、


「山口」
「お、。部活は?」
「これから。ところで今日ユースの練習無いって聞いたんだけど?」
「今日は無いぞ」
「それなら久しぶりにサッカー部に顔出さない?夏の大会前だから山口が来れば良い刺激になるから」
「じゃあ、久しぶりに顔出すかな」


と、出る寸での所で君に捉まった。


「じゃ、そう言う事で。、行くか?」
「行こうか。じゃあ、さんまたね」
「うん、君、また明日」


サッカーの授業は冬に行われるので、久しぶりに君とサッカーが出来るので嬉しいのだろう。笑顔で圭介はそう私に言うと、君と肩を並べて教室を出て行った。2人を見送ると、支度を終えたが鞄を持ってやって来る。


、帰ろう!」
「うん、帰ろう」


そうして私も『女の話』をするべく、と2人学校を後にした。




に連れられてやって来たのは学校から少し離れた喫茶店。可愛い外装の建物で、内装も外と同じ可愛い系。客は全て女性。こう言った可愛い系の店に入り慣れていない私は、入るのを少し躊躇していると、さっさとは中に入ってしまった。「早く」と催促され、私も後に続いた。


注文が終わって、は出された水を一気に飲むと、緊張した面持ちで一気に話した。


「私、鈴木君に明日告白する!」


緊張しながらもはにかんだ表情の友人の顔。


(ああ、本当に好きなんだ)


好きと言う気持ちがひしひしと伝わって来るその表情にふと笑みが零れた。


「明日?」
「明日。もう呼び出しの手紙は書いたの。朝、下駄箱に入れて来る」
「それなら早起きしなきゃね」
「うん。それが大変なのよー。でも、頑張る」


剣道部の鈴木君は朝練があり、学校に来るのがクラスでも1.2番に早い。そんな鈴木君よりも早起きとなると、普段はギリギリに登校するには少し大変なのかもしれない。


「頑張って」
「うん。上手く行ったら報告するね。・・・駄目だった時は失恋記念って事でどこか行こう!」
なら大丈夫だと思うけど」
「そうかな〜?」


が心配そうな面持ちで私を見る。普段は自信満々な顔をしている時が多い目の前の友人。その滅多に無い弱気な姿に、恋の力とは凄いと実感してしまった。


「大丈夫だよ。は私から見ても可愛いから」
「そう?そう言って貰うと自信付くかも。・・・は山口君には告白しないの?」
「・・・私はまだかな」


に突然話を振られ、思わず顔が赤くなる。私が圭介の事が・・・その異性として気になっていると言う事がばれている。(に言わせれば、近くで見ていればわかるらしい)(クラスメイトの大半は気付いてないみたいで助かった)そんな私には普段ならニヤニヤと楽しそうに笑うのだけど、今は鈴木君の事で一杯なんだろう。「早く言っちゃえば良いのに」と言って、注文したオレンジジュースを口にした。


圭介。山口圭介。お隣さん。幼馴染。・・・私にとって大切な人。


『俺、もう少ししたら言いたい事あるんだけどさ。その時は聞いてくれないか?』
に聞いて欲しい・・・つーか、が良い。・・・駄目?』


不意に体育祭に聞いた圭介の言葉を思い出す。帰り道、そう、あの時、足を怪我した私は松葉杖をついていて。いつもよりゆっくり帰ったあの時、夕日に照らされた圭介は真剣な顔でそう言って。期待して・・・良いのだろうか、私は。


「なぁに、ったら嬉しそうな顔して」


に話しかけられ、意識が現実に引き戻される。見ればは柔らかい優しい顔でこちらを見ていた。その表情は愛らしく綺麗だった。


(鈴木君と上手く行きそうね)


の笑顔1つと曖昧で漠然とした根拠の無いものだったが、自然と何故かそう思ったのは今まで見たの表情の中で今が1番良い顔をしてると思えたからだろう。


「してた?」
「うん。なーに、山口君の事でも考えていた?」


普段なら内緒と答えるか、誤魔化す所だけど、恋に燃える友人に感化されてしまったのだろう。


「まぁね」


と、ニッコリ笑顔で答えて見ることにした。




翌日。放課後に屋上に手紙で鈴木君を呼び出したは、授業が終わると「じゃ、行ってくる」と小声で言って鞄を持って教室を出て行った。きっと今から屋上に行くのだろう。小声で「頑張って」と言って見送ると、帰り支度を始める。机から教科書を出していると、鞄片手に圭介が現れた。


、今日は帰れるか?」
「うん。『女の話』は終わったよ」
「そっか。じゃあ、帰るか」
「うん。帰ろう」


そうしていつも通り私も圭介と帰る事にした。昨日余程楽しかったんだろう。興奮気味に「があの時さー」と圭介はサッカー部に顔を出した時の話を聞かせてくれた。がと君の名前を連呼する。


圭介はサッカーが上手い。雑誌でベタ褒めされるくらいだ。だから圭介を興奮させるくらいの上手いとなると、それ相当の技能が必要とされる。(そう言えば須釜君や横山君と会った時もこんな感じだったよね・・・)まだ会った事は無いが、圭介が初めてマリノスとエスパルスでMFをしている2人に出会った時も、こんな状態で話してくれた記憶があった。


(・・・もし私が男だったら・・・)


ふと思い出すのは、小学校で辞めてしまったサッカーの事。もし私が男だったら、圭介のライバルとして居られたのかも知れない。あの時は酷く女である事が嫌だったけれど、男でなかった事に苛立ちを覚えたけれど。だけど。


(どんな形でも良い。私は圭介と一緒に居られたらそれで良かったんだ)


今となってはそう思えるから不思議なものだと思う。そんな事を考えていたから、反応がいつもより少し鈍いか薄かったのだろう。くしゃりと髪を撫でられると、圭介が「大丈夫かー?」と尋ねて来た。「ごめん、ちょっと考え事してた」と素直に言えば、「さんか?」と聞く圭介。上手く行くだろうと頭から思い込んでいたので、に関しては心配していなかったのだが、他に上手い理由も無く、「そんなところ」と曖昧に言葉を濁らせた。


さんかぁー。あの子さー」


口篭りながら圭介がの事を口にする。何か悪い事でもしたのだろうか?心配な気持ちになり圭介を見ると、言うか言わないか悩んでいた圭介は口に出さなきゃ良かったとありありと浮かんだ表情で、


「あの子、鈴木の事、好きだろ」


と言った。目を丸くする私。何で知っているのだろうか。


「そりゃ、あれだけ俺の前の席見てりゃわかるって」


と、何って事無いように笑って圭介は口にした。


「何かみんな凄いね」


よく気が付くよ、恋愛事に鈍いと自覚のある(と言うか散々に鈍いと言われ続けて自覚が出来た)私はそう呟くと、圭介は何か難しい事を考え始めたのか急に顔を眉間に皺を寄せると、しばらくして


は今のままで良いよ。何れ必要になればそういうの気付くようになるって」


と、慰めにも似た言葉を掛けられたのだった。そこまで鈍いのだろうかと本気で心配しそうになったのだが、それを遮るようにポケットの携帯が振動した。最近何かと物騒だから、と両親に持たされた携帯。画面を見ると、メールが1通。送信者名は。おそらく告白の結果だろうと思い、緊張しながらメールボタンを押すと、


。鈴木君と付き合う事になりました!』


と、最初に書かれていて、思わず「やった!」と言ってしまった。


「何かあったのか?」

横に居た圭介が突然の私の言葉に驚いて声を掛ける。言うか言わないか、今度は私が迷う番だったが、メールが解決してくれた。のメールには続きがあり、そこには


『山口君には教えて良いよ。前に鈴木君見てたらバッチリ目があって多分ばれてる(笑)』


と書かれていた。


「ねぇ、圭介」
「何?」
「ちょっと耳貸して」
「おう」


圭介の耳元で内緒話をする私。


圭介が「さん、やったじゃん!」と言うまであと・・・。